whiteXmas
「どこいくの?」
不安げな様子で訪ねてきたのは私の家の長女、楓だった。
「煙突に蓋をしてくるだけだよ」
私の家の煙突は、童話に出てきそうなレンガ造りで四角柱の煙突である。
周囲の人からは煙突に屋根をつける事を勧められたが、子供の頃に憧れたあのシンプルで童話的な形が忘れられず、蓋は別で用意するという形になったが蓋を完全にしてしまうと煙がでていかなくなる。そのため煙突の横にも穴を開けていた。
「雪が降ってきたから閉めるのはわかるんだけどさ……サンタクロースってどこからはいってくるんだっけ……?」
そういうことか、とやっと楓の言いたいことを理解したが、少々不意を突かれた質問だった……。
しかし中三にもなってサンタクロースを本当に信じてるのはどうなのだろうか、少し幼すぎやしないだろうか、いや、けれど娘の夢を壊すのも気が引ける……
「お父さん?」
いたいけな瞳で私に容赦なくプレッシャーをかけてくる。
「……サンタクロースは煙突から入れない時は裏口からはいるんだよ、は、はは」
楓は黙り込んでしまった。
そりゃあ、まぁ、自分でも言い終わる頃には酷すぎるほどに見苦しい言い訳だと思ったが、ただ、
「そうなんだ! それなら煙突がふさがってても平気だね! 引き止めてごめんねお父さん」
「そ、そうか、じゃあ少し行ってくる」
そのまま信じてしまった……私はこの子がいつか誰かに騙されるんじゃないかと不安で仕方がない。
リビングに戻ってみると暖炉の前に折りたたみしきの小さな机を置いて集まっていた。
「どうしたんだ、三人揃って」
「ちょっと待って! 今集中してるから……」
楓に軽く叱られてしまった。
取り敢えずソファに腰掛けて待つことにしよう。
しかし、まぁ、せっかくコタツがあり去年エアコンもつけたのだが暖炉があるからあまり使っていない。
これも好みの問題か。
この暖炉も、やはり周りからは反対されたが、例のごとく押し通した。
不規則に鳴る薪の弾ける音、少し離れていても感じられるあたたかさが心を落ち着かせ、眠気を誘う。
私がゆっくりと寝そうになってきたところで次女の椿姫から声がかかった。
「いまね、姉さんの提案でサンタクロースにメッセージカードを書くことにしたのよ」
「そうなのか、それでまたやり始めたら止まらない感じになってるのか」
「まぁ、そうね」
この子は来年から中学生だからまだ小学生のはずなんだが、妙に賢い。
また今回もサンタクロースを信じてるように装って姉の楓を相手してるのだろうと思うと本当に子供か疑いたくもなる。
どうやら終わったみたいだ。
楓が駆け寄ってきた。
「お父さん! お父さんもなんか書いて!」
「ん? そうだなぁ〜」
取り敢えず適当にサンタでも描いてみたのだが……
「おおっ! お父さんっ! グッジョブ!」
意外に受けが良かったようだ。
「でもメリークリスマスじゃなくてハッピークリスマスなの?」
「それでもいいんだよ、それでも」
「ふーん」
――確かにmerryXmasと書くべきだったか……
「ところでそれはどうするんだ?」
「んー? 裏口のドアにでも貼っとくよー」
「そうかそうか、サンタクロースも喜ぶだろうな」
「うん!」
「あれ?葵は?」
家の三姉弟の一番下の葵。
「さっきの机のとこで寝ちゃってるよ?」
「そうかそうか」
葵はこの二人と比べるといつもマイペース。
でも気がつくともう十時を回っていた。
あながちマイペースなところは遺伝でないとも言いきれないかもしれないな。
「さあ、葵はあとで寝室に連れてくとして、楓達はまだ寝ないのか?」
「じゃあもうねる!」
「姉さんが寝るなら私も……」
「おやすみ」
「お父さんおやすみー」
「おやすみなさい父さん」
私もサンタクロースの役目でも終えてからそのまま今日は早めに寝るとするか。
「ねぇお父さん」
楓が足を止めてこちらに振り返った。
「どうしたんだ?」
「サンタクロースは絶対くるよね?」
私は迷いなくこういった。
「ああ、絶対にくるよ、毎年」
――クリスマスイブ。
早いもので私は中学二年生になっていた。
来年からは受験生である。
気がつけばあいつがいきなり姿を消してからもうすぐ二年。
たった二年のはずなのに遠い昔の話みたいに感じられた。
だけど、なぜだろう今年あと数日で終わると言われると一年が凄く短く感じる。
いや、というよりはおそらく去年があまりにも長すぎたのだろう。
朝早く起きるといつも紅茶を飲みながらいつもこんなくだらない事を考えていた。
――にしてもこの紅茶美味しいわね、クセがなくて香りが強くて、ミルクを入れても潰されないこの香り、ミルクティーにして正解だったわ。
暖炉も焚いていたので
おっと、姉さんが起きてきたみたいね。
「おはよ椿姫、今日も早いねー」
「おはよう姉さん、今日もかわいいわ」
「またまた〜褒めても何も出ないよー」
――割と本気で言ったつもりだったのだけど。
「そういえば葵は?」
「まだ起きて来てないわね」
「まぁ、いつもの事だね。仕方ないか、起こしてくるよ」
姉さんは軽くため息をついて弟の葵を起こしに行った。
今日は三人で買い物に行くことに決めたんだったわ。
私の優雅なティータイムもこれくらいにして出かける準備をしないと。
「ん、おはよーねーちゃん」
「おはよう、葵」
あくびをしながらふらふらと歩いてきた。
「葵、昨日何時にねたの?」
「んーとね、最後に記憶があったのは二時くらい?」
「『二時くらい?』じゃないわ、もっと早く寝なさい」
「はぁーい」
本当に分かってるのだろうか。
「椿姫ー葵ー朝ごはんできたよー」
姉さんがいつの間にやら朝ごはんを作ってくれていたようだ。
さすが姉さん仕事が早い。
「簡単なものだけど朝ごはんどーぞ!」
「ありがとう姉さん……」
これが簡単なものなのだろうか。
「おおー!さすがねーさん!」
いつものことだけど普段無気力な葵もこの反応だ。
フレンチトーストに生ハムのサラダが添えられている。
ついでにデザートのヨーグルトも綺麗なガラスの容器に入って出された。
別に依存症ではないけど、紅茶がとても合いそうな優雅な朝食というにも充分な見た目だろう。
「やっぱり姉さんは何でも完璧にこなせるのね……」
「朝からそんなに褒めても何も出ないってばー」
「ほら葵もどんどん食べてるし椿姫も早く食べなー今日はみんなで買い物に行くんだから」
フレンチトーストを切って一口食べてみる。
「おいしい……!」
美味しさのあまり完食までに食事の手を止めることは一切なく食べる事に夢中になってしまう。
ただしこれもまたいつもの事だけど。
家の近くまでタクシーを呼んで駅に向かった。その道中。
「ところで椿姫と葵は今年はサンタクロースに何お願いするの?」
――まだサンタクロースを信じているのだろうか……
「僕はね! ゲーム! 来ないだ出たあのゲーム機が欲しい!」
「おお! あの黒いやつね!」
「そうそう!」
「でもソフトは?」
「ふっふっふ、このためにバッチリ貯金してある!」
「さすがうちの弟だ! 抜かりないねぇ」
私はこの時うまく話の流れに乗れなかったが、黒いやつ、だけで伝わってるのだろうかと少しだけ思ったりもしなくもなかった。
「ところで椿姫は?」
考えていなかったから少し迷った。
「新しいティーセットかしら、今のもいいんだけどね」
「ほうほう、ティーセットかぁー」
「椿姫は毎日、朝はやく紅茶嗜んでるからねぇー」
「べ、別に毎日ってわけじゃ……」
「姉さんこそ何をお願いするの?」
取りあえず話を姉さんの方向に切り替える。
「え?うち?そうだなー高校の単位かな」
「いやいや、姉さんはテスト受けるだけで余裕で取れるでしょ……」
私の姉さんはすごく頭がいい。
授業中だけで課題片付け、なおかつ好成績を毎回とる。
「んーじゃあ魅力……! かな?」
「これ以上、魅力的になられたら困るわ」
「えぇ! じゃあ……お金?」
「サンタクロースは夢を配ってるのよ……」
「わかった! 彼氏!」
「もし本当に届いたのなら私はサンタクロースを殺めなきゃいけなくなってしまうわ……!」
「いやいや落ち着いて! 椿姫ー!」
そんなこんなで駅に着いた。相変わらず快速の止まらない小さな駅。
そこから電車で隣駅まで行って駅前のデパートへ。
そして心惜しいけれど姉さんとは二手に分かれて葵と食品売り場へ、姉さんは何やら買いたいものがあるっていってすごい速さで何処かへ行ってしまったけれど。
しかしまぁ、姉さんからもらった買い物リストがあるから迷うことなく買えそうだ。
お菓子売り場を横切る。
「ねぇちゃん」
「どうしたの? 葵」
「お菓子買って」
薄々、私もこうなると予想していた。
姉さんも予想してたみたいだ、買い物リストにもに書かれている。
――はじめはダメだといって買うことを拒む。多分ダメと言い続ければ少しだけでいいからと言い出すと思う。その時を見計らってじゃあ一つだけならと言う。これで乗り切れる!
結局買ってあげるところに姉さんの優しさというか甘さが伝わってきた。
私もだいたい同じようなことを考えていたんだけどね。
「だめよ、葵、今日はお菓子は買わない」
「いいじゃん買ってよ!」
「じゃあどうしてそんなに欲しいの?」
「ほら、せっかくのクリスマスだし、みんなで食べようよ! ね?」
――確かにそれもいいかもしれない……じゃない、危ない、私としたことが、流されるところだったわ。
「じゃあみんなで明日クッキーでも焼きましょう?」
「それもいいね……そうしよう!」
私はこっちのルートを選ぶことにしたわ、姉さん。
これであとの買い物はリスト通りにやれば済む、と私はおもったのだけど。
「ねぇちゃんねぇちゃん」
「どうしたの?」
「炭酸ジュース買って」
つい、ため息をついてしまいそうになった。でもすぐに返しが思いついた。
「シャンメリー買うからいいでしょ?」
「シャンメリー……! シャンメリー!」
稀にしか飲まないから喜びでさっきの言葉なんて頭に残ってないようだ。
さて買い物を続行しよう。
買い物を終えた私達は待ち合わせ場所で姉さんを待っていた。
数分待っていると姉さんは来たのだけれど……持っている荷物がすごい量だった。
「ね、姉さん何買ったの?」
「ケーキとか、服とかいろいろかな」
「へ、へぇ」
姉さんは両手の荷物を軽々しく持っていたが、大きな紙袋が二つ、おそらくケーキの箱が入っているだろう袋が一つ。
よく見ると大きな紙袋の中にはラッピングされた箱が入っている……つまり姉さんはサンタクロースを本気で信じてるのではないようだ。
私達のため、私達の夢を壊さないようにするため……かな。
けど、これでは私達にはサンタクロースが二度来ることになるわね。
それも悪くないか。
「買い物も済んだことだしみんなで帰ろー!」
「そうね帰りましょうか」
私はこんな姉さんのことが大好きだ。
家に帰ってきた。
すると姉さんはすぐに夕飯の支度を始めた。
「姉さん、もう夕飯の準備? はやくない?」
確かにお昼はコンビニのおにぎりで適当に誤魔化したからお腹は空いているけど……まだ三時だ。
「こういうのは下準備から本気でやらないと……!」
姉さんの本気の料理を食べると、明日からふつうの料理がたべれなくなるんじゃないかと不安になる。
しかし、楽しみで堪らなくもある。というより楽しみの感情の方が圧倒的に強い。
「楽しみにしてるね! 姉さん!」
「まっかせなさーい!」
さて、すると暇になるわね。
「葵、クリスマスツリーの飾りつけでもしましょ」
「うん」
少しずつ少しずつツリーの飾りつけを進めていると、雪が降ってきた。
――煙突に蓋をしてこないと……
私が外に行こうとしてるところが見えたのだろう。姉さんはこうたずねてきた。
「どこ行くの?」
私を心配しているようだった。
「煙突に蓋をしてくるだけよ」
「煙突から入れない時はサンタクロースは……」
「裏口から入ってくるのよね、まるで泥棒みたいね」
私は笑った。
「そうだね、窓とかのほうが夢がありそうなのにね」
姉さんも笑っていた。
「今年もメッセージカード書こうか!」
「そうね、今年も書きましょうか」
「書いたらサンタクロースがちゃんと気づくように裏口にでも貼っておきましょう」
「そうだね!」
その後私達は思う存分クリスマスパーティを楽しんだ。
そして、疲れて早めに寝たのだが、姉さんはまだ少し起きていたようだった。
――クリスマス当日、早朝。
やはり枕元には、プレゼントが一人に二つずつ置いてあった。
まだ外は少し暗いのだが、リビングは明るい。
しかし、葵と姉さんは寝ている。
「おはよう、父さん、来なくていいって言ったのに……また来たの?」
「なかなか酷な事を言うじゃないか椿姫、せっかく来てやったんだぞ?」
「だから、頼んでないっていってるでしょ! 大体子ども三人を残して仕事のため出世のため海外に飛ぶなんてどうかしてるのよ!」
私はどうもコイツが苦手だ。
私たちの平和な日常に現れては私の心をかき乱して帰る。
「だけどそのおかげでお金には困ってないだろう?」
「それはそうだけど……でもっ!」
「あと、そんなに騒ぐと葵と楓が起きちゃうだろ?」
返す言葉がない。
言葉にならない憎しみと行き場のない怒りだけが私を包み込んだ。
「いいから帰ってよ、わかった、クリスマスプレゼントね、ありがとう、だから、お願いだから帰って」
「こっちも飛行機で飛んできてるっていうのにつかの間の休息もなしか?まぁいいが、メッセージカードは書いていってあげるよ」
――また頼んでもいないのに。
「へったくそな絵ね、それとhappyXmasってなによ、merryXmasじゃないの?」
「いいんだよ、これで。それじゃあ私は早急に立ち去るとしよう」
「そう、そうしてくれると助かるわ」
私はアイツが嫌いだ急に仕事で出ていってそのまま帰ってこなくなった。
その際に姉さんに五億円の入った銀行口座を置いていった。
その量の資産運用がストレスなくかつ完璧にできる高校生なんて、多分姉さんくらい、姉さんもストレスなくは無理だろう。
私は父さんなんて嫌いだ、サンタクロースなんて嫌いだ、いつも最後のクリスマスを思い出すwhiteXmasなんて大嫌いだ。