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天真爛漫パンダ  作者: 古賀克樹
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パンダはどこへ消えた!?

家のポストに星沙からの絵はがきが届いていた。一ヶ月ぶりの連絡になる。緑がいっぱいの山が重なり合っている写真だった。パンダが小さく一頭写っている。もちろん僕には場所はわからないが、右下の方に四川省と書いてあった。中国の内陸にある地域で、何とか盆地が有名なところだ。大学受験で使った10年近く前の知識を総動員してもこれだけしか出てこない。届いた絵はがきにはメッセージが書かれていた。


 『元気? 25日の夕方あいてる? 荷物めっちゃ多いから、時間があったら空港に迎えに来てほしいな。4時半ね』


 ちょっと待て。25日は今週の金曜だ。普通に仕事がある。とにかく星沙にメールだ。交渉だ。

携帯を取り出してメール作成画面を開くが、中国では携帯が使えないのだった。正確には使えるが、料金が高いからと使わないらしい。中国と日本で展開しているレストランの社長が何を言っているのだろう。何にせよ携帯で連絡はとれない。

 パソコンは、あっちでは使いたくないから見ないとか言っていたな。落ち着こう。まだ4日ある。そうか、速達で返事を出せばいいのか。こんなことに気がつかなかったなんて。


 ……。


 ハガキに差出人住所が書いていない。

 仕方がないので明日、仕事を休むことにした。忙しい時期ではないから何とかなるはずだ。



  *


 

 朝目覚めて準備をする。自宅を出る時に何気なくポストを開けると、また絵はがきが入っていた。

『空港って、そっちの空港じゃなくて、中国の空港ね』

中国まで迎えに来いだと!? だいたい中国のどこの空港だよ!?

 わかっていること、4時半出発(たぶん)の福岡空港行き。

 思い出したこと、迎えに行かないと理不尽にも彼女は怒る。

 決まっていること、僕に選択肢はない。

 そんなことを考えながら会社に行く。

「なにぃ? 中国だぁ? 恋人を迎えに行く? 行って来い。お前正直だな。だが正直に言われたら俺たちはお前に行くなとは言えない」直属の上司の許しを得た。

 言い出しにくかったが、とにかく休みを貰えた。次は飛行機の便の目安をつけて予約をしなければならない。

家に着くと、また絵ハガキが届いていた。これ以上の無理難題を考えると落ち着かない。やはりラブレターというものはドキドキするものなのか。いや、そういうドキドキではないことは確かだ。メッセージは一言、


『早く会いたいです』


 いや、そういうドキドキだった。安心した。

『それと、やはりここに来てもらうのは大変だと思うから。福岡空港で待ってて』

彼女にも常識があったらしい。いや、行こうと実際に考え、行動していた僕が常識どうこうもないな。

『P.S.遅刻厳禁!』

うん……。了解しました。



  *



 30分早めに空港に到着した。何事も早目が丁度いい。予想外のことに対処する心の余裕が保てるからだ。

地下鉄の駅のベンチに腰を下ろし本を取り出そうとしたら、メールが届いた。


『着いちゃった』


 何事も早目が丁度いい。他人が付き合えればだが……。

「お帰り」さっそく電話を入れる。

「ただいまー。どこ? 駅? そこじゃダメだから国際線のターミナルに来てね」

国際線のターミナル行きのバスに乗った。顔が緩む。着いた。あれだ。パンダのぬいぐるみの手をこっちに向けて振っているあいつだ。

「来てくれてありがと」満面の笑顔で彼女は言った。

「おかえりなさい」

「我回来了」おそらくただいまと彼女は言ったのだろう。時間より早く来た恋人の「おかえりなさい」に対して、「遅い」はないはずだ。けれど万が一があるから「ただいま」かどうかは確認しないことにした。

 帰る途中、話に夢中で二人して切符を改札口に忘れた。戻って駅員さんに尋ねる僕ら。

 彼女の家に送って行くと、ひまわりの種やらなにやらと食べさせられた。 パンダのぬいぐるみも貰った。パンダは30cmくらいの大きさで、緑のリボンを首にまいている。座っているポーズで胴体と同じ大きさの黄色いカゴを抱きかかえている。

「重い荷物持ってもらってごめんね。ありがとう」

「いや、君に重い荷物は持たせられないよ。長旅おつかれさま」

パンダもうなずいたように見えた。



  *



 星沙の家で目を覚ますと姿が無かった。

 彼女、ではなくパンダの姿だ。

 30cmほどのパンダがなぜ消えたのか。

 それは彼女が移動させたからに決まっている。彼女の寝相は悪い。いびきをかかないだけ女性として救いはあるが。タオルケットはベッドの下に落ち、ヘソ出しルックだ。薄い黄色に小さなパンダの絵が散りばめられていて、よく似合っている。

 タオルケットを彼女のお腹にかけてやる。

 本当はベッドにまっすぐ寝かしてやりたいが、すぐに大の字になるのだろう。起こしても悪い。もっとも身体の位置を修正したくらいでは目覚めそうにはない。

 タオルケットをかけると僕はすぐに歯を磨く。

朝目覚めて、まずは歯を磨く。医者の父にならった。いや、薬剤師の母かもしれない。たまにそんなことを考えるが、どちらでもいいと思う。結局、ウチの家族は朝目覚めてまずは歯を磨くのだから。顔を洗い、料理でも作ろうと冷蔵庫に手をかけたが、ふとパンダが頭をよぎった。

昨日、パンダを貰って、どこに置いたか。

 間違いなく枕元だった。

 枕元にパンダはなく、考えられるのは彼女が動かしたということだ。電気を消してすぐに寝付いたが、その後移動させるものだろうか。

 彼女は今も大の字で寝ている。

 部屋に戻り見渡す。シングルベッドで寝ている。もうすでにタオルケットはベッドから落ちている。ベッドは向かって左側の壁際にあり、右側にはロングソファーがある。僕は確かにこのソファーの枕元に置いていた。そしてこのソファーで寝たのだ。

 ふと、カーテンがなびいたことに気付いた僕は近づいた。

窓が開いている。クーラーが入っているのだから、昨日は閉めて寝たはずだ。ベランダに出るが、何もない。しかもここは6階だ。念のため玄関に行くと、鍵が開いていた。昨日は確かに鍵をかけた。彼女が先に部屋に入り、僕が鍵をかけたのだ。つまりパンダは、僕らが寝た後に、窓を開けてベランダに出るが、そのあまりの高さにここから出られないことを悟り、玄関から出て行ったことになる、わけがない。あれはぬいぐるみだったはずだ。すると僕らが寝た後に誰かが入って来て、あのパンダを持ち去ったということになる。窓から入って、玄関から出て行ったと考えるほうが妥当だろう。急に寒気がした。

 今すぐにでも彼女を起こしたほうがいいが、彼女を起こすことは僕の死を意味する。彼女は自分でセットした目覚まし時計で目覚めることですら嫌う。自然に目を覚ますのだ。何度かアラームで起床する朝に出くわしたが、恐ろしかった。関係ない僕にあたってきて、理不尽だった。一度、彼女を起こしたことがあったが、それはもう思い出したくない。事件のにおいがしても、寝かせ続けてあげることを優先する自分がいる。

考えても、パンダ失踪事件はすでに起こったことであり、彼女を起こすこともできない。

 玄関の鍵を閉め、キッチンに戻る。ご飯に目玉焼きに味噌汁を一人分作る。パンが残っているかどうかも確認する。テーブルを片付けて丁寧に拭いた。いつでも朝食を準備できるようにする。テレビをつけた。ニュースを見ながら、僕は身支度をする。

「おはよう」後ろから声がした。

「おはよう」振り向いて返事をする。

「あっ、天ちゃんがいない!」彼女が叫んだ。あのパンダのぬいぐるみは天ちゃんと言うのか。

「昨日、寝る前にちゃんと見といてって言ったでしょ」彼女は睨んだ。

確かに言っていたけど、意味がわからない。

「天ちゃんはすぐにどっか行っちゃうの」と言い、彼女は玄関に向かった。

「あら、鍵かかってるわね。そっか、天ちゃんは頭いいと思ってたけど、鍵をかけて出て行けるほどとは思わなかった」彼女は一人で嬉しそうに頷いていた。

「どういうこと?」僕は尋ねた。

「天ちゃんは頭が良いパンダなのよ」右手の人差し指を立てながら満足そうに言う。そういうキャラ設定なのか。

「ちなみに朝起きて、窓が開いていて、鍵も開いていたよ。両方閉めたのは僕」と説明した。

「あら、鍵の場所がわかるほど、頭よくなかったのね」彼女は残念がった。

「朝食すぐに準備できるから、食べたら警察に電話しよう」

「準備できてるとは、流石ね。けど警察はダメ。あなたが探すのよ」人差し指で刺された。顔が引きつった。

「ならテーブルで待ってて、すぐに朝ご飯だすから」僕はキッチンに向かう。

 ご飯をテーブルに置くと、見るや否や彼女は、

「今日は、パンの気分なの。わかる?」と言い放った。

「すぐに持ってくるよ」と言い、ご飯をテーブルの端に寄せる。

キッチンからクロワッサンと牛乳を持ってきてセッティングした。皿の配置、パンの角度まで気を使う。僕が高級レストランのウェイターだのブライダルスタッフで働けているのは、彼女のわがまま……いや、彼女のおかげと言っても良い。

「いただきます」僕が座るや否や彼女はさっそく食べだした。

「いただきます」僕も続く。

「朝ごはん食べ終わったら、すぐに帰って旅行の準備しなさい。夜の7時までにはここに戻ってくること」

「いや、これが済んだら貴重品チェックして警察に電話だろ?」僕は真顔で答える。

「私のお願いが聞けないの?」少し潤んだ目でこちらを見てくる。演技だと思っていても、僕の心と口は、意思に反して動く。

「すぐに帰って、準備するよ」

「ありがとう。嬉しい」彼女の目が輝いて微笑んだ。僕も微笑んでしまう。

「で、何で旅行の準備なの?」

「それはまたここに戻ってきたらわかるわ」真面目な顔に戻った。

「何か特別必要なものはあるかな? 何泊くらいするの?」

「何泊になるかわからないわ。あなた次第ね。あなたの能力次第」

ものすごく嫌な予感がした。

「必要な物は特に……あ、天ちゃんは笹の葉が好きね。それでおびき出すのもいいわ」笑顔で語る彼女を前にして、確認しなくちゃならない。

「あの、天ちゃんってぬいぐるみだよね?」

「天ちゃんは頭が良いパンダよ。ぬいぐるみじゃないわ」一瞬、頭が痛くなったが、つじつまが合った。だが、パンダを日本に連れてきてはいけなかった気がしてならない。法律的に。

「あのさ、旅行って言うか、旅? 天ちゃんを見つけるまでの?」身体中から汗が吹き出る。有り得ないが、彼女といると何でも有り得てしまう。

「もちろん」笑顔を見るともう何も言えなかった。



  *



 彼女と初めて出会った時から不思議なことが起こっている。自分の価値観がどんどん壊されていく。それまでの自分は平凡な人生だった。親が少しだけ他の家庭と比べるとお金を持っていた。後は放任主義だ。大学一年の頃に中国で一人旅した。それまでの自分の価値観というものが紙一枚のようにぺらぺらだと気が付いた。それまでは、A4サイズの面積くらいの厚みがあると思っていた。A4サイズの厚みではなく、紙一枚の薄さだったのだ。帰国後、しばらくするとカルチャーショック、いや、新しい世界の衝撃も次第に冷め、平凡な人生に戻った。そのまま自分に対する期待も薄れてきて、より平凡な人生を歩んでいたのだが、彼女と出会う。それからというもの僕は彼女の言いなりになっている。何となく社会や常識や周りの言いなりになるよりもずっと良い。彼女の魅力に触れながら、言うことを聞くのは良いのだが、不思議な体験、貴重な体験を繰り返している。時には死を覚悟することもあったし、驚きすぎて心臓が止まるような出来事にも出くわした。決して冗談でも言い過ぎでもない。例えば、取引先について来いと言われ、やたら重たいアタッシュケースを持たされた。彼女と相手が話している後ろで突っ立っていたが途中で彼女が指をパチンと鳴らしたのでアタッシュケースを差し出した。開けてみると中身は現金で一億円入っていた。取引後になぜ現金なのかと聞いたら、現金の方がインパクトあるでしょと一言だけ。ちなみに一億円は10キロの重さだった。こんなことを繰り返してばかりだ。だから滅多なことで僕は驚かなくなっていた。そのことを通して、僕は彼女との体験にわくわくする余裕も少しずつ出てきた。社会人がいきなり、パンダを探すから会社を休ませてくれなんて言えないし、行きたくもない。少なくとも平凡であった頃の僕はそう感じてくれただろう。彼女とパンダを探す旅行か。

 それも悪くないなと思ってしまう自分がいる。

 そんなことを考えながら食器を洗い終える。

 食器を洗い終えると、準備をして必ず19時までには戻ってくるよと彼女に伝えた。

昔書き溜めてたのを投下しようと思いました。

このサイトに慣れてきたら本命小説執筆しようと思ってます。

熊本地震とFXの異世界ものです。

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