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秘密  作者: 湖灯


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16/16

 秋月穂香を駅まで送って帰りの電車で俊介は大輔と穂香のことをぼんやり考えていた。

 兄弟二人でツートップを組みたい気持ちは穂香だけのものではなく、大輔も同じ気持ちだったのだろう。


 そして自分の体調もかえりみず倒れた穂香を背負って病院まで運んだ大輔の気持ちと、自分が亡くなると分かった時に生きたいと思う気持ち。

 子供を亡くした両親の気持ち。

 そして兄弟をなくした穂香の気持ち…


 そんなことを考えていると何の目標もなく、ただダラダラとした時間を過ごしてしまっている今の自分が、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 大輔が残した最後の言葉『失いかけている気持ち…』が、頭の中をこだましていた。


 駅から出た時に自転車がないことにやっと気が付いた。

 自転車は学校の駅だ。時間は既に九時をまわっていた。


 いつもなら、こんな時でも親には連絡しないで歩いて帰るのだが、その日は自転車で学校まで行ったので、これから歩いて帰るから遅くなる旨をメールで送ると、お母さんからはすぐにメールで迎えに来ると返事があった。


 駅前のベンチに座り星を見上げながら待った。

 あの星のどこかに大輔は、いってしまったんだなと思った。


 しかし何故大輔は、こんな自分の前に現れたのだろうか?

 長野県にいて、そこで死んだのだから長野県に行ったことのない自分とは生前の接点は何もないはずだ。


 穂香の心の中で生きていたということでも、二年生になるまでは秋月さんとの接点はなく、むしろ大輔と出会うことでその接点ができたのだ。

 考えれば考えるほど理解できなかったが、それでも何か理由があるはずだと考えていたとき、目の前が急に眩しい光に包まれた。


 光の中に一瞬、大輔の姿が見えた。


「大輔!?」


 ベンチから慌てて立ち上がると「俊介!」と、お母さんの声がした。

 眩しい光は、車のライトだった。


 運転席には、いつも仕事を家に持ち帰り不機嫌そうなお母さんが、にこやかに子供の名前を呼んでいた。


 車に乗り家に着いたとき穂香に貰ったクッキーのことを思い出したので「これ!」と、ぶっきらぼうに差し出した。


 お母さんは驚いて「これって彼女からのプレゼント?」と喜んでいたが、そんなんじゃないよ!と、否定しておいた。


 お母さんは、それでも俊介が貰ったものを分けてくれることに対して嬉しいらしく紅茶を入れてくれ一緒に食べた。


 食べている最中に何故だか急に涙が出そうになったので、トイレに行くと言って洗面所で顔を洗った。


 鏡に映った自分の顔を見ると、それは暗い歪んだ今までの顔と違ったように感じられた。



 洗面所に来たついでに歯を磨こうと思ったとき歯磨き粉がないのに気がつき、お母さんに聞くと、下駄箱の上の段に置いてあるというので下駄箱を開けた。

 お父さんが死んで下駄箱ががらがらなので上の段には石鹸や洗剤などの置き場として使っているのだ。


 歯磨き粉を見つけ下駄箱の扉をしまう時に扉に吊るしてあった折り畳み傘が床に落ちた。


 アクツ・シュンスケと片仮名で書かれた折り畳み傘を拾い上げた。

 この傘は高校の入学試験のあと、T公園で急に振り出した雨に困っていた犬を連れたおばあさんに貸してあげたものだ。


 あの時は、これから始まるはずの高校生活に不安を抱えて公園のベンチに座り一人で悩んでいたなと、懐かしい記憶が蘇った。


「!」


 そうだ!あの時、悩んでいたのは自分一人ではなかった!

 おばあさんの隣のベンチにも、もう一人同じ年くらいの女子がいた!


 とても綺麗な女子だったが、どこか暗い影があり気になっていた。

 突然振り出した雨に、その女子は困っていた様子だったので、たまたま持っていた傘を貸してあげられれば良かったのだが、鞄から取り出した傘を、犬を連れたおばあさんのほうに貸した。


 あの時は、お年寄りだし困るだろうと自分では思っていたが、本当のところは女子に傘を貸してあげる勇気がなかっただけだったのかもしれない。


 おばあさんに傘を貸して走って返るときにチラッとだけ見た女子は、やはり美しかった。


 自分が見たときに女子のほうも顔を上げ目が合った。

 そのことが嬉しくて有頂天になって階段を駆け下り商店街を駆け下りた。


 高校に入ったとき、この子も同じ高校だったら、どんなに幸せだろうと、その時は思っていたが、今こうして思い出すまで忘れていた。


 ひょっとしたら、その女子が秋月穂香だったのかもしれない。

 いやきっと、秋月穂香に間違いない。


 そして、その時に彼女の心の中に同居していた大輔が自分を見ていたのだ!


 懐かしい思いで、折り畳み傘を元の場所へ戻した。




 急にあのお父さんの死から現在いままで続く記憶が蘇ってきた。


 僕のせいでお父さんを死なせてしまい、自分自身が幸せになってはだめだと思っていた。

 だから剣道の強豪校から来た勧誘も断ったし剣道そのものも辞めた。

 勉強だって適当にして、成績が悪くなるとすぐに中退を考えていた。


 でも、それをできないままずるずると今まで生きてきた。

 不登校になった僕のために、お母さんはいつも僕の昼食を用意してから仕事に出た。

 担任の先生も、進藤も僕を心配して家まで来てくれた。

 だめな人間になって誰からも好まれずに放っておかれて惨めに生きて行こうと思いながら、実は普通に暮らすより余計に周りの人たちに支えられながら生かされてきたんだ。


 そう思ったとき僕の失ったものに気がついた。


 僕の失ったもの、それは幸せになること。

 そして、それにより人を幸せにすること。


 そのとき夜空に流れ星が流れた。





 朝、目が覚めるといつも通りの天気のいい朝だった。昨日お母さんに打ち明けて泣きじゃくってしまった顔が気になってすぐに洗面所で顔を洗い、鏡を見た。


 鏡に映し出された顔ははれぼったい暗いものではなく、逆にいつもよりスッキリした顔のような感じがした。

 気持ちのままに秘密を打ち明けて、お母さんを苦しめ悲しませてしまったのではないかと心配して恐る恐る食卓に向かったが、お母さんはいつも通りのお母さんだった。


 食卓にはトーストとサラダと目玉焼きそしてミルクが並べてあったが、サラダの脇にグレープフルーツが添えられていて、それがいつもより少しだけ華やかなな雰囲気を出していた。

 そして、のんびりと朝食を摂る自分と違って、いつも朝の家事に忙しくしているお母さんが今朝はどことなくゆったりしている感じがした。


 朝食を終え、歯を磨き、髪を整え日焼け止めクリームを塗り、鞄を持って玄関に向かう。


 お母さんも、いつもそうしてくれているように玄関まで送り出しに来てくれる。


「いってきます」と、笑顔で告げると、お母さんは制服のリボンの位置が曲がっていると、直してくれた。


「いってらっしゃい!今日は終業式だね」

「うん」


 玄関のドアを開け、手で軽く合図をして家を出る。

 お母さんも同じように手を軽く上げ、いつも通り笑顔で送り出してくれた。


 家から駅までは歩いて十五分程度かかるが、その道のりを穂香は自転車を使わず歩いて通う。

 寂れた商店街に漂うお線香の香りや、庭先に咲いている朝顔の花、あくびをしている猫。

 そんな様々なものをちゃんと感じていたかったから。


 学校につくと明日から補習授業が始まるものの、教室は一学期最終日独特の解放された雰囲気に満たされていた。


 自分の机につくと先に来ていた麻衣子にすぐ声を掛けられ、それから直美、沙紀と集まって二日前の水族館の話などが話題になった。

 お喋りしながらも阿久津君が教室に入ってくるのが自然に分かった。

 男子四人もすぐに集まっていたが、こちらはどうやらゲームの話をしている様子だ。


 チャイムが鳴り、先生が朝の出席を取り終えると、一・二時限目は短縮時間で数学と英語の授業を受け三時限目に大掃除をした。


 そして四時限目は、いよいよ終業式。


 生徒たちは皆笑顔で体育館にぞろぞろと移動し、校長先生や生徒指導課の先生の話、各部活動で優秀な成績を収めた生徒たちの表彰や夏休み中に行われる大きな大会に駒を進めた生徒への激励が行われ、集まった生徒たちは暑い中おとなしくそれを聞いていた。


 終業式が終わると生徒たちはまたぞろぞろと自分たちの教室に戻り一学期最後のHR。


 先生から夏休みの注意事項等の説明や各種プリントが手渡され、そして最後のチャイムと共に皆一斉に歓声を上げた。


 これから部活動に入っている生徒は部活へ、体育祭実行委員はその委員会へ、そうでない生徒は帰宅と別れることになる。


 直美は吹奏楽、沙希はバスケ、麻衣子はアニ研の部室に、それぞれ行ってしまった。


 部活に入っていない穂香は帰宅組みになるのだが、何だかすぐに学校から出るのが惜しかったので、自習室で夏休み用に学校の図書室で借りてきた本を開いて読んだ。


 しばらく読んでいると、急に辺りが暗くなるのを感じて、読んでいた本から目を離し、空を見た。空は暗い雲が低く立ち込めていた。


 朝の天気予報で一日快晴だと言っていたのと、終業式で持って返る物が多いので今日は折り畳み傘を持ってきていなかった。


 慌てて読んでいた本を鞄にしまい、階段を駆け下りた。しかしちょうど下駄箱までたどり着いた時にザーッと雨は勢いよく降り始めた。


『なんですぐ帰らなかったのだろう…』


 穂香は下駄箱にもたれて恨めしそうに雨を見つめていた。


 不意に近くで傘の開く音がした。


 部活が終わった直美たちかと思って振り返ると白いカッターシャツの上のボタンが目の前にあった。そこから上を見上げると傘を開いている俊介がいた。


「駅まで、一緒にいこうか?」


「…はい」


 穂香は素直に俊介の傘に入った。


 二人は雨のなかを歩き始めた。


 傘の上では、西の空に晴れ間が見え始めていた。

 傘の柄の部分には片仮名でアクツ・シュンスケと書かれてあった。


 そして二人の鞄には、おそろいのイルカのキーホルダーが揺れていた。

最終話まで読んで下さり有難うございます。

この話しは大輔が穂香に宛てた奇妙な推薦状をきっかけに、秋月穂香さんと阿久津俊介くんの二人が、お互いに興味のないクラスメートから、意識するクラスメートへと変わって行くお話しです。

反応は様々ですが、意識するだけで伝わるものってありますよね。

そして、この話しに登場する穂香さんと俊介くんは二人とも大切な家族を亡くして、それを自分の責任だと思い、背負って生きていました。誰にも相談できずに抱え込む問題は、この二人に限らず誰でも持っています。

人を、良い方向で意識して、そして徐々に近づいて友達になる。

人と関わることで自分をより良い方向に変える。って大切なことだと思います。

私達の傍に大輔は居ませんが、どうか大輔の代わりに貴方自身で、ひとつだけ自分自身の考えと違う考え方で物事を捕らえてください。

そして、読んで下さった皆様がこの二人の主人公のように幸せになってくれれば嬉しいです。

重ね重ねですが最後まで読んで下さり有難うございます。

そして、もしよろしければページ下段にあります評価、ご感想など頂けましたら幸いです。

                                2017年7月吉日 湖灯

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