海
短い話です。楽しんでいただければ幸いです。
二三子はお母さんを見ている。
午後だろうか。
レースのカーテンがふわりふわりと動いている。
椅子にゆったり腰かけて、
編み物をするお母さん。
二三子は本を読みながら、それを見る。
ながら、なんてお行儀が悪いわ。
そう思ってまた、お母さんを見る。
すると何かおかしい。
さっきまでのお母さんとちがう。
なんだろう。
本を閉じて、
二三子はじっとカンサツする。
わかった。
おなかだ。
お母さんのおなかが、少しずつ大きくなっているのだ。
奇妙に、音もたてずに、空気を入れていくように、少しずつ少しずつ。
このままじゃ、そのうちおなかがハレツする。
あぶない……。……
汗をどっさりかいて、二三子は目が覚めた。
がさごそ がさごそ
ごそごそ ごそごそ
「二三子な〜に?何してるの?
……お人形のマリちゃんがいない、ですって?」
エプロンとスカート、うでまくりのお母さんが、腰に手をあてて顔をしかめる。
「きっと家出したの。でも、あの子、さびしがりだから、私探しに行ってくる」
かばんにおさいふとハンカチ、すいとうにサンドイッチ。
帽子をかぶって。
「そんなに遠くへ行ってはいけません」
「だってお母さん、マリちゃんはすごくさびしかったのよ。家出して、誰かにさがしてほしいくらいよ。かなりよ。大丈夫よ、めぼしはつけてあるの」
「めぼしって?」
「今年の春、カマクラに行ったでしょう。マリちゃんとお母さんといっしょに。あのとき浜辺で海を見て、なごりを惜しんでいたんだ。だからきっと海まで家出したのよ」
「ううむ、そうか……。二三子、気を付けて行ってらっしゃい」
「はあい」
お母さんは、最近はとにかく、二三子のやりたいことで、そのりくつがちゃんと合えば、それを止めたりしない。
電車は乗り継ぎがスリルまんてん。
反対方向の電車に乗らないように。
自動改札のシュッ!ていうはやさはちょっと好き。すがすがしい。
ドアだって、バターンとひらく。
さあ、どうぞ、という具合に。
二三子は駅から海までは、前に来た時と同じにレンタサイクルで行くことにした。
不案内で、道はくねくね曲がっていて、しかも長い坂があちこちにあった。
人に尋ねながら、海を目指す。
二三子は不安だった。
「めぼし」なんて言ったけど、もしマリちゃんが「めぼし」をはるかに追い越して、永遠の家出をしようとしていたら、どうしよう。
自転車を脇に止めて、途中の道で、自転車のそばで急いでサンドイッチを食べた。
目の前の一本道を、猫がすたすた歩いている。
でも、二三子は考えている。
海まで出かけて、あのまっすぐな水平線を見つめて、キラキラするあたりを、歩いてみたくなったら。
すぐにおぼれて死んじゃうわ。
また、自転車に乗る。
二三子はペダルを、ぐっ、ぐっ、右、左、右、左、と踏みしめて、坂を上った。
ああ、海だ。
額の汗を、潮風が乾かそうとする。
さて、マリちゃんはどこだろう。
私を呼んで。
「マリちゃーん。おおーいマリ!」
波がざざ―――――っ。
流されちゃうぞ!
ざざざざざ―――――っ。
おぼれるぞ!
ざざざざざざざ
「マリちゃん!」
いた!
マリちゃんだ。
あんな砂の上に、一人ぼっちで、海を見ている。
二三子は砂でころびそうになりながら、走り寄って、
「かわいそうに、もう気がすんだわね?さぁ、帰ろうよ」
と言った。
二三子がマリちゃんを抱き上げて砂をはらい、瞳をのぞき込む。
キラキラしたガラスの目の中に、私がいる……
(おなか、大きく大きくなるのね)
(そうよ。赤ちゃんが育っているのよ)
(それ、いいこと?)
(いいことよ。あなたに弟ができるのよ)
オトートか。
(ふうん)
そうか。
なぁんだ。
家出をしていたのは、みつけてほしかったのは、私だったのね。
そうよ、とマリちゃん。
そしてもう、私は私をみつけて、気がすんだんだ。
そうよ、そうよ。
二三子は思った。
そしてマリちゃんを抱いて、また自転車に乗って、電車に乗って、家へ帰って行った。
「ただいま!」
おわり
最後まで読んでくださってありがとうございました!今後の創作の励みとなりますので、よろしければ評価をお願いいたします。




