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天真爛漫パンダ  作者: 古賀克樹
2/3

旅の準備

数年ぶりの更新

 

 マンションを出ると、周りを見渡す。いつもと変わらない景色だ。黒い車に全身黒尽くめの男達が入り口を遠くから見張っているということもない。いや、本職なら僕が見渡したくらいで感づかれる場所にはいないか、と真面目に考えた。

 家に着いた僕は、旅行用のボストンバックとリュックサック、会社用のカバン、大学生時代に使っていたショルダーバックを出した。今、家にあるカバン類はこの4つだけだ。

 さて、パンダはどういった場所にいるんだろうか。せめて暑い場所か寒い場所かだけでも教えてほしい。しかも何日、何ヶ月の旅になるのだろうか。彼女が言い出したのだから、見つかるまでは探し続けるだろう。

 どこにいるかだけでも知りたくなって、パソコンを立ち上げ『パンダはどこへ消えた?』と検索してみた。実に100万件以上ヒットした。世の中には僕以外にもパンダを探している人たちで溢れているのだなと感心してしまった。3件ほど流し読みしてみたが有力な情報を得られそうにもないのでやめた。

「パンダ」はネパール語で「竹」を意味する「ポンヤ」に由来するらしい。中国語で「パンダ」は「熊猫」と言う。ジャイアントパンダとレッサーパンダの2種類がある。彼女が連れて来たパンダはジャイアントパンダの子供のようだ。目の周りと耳と肩と両手、両足が黒でその他は白ではなく、クリーム色らしい。白にしか見えなかった。パンダがどんな動物か調べれば調べるほど、肩に力が入り汗が出てきた。パンダは絶滅に瀕している動物であり、野生パンダの生育数は1,600頭ほどだそうだ。そのためワシントン条約でその売買が禁止されている希少動物だと出てきた。ネットの情報だから正確なところはわからないが、パンダについて無知な僕にとっては充分な情報に思えた。彼女はどうやって日本にパンダを連れてきたのか。ぬいぐるみと偽るにも限界がある。あれはやはり、ぬいぐるみで、僕が寝た後に彼女が隠して鍵をあけたイタズラだと考えたほうが自然だ。いや、そうであってほしい。そうであるなら、旅行の口実だから、長くても一ヶ月の旅だろう。今は夏だし、仮に行き先が中国でもそう気候が変わるわけでもない。

 リュックサックに3日分の着替えと、まだ読んでいない文庫本を5,6冊投げ込んだ。後は貴重品だけで何とかなる。

 僕はスーツに着替えながら、休暇をもらうためにどう言い訳しようかと考えた。明後日は月曜日だから、仕事が始まる。昨日も無理を言って休ませてもらった。正直に言えば休暇はもらえるのだが、人間関係や信頼に支障をきたす気がした。何よりも言い出しにくいから、まずは電話で休みたい旨を伝え、理由は職場に行ってから伝えますと言うことにした。そうすれば、職場に行かなければならなくなるし、行ってすぐに言わなければならない。自分を奮い立たせるために上司に電話をかけた。

「もしもし」自然と声が重くなる。

「おぅ、お前か。どうせ休みを延長したいって電話だろ?」

「えっ、あぁ、まぁ」予想外の対応に言葉が続かなかった。

「彼女が昨日帰って来なくて、とか、中国に迎えに来いとか言われたんだろ。お前があの人と付き合いだしてから、休暇延長は当たり前になってるからな。とにかく、頑張れよ。お前も色々と大変そうだからな。けど、戻ってきたら人並みに仕事はしてもらうぞ。じゃーな」

「あ、ありがとうございます」お礼の途中で、電話を切られた。

 こんなにうまくいくものなのかと呆気にとられた。こんな風に世の中のことが進めば、パンダもすぐに見つかるような気がした。いや、あれはぬいぐるみなんだとすぐに自分に言い聞かせたが、自分の心は、これから本物のパンダを探しに行くんだとばかりに、鼓動や感情で伝えてきた。もしも本物のパンダなら、彼女は犯罪者だし、もしパンダが自分で出て行ったとしたら……想像には限界があるが、この現実は想像を超えそうで考えるのをやめた。パンダが連れ去られたとしたら、彼女がパンダを日本に連れてきたことを知っている組織立った何か、そう考えるのが筋が通っている。いや、通っていないのだが、もはや現実離れしているのだから、起こりえるのだ。

 冷蔵庫から缶ビールを2本取り出し、1本は一気に飲み干した。リュックに入れた本を1冊取り出した。タイトルは『羊をめぐる冒険』だった。この主人公は羊で、僕はパンダか、とほんの一瞬だけ考えた。もう一本のビールをあけ、本を開く。


 *


 読み終わると丁度良い時間になっていた。

 もはや、パンダが本物で未知な世界への旅になろうとも、パンダがぬいぐるみで彼女との旅行になろうとも、どうしようもないことに変わりはないのだ。僕は彼女に逆らえない。会社も休んだ。

 彼女と一緒になってから学んだことは、環境によって自分が変わった気がするが、実際に自分は何にも変わらないということだ。

 ただ、周りの人や環境が普通か、普通じゃないかで、自分が平凡か特別かと判断してしまいがちだが、自分は何も変わらない。例えば、千円で銀行口座をつくると窓口の対応も事務的だろう。けれど一億円で口座をつくれば、お偉いさんが慌てて出てきて丁寧すぎる対応をしてくれるだろう。自分は変わってないが、周りの対応が変わった。それで自分が何か特別なような気がしてくるだけのことで、自分は自分なのだ。千円持っていようが、一億持っていようが、本来の自分は変わらない。

 そう考えると、特別な人間なんていない。いや、彼女を見ていると存在する気がするが、少なくとも僕はそうじゃない。

 つまり、パンダを探す旅だろうと彼女との旅行であろうと、僕は変わらない。これさえ貫けば大した違いはない、はずだと自分に言い聞かせた。

 彼女のマンションに着き、朝の怪しい車を思い出すと、つい周りを確認しながらマンションに入った。特別怪しい人物、パンダ、車はなかった。

 


 *


カクヨムさんに、全編を1万字でまとめた短編バージョンを掲載しています。

(同タイトル)

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