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秘密  作者: 湖灯


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眠の介

 俊介が高校に進学する際にS高を選んだのは生活環境を変えたかったからだ。


 小学校・中学校と地元の学校に通っていたが幼稚園の時から剣道をしていたので、友達といえば大体が剣道関係。 

 好きでやっていたのなら、それで良いのだけれど特に好きでやっていたわけでもなく、どちらかと言えば…いや、本当は物凄く厭だったが親が期待していたので辞められずにいた。


 しかし高校に進学する際に「真剣に大学受験に取り組みたいので」という条件をつけて剣道を辞めることをお母さんに了承させた。


 そうなると同じ小学・中学で今まで親しくしていなかった連中との新たな友人関係の構築に不安を感じ、全ての友人関係がリセットされるほうに安心感を求めて、S高を受験した。S高なら俊介の中学から通う生徒は多い年でも成績の上位十人程度だったし、この生徒たちのほとんどは友人関係に疎い人種だと思っていた。

 もちろん俊介も中学当時は上位十人以内に入っていたので新たな環境を求めてS高の門を潜ったと、いうわけだ。


 ところがいざS高に入ってみると、どうやって友達を作るのかさっぱり分からなかった。


 中学までは毎日授業が終わると部活道の剣道が始まり、それが終わるとすぐに道場に行き剣道の稽古をして家にたどり着くのは、いつも十時過ぎ。

 土曜や日曜日も稽古や試合などで剣道以外の友達と遊ぶ暇や家で勉強をする時間などなかった。


 高校に入ると、とにかく宿題はおろか予習・復習にもついていけなかった。

 中学までは剣道漬けの毎日で、まるで勉強をやる癖がついていなかったからだ。


 そして、その剣道から解放され塾にも通うようになり少なからず期待していた一学期中間テストの結果は三百人中百二十番で自分の予想を大幅に下回っていてショックを受けた。

 さらに友達も思うようにできないまま受けた期末テストでは二百番まで一気に成績を下げていた。

 初めて迎えた剣道のない、そして友達もいない夏休みをただダラダラと過ごし、夏休みの明けの課題テストでは二百七十番までさらに下がり、ついに学校に行くことそのものが厭になってしまった。


 九月上旬から十一月中旬まで学校を休んでいたが熱心な担任教師の説得や一学期に仲良くなった進藤の訪問もあり、学校に復帰した。

 そしてその際に先生から部活道をすることを勧められたので進藤の入っている棋道部なら、小学生のときにお爺ちゃんから囲碁や将棋を教わっていたので、なんとかできると思い入ってみることにした。 


 棋道部に入るとすぐに他にも友達ができた。


 パチンパチンと囲碁を打ちあう間はお互いに無言。そして投了し次の相手を探し、また打ち合う。最後に次の相手との勝負が難しい時間になると帰る者が出だすが、一年生は最後の片付けがあるので居残り、その時間を有効に使うためゲームをして遊んでいた。

 俊介も中学時代、剣道の遠征試合のバスの中で、よくゲームをしていたのでゲームを持って来るようになり、すぐに本田、三木とも仲良くなった。


 二年生になると一年の時違うクラスだった本田とも同じクラスになり棋道部で仲のよいメンバーが一同に同じ教室に集まったことになり、この頃から学校に行くことが全く苦にならなくなった。


 俊介にとって三百人もいる同級生の内、友達と呼べるのはたった四人しかいなかったが、それで充分だと思っていた。


 昨日、久しぶりにちょっとだけ勉強したせいか、授業内容がいつもより理解できた気がした。久しぶりにノートもとった。


 数学のノートを確認すると二年生になって二ページしかまだ使っていなくて、そのページも三・四行程度しか書き込んでいなかった。


 英語のノートは三ページで各二・三行ずつ。


 現国は全くの新品だった。


 今日の成果は、どの教科もきちんと一ページまるまる記入した。


 昼休みになると、お母さんから昼食と塾前の軽い夕食代して毎日五百円もらっていたので八十円のコーヒー牛乳と百円のメロンパンを購買で買って食べるのが日課となっていた。


 残った三百二十円はゲーセンで使うか、お小遣いの損失補てんに回していた。


 三木と昼食を一緒に食べた後は、大体寝るのが日課だ。このことについてクラスの女子の間で『眠の介』とささやかれているのを以前聞いたことがある。


『背後霊』だの『眠の介』だのと、どれも好意的な称号ではないが今の俊介の、どこをどう見てもそれは充分に値するものだった。




 五時限目の体育はソフトボールだった。


 長年剣道をして動体視力が鍛えられたせいかボールを打つのは得意だった。

 今日も二安打を放ち、これでS高に入って八回試合をして十六打数十一安打。

 打率は六割を超えている。

 八戦してたった十六打数と少ないのは打順が九番なのと人数が多い時は途中で変えられるか途中から出るか、なので必然的に打数が少ない。

 誰がどの打順を打ち、どこを守るか、誰を出場させるかはクラスの活発なグループがすべて決めている。

 もちろん、俊介の打率に関しても俊介自身が記録をとっているだけで誰も気にかけている者はいない。


 その日の二安打目は右中間に二塁打を放ったが二塁ベースを回り三塁打を狙った時に途中で足がもつれて激しく転倒し六時限目は保健室で横になっていた。


 HRの時に教室に戻った時、三木、進藤、本田からは「大丈夫?」と声をかけてもらったが、他の者からは冷ややかな目で見られた気がした。


 秋月穂香は、どんな目で俺を見るのだろうと思って、窓際を見ると外の景色を見ているようで、特に俊介の保健室送りに関しては無頓着というか中立的というか、そんな態度だと思った。


 部活が終わって、今日は久しぶりに塾で勉強して帰った。家に着くと昨日の晩から慣れないことをしたせいか、へとへとになりすぐに寝てしまった。




   *秋月穂香目線


 ツバメ事件の翌日四時限目が終わり、いつものように麻衣子、直美、沙希たちと、お昼ご飯を一緒に食べていた時、急に小声で直美が話しかけてきた。


「ねえ気がついた?」

 なんの事かさっぱり分からなかったので


「えっ!?」と、しか返事を返せずにいると、沙希は、そのことに気がついているらしく


「知っている‘眠の介‘だろ!」


『眠の介』とは阿久津俊介の、あだ名だったので穂香はドキッとした。


「今日はさぁ珍しくノートとっていたよね」


 麻衣子の言葉に‘なぁんだそんな事か‘と、少しホッとした。そういえば確かに阿久津君は普通に授業を受けている様子だったが、それまでの阿久津君を知らなかったので、そのことに関して何も感じていなかった。


 ところが「穂香、なんか知らない?」と、急に自分を覗き込むように聞いてきた直美の態度と言葉にまたドキっとしてしまい。

「し・知らないわ!」と、ちょっとムキになって応えてしまった。


 直美が言うには、アホの男子共が、にわかに勉強を始め出すということは、それは自分よりはるかに頭の良い女子を好きになった時なのだそうだ。

 そして女子で頭が良くて恋愛の対象になる代表格といえば、この私ということになっているらしく、疑いの目を向けられたようだった。


 さらに麻衣子が付け加えた話によると、一年の時から少なくても十人近くは、穂香のせいで、この症状に陥った男子がいたらしいが、あまりにも穂香がそのことに気がつかないので皆、志半ばにして諦めてしまったのだそうだ。


「そんなの知らないよ!」と、穂香が反論すると、そもそも男子の気持ちなどこれっぽっちも気にせず恋愛に疎い学校生活を送っている穂香自身が『罪作りな女』だと沙希が言った。


「もう!知らないわ!」と、穂香が機嫌を悪くすると


「まあいくら‘眠の介‘でもアイツが穂香を好きになるって言うのは無理がありすぎるか…」と、直美が一人で決めつけていた。


 直美の言葉に穂香は、他人の気持ちを第三者が勝手に憶測で言うものではないと注意すると。麻衣子、直美、沙希の三人が一斉に「わぁ!」と歓声を上げた。


 穂香は、もう恥ずかしくなって「もう!」と、膨れっ面を見せ三人を甘く睨んだ。


 今までも、こうして男子の話をすることは何度かあったが、そのどれにも関心がなく、特に自分に対して○○君が好きになったとかいう恋愛の話には興味がもてないだけではなく迷惑に感じていた。


 しかし今日、こうして阿久津君のことが話題になってみると、いつもと違いずっと話をしていたい気持ちになっている自分に驚いた。


 三人を睨んだ視線の向こうから阿久津俊介が教室に入って来るのが見えた。


 手にはパックのコーヒー牛乳とメロンパンを持っていて、教室に入るとすぐに三木君と笑顔で話を始めた。


 直美が何か話しかけてきたが聞き取れなかったので聞き返した。




 五時限目の体育は、男子が校庭でソフトボール。女子は体育館でバレーボールをした。


 背の高い沙希はバスケ部だがバレーもなかなか上手い。直美は今でこそ吹奏楽部に入っているが中学時代はバレー部だったので、こちらも上手い。


 穂香は小学生のときまでサッカーをしていたので動き回るのは得意だったが手を使わないサッカーと、手でボールを打ち返すバレーボールとでは勝手が違い、アニメ研究会の麻衣子と同様お荷物的存在だったが沙希と直美のおかげで勝つことができた。


 五時限目が終わり教室に戻ると、阿久津俊介だけがいなかった。

 直美が三木君に聞いて来たところによると、阿久津君は走っているときに急に転んで意識がもうろうとして現在は保健室で様子を診ているらしく、様態が悪くなればすぐに救急車を呼ぶと言っていた。


 六時限目の古文の時間は、なるべく時間が空いた時に阿久津君の無事を祈ってあげようと思った。

 特に親しくもないし、話もしたこともなかったが同じクラスメートとして、そのくらいはしてあげないといけないと思った。


 ちょうど、窓の向こうにT神社の鳥居が見えたので、そちらの方角に祈れば少しでも効果があると思い、時々そちらを向いて祈った。


 HRの時に阿久津俊介は何もなかったような顔をして教室に戻って来た。


 教室に入るとすぐに棋道部のグループに囲まれて話を始めていて元気そうだった。


 穂香はホッと胸を撫で下ろし、お祈りしていたT神社のほうに心の中でお礼を言った。




  『大輔へ』


 今日も学校で大変な事件がありました。


 貴方が私の友達に推薦してくれていた阿久津君が体育の授業中に倒れたのです。


 直美が男子に聞いてきた話によると、おそらく熱中症になったのではないかと、言っていました。

 一時は救急車を呼ぼうか、どうしようかと言うくらい酷かったそうです。


 私は貴方のご推薦には応えられませんが、同じクラスメートとしてできるだけのことはしてあげようと思い、神様にお祈りをしてあげました。

 そのかいがあったかどうかは分かりませんが阿久津君はHRの時には無事教室に戻って来ましたのでご安心ください。




 穂香は連絡ノートにそうつづった。

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