推薦状
推薦状
―それから一年が過ぎ二年生になった六月のことー
『御推薦状』
阿久津俊介十六歳S高校に通う二年生で穂香
と同じクラスメート。
高一の時に不登校をやらかして、成績は下から数えて十番以内。
中学時代の成績は今とは逆で常に上位から十番以内で生徒会役員も勤めたが、優秀な生徒の集まるS高校に来てからは見る影もない。
性格は穏やかで趣味はゲームにライトノベルやアニメ。
運動神経は良いのだけど特に運動は好きではなく、且つ覇気が無いため周囲にはスポーツマンと言う印象は持たれていないが中学時代主将を務めた剣道は二段の腕前。
身長173センチ体重54キロ。
髪はボサボサで、メガネを掛けている。
四年前に父親を亡くし、今は母親との二人暮らし。
「ふ~ん…」
秋月穂香は連絡ノートに書かれている同級生のプロフィールを見ていたが、特にこの阿久津俊介に対して何の興味も沸かなかった。
何故、大輔は連絡ノートにこんなことを書いたのだろう?しかも見出しには『御推薦状』とまで大袈裟に書かれてあり、少し馬鹿にしていると思いムッとした。
穂香は連絡ノートから大輔の真意が確かめられないか、この御推薦状なるものを何度も読み返してみたが、阿久津俊介に関しては過去に剣道部の主将を務めた事以外何の魅力も感じられなかった。
ベッドに横になってからもノートを見返していたが、ふと気づいたことがあった。
それは最も重大なこと。
「阿久津俊介って誰?」
季節は六月上旬で二年生になって未だ二ヵ月しか経過していなかったが、その間に修学旅行もありクラスメートは把握しているつもりだったが、この阿久津俊介だけは、
どんな顔をしているか?
どこの席に着いているか?
そして、そもそも阿久津という苗字すら思い出せないでいた。
穂香はベッドから起き上がると机から、クラス写真と、つい二週間前に行ってきた修学旅行の写真を机から抜き出して阿久津俊介を探してみた。
まずクラス写真のほうには阿久津俊介らしい人物は確認できなかった。
「ひょっとしたら、これから転校して来る生徒かしら・・・」
と、思った矢先。
修学旅行の写真の中に、それらしい人物を見つけた。
写真は北海道の旭山動物園で撮影されたものだったが、陽気に記念写真を撮っている穂香たちの後ろで何かに腰掛け四人でゲームをしている中にそれらしい人物は居た。
当時、女子たちの中ではこの写真を『背後霊』
と呼んでいた。
改めてクラス写真を見直してみると、阿久津俊介は一番後ろの列の端に目立たないように佇んでいることが確認できた。
翌朝、穂香が登校した時、阿久津俊介は未だ登校していなかったが一時間目が終わった時に気になって写真の人物を探してみると穂香とは教室の反対側、廊下の壁際の席にいることが分かった。
阿久津俊介は前の席の、これもクラスで目立たない三木博史と何やら楽しそうに話をしている様子だった。
この三木も背後霊の一員で運動は全く出来ないが成績だけは優秀だと聞いていた。
昼休み、友達と机を並べお弁当を食べている時にチラッと見ると、阿久津と三木の二人がひっそりと仲良く机を向かい合わせて食べているのが見えた…。
穂香が阿久津たちのほうを見たことに直ぐ、おしゃべりの森村直美が気づいて
「あの二人って、一年の時から仲いいけれど背後霊同士なにか惹き合うものがあるんだろうね」
と悪口を言うと、のんびりやの鈴木麻衣子が
「でも三木君って結構頭は良いみたいだけど、あのルックスがなぁ…」
と、残念そうに言った。
気の強い山岡沙希が、どのくらい運動が苦手なのか直美に聞いた。
「アイツ中学一緒だったけど毎年運動会のリレーではクラスのお荷物だったよ」
「男で足の遅い奴ってゆるせないな」
沙希は、このタイプは苦手らしい。
話はいつのまにか三木の話題になり肝心の阿久津俊介の話は最後まで触れられなかった。
話題性=ゼロ
注目度=ゼロ
人気度=ゼロ
阿久津俊介は三つの項目において全てゼロの生徒で自分が気づかなかったのも当然だと思った。
穂香は大輔が憎らしく思えた。
あんな推薦状さえ貰わなければ、こんな何の取柄も無さそうな人物を気にすることも無かったのに、おかげで今日は二回も見てしまった。そう、昨日までは、その存在すら認知していなかったというのに。
それから授業が終わるまで、意識的に阿久津のいる方向を向かないように勤めたが、授業が終わって廊下に向かう時にチラッと見てしまった。阿久津俊介の周囲には三木博史の他に本田信吾、進藤公一と背後霊カルテットが集まっていた。
「しまった!今日三回も見てしまった…」
心の中で呟いて、無性に腹が立っていた。
家に帰ったら直ぐに大輔に抗議の連絡ノートを送りつけてやろう!