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金持ちVSハロウィン  作者: 洋館
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2.誘拐犯VS電話

「まあまあ、お二人ともお気を落とさず。初めての挑戦は誰でも失敗するものです。僕も初めて誘拐されたときは、それはもう恐ろしかったんです」


 ニコニコと笑いながら浅瀬川は間に入った。この浮世離れした少年は、この面白い二人を見ていうちに、心のうちに温かい気分になった。そしてなんだか助けてあげたくなってしまったのだ。

「坊ちゃん、これが初めてじゃないのか?」

 一拍おいて男が反応する。自分と女以外からアクションがあったことに安心したのか、心なしか優しい声になっている。


「ええ。暇つぶし、人違い、怨恨、金銭目的、変わったところでは腕試しなど様々な理由で今回十回目です。当然すべての誘拐は失敗に終わっています。だから気を落とすことはないんです。初めてのチャレンジは失敗して当然。右も左もわからないのに第一歩に踏み込んだ。そのフロンティアスピリットに比べれば、成功か失敗かなんてのは二の次。違いますか?」

「そ、そうか?」

 狼男が顔を赤らめた。マスク越しだが、浅瀬川には分かった。

「そうですよ、今回駄目でも、次頑張ればいいんです」

「そういわれればそんな気もするな。しかしだぜ坊ちゃん。俺たちはまだ失敗したとは決まってねえ。見てろよ。絶対に誘拐しきってみせるからな」

「っていうか十回も誘拐されてるとはね。どうりで平静でいられるわけだ。っていうかそれって家族から嫌われてるんじゃあ……」

「浅瀬川家訓なんです。『困ったら何とかしろ』だったな」

「えらくふわっとした家訓……、ってうわあ!」

 突然女が悲鳴を上げた。横の男がそれにつられて飛び上がる。

 ついに浅瀬川の腕が離された。本人自身そう遠くないうちに離されるだろうとは思っていたが、あまりにも雑すぎる流れだ。

「繋がったーっ!」

 女は携帯を何度かお手玉したのち、何故か通話口を押えて小さく叫ぶ。自分からかけておいて、今は面倒なクレーマーにつかまったような顔をしている。

「女の子の声がする……。こう、か細くて可愛い声がする」

「い、いちいち報告するなよ。いいからはじめろ。予定通りにな。予定通りに、それいいんだから」

 男は小声で何でもないように言うが、明らかに動揺していた。「予定通り」と何度も小声で呟きながら、女へ先を促す。

 意を決して女が電話をそっと耳に近づけた。それに合わせて浅瀬川も耳を澄ませる。

 車内の三人が、同時につばを飲み込んだに違いない。

 電話に出たのはいったい誰だろうか。

 通話が通じたはいいが、女は黙ったっきりだった。向こう側声はかすかに聞こえている。通じてはいるのだ。しかし出だしで躓いて混乱しきった女は、言うべき言葉を失っている。どうにも小心者らしい。

 彼女ははるか年上だと思うが、その今にも崩れ落ちそうな顔を見ていると、本番の舞台に臨む後輩を見るような気分になってくる。

「頑張れ……、頑張れ……、湯崎……!」

 小声で言う男。この時点ですでに彼の両指は祈るように組まれている。それにならって浅瀬川も指を組んで祈った。

「僕も浅瀬川家の男として応援したくなってきました。湯崎さん頑張って」

 何度か口をパクつかせてカボチャマスクの湯崎は笑った。口元しか見えないがそれは決して余裕の笑みではない。人が諦め、あるいは吹っ切れた時に見せるあまりよくない方向の笑みだった。


「浅瀬川様のお宅でしょうか。アア……、ソノ……、わたくし共このたび浅瀬川理一様を誘拐させていただきまして、いえいえ、とんでもございません。誠心誠意心を込めて攫わせていただきましたので――」


 男は言葉を失っていた。反対に女は溜め込んでいた言葉を一気にこれでもかと吐き出し続ける。

「いや、逆にいいんじゃないですか。パニックでオートモードに入っていますけど、これはこれである種の迫力がある。言葉だけ聞くと完全にサイコホラーです」

 浅瀬川は場の成り行きを見守ることにした。誘拐されている身分で贅沢な話だが、彼は何もよりもこの誘拐の先が気になっているのだ。

 それはそうとボイスチェンジャーのようなものはいいのだろうか。僕ならば完全にいたずらだと思う。

「――ですので、警察への連絡はご遠慮願います。もろもろ込みで四十八万円ほど。もちろん奥様におかれましても、理一様のお体が心残りかと思われます。大変申し上げにくいのですが、次回二時間後にまた改めてご連絡されていただこうかと。その際に直接お電話できるかと存じます」

「ああ、あいつ銀行勤めで、恐らくその本能が出ているんだ。疲れていたり酔っていたりすると時々『ああ』なる。心配だが俺が出張るわけにもいかんしな……」

「四十八万?」

 浅瀬川はここで初めて感情を強く表に出した。先ほどまでフワフワと浮かべていた笑みが、どこへやら引っ込んでいる。


 彼は怒っていた。

 不可解な怒りといっても良い。強くこぶしを握り締めて隣の男を睨みつける。

 

「僕の価値は四十八万?□馬鹿な。あまりにも安すぎる。……まさか、四十八万から先が数えられないのか?□いつの間にか庶民の教養はそこまで落ちているのか?」

「ああ、それは、俺たちの借金が四十八万っていうだけだよ。別にいいだろう。少ないぶんにはよ。三億とか言ってほしかったのか?」

「浅瀬川が一年にいくら稼いでいると思っているんですか?□まだ足りない」

「落ち着け、落ち着けって。初めてだから相場がわからないんだよ。勘弁してくれ、冷静なの俺だけじゃねえか」

 わめいても無駄なことはすぐに理解できた。が納得できない。

「ハア、ハア、僕は冷静ですよ。ただショックだっただけです」

「悪かったって。そんなことより、どうだ坊ちゃん。経験者から見てあれで行けると思うか?□あいつさっきから殆ど一人で捲し立てるばかりで、向こうの話を全然聞いていないようなんだが。誘拐ってこれであってるのか?」

 男が顎を掻きながら言う。心底素直に申し訳なさそうな顔をするものだから。浅瀬川の怒気も抜けていくというものだ。


 言ってしまったものは取り消せないが。四十八万、四十八万か。彼は心の中で呟く。

 そうしながらしばらく聞いてみても、湯崎が一方的に喋るばかりで、相手のターンが回ってこない。そして恐らく彼女は自分が喋ることに精いっぱいで、その違和感に気が付いていない。

「あー、確かに。これはちょっと不味いかもしれませんね」

 浅瀬川は唸った。

 しかし、いくら不味いと思っても彼にできることはない。ただ後部座席から祈るだけだ。

 そうしている内に湯崎は通話を終えた。さっきまで出すぎなほど滑らかに出続けていた口調が急停止する。

「終わったよ、阿久。この勝負私の勝ちだ」

 彼女はやり遂げたようにマスクを脱ぎ捨て、額の汗をぬぐった。季節はもう秋なのに顔中びっしょりだ。艶のある黒髪が汗にまみれて乱れている。

「ああ、そうだな。おめでとう」

 やや何かを考えるような沈黙を挟んだが男は言った。言いたいことはわかるが、さすがに満面の笑顔に水を差すことはしなかったようだ。

「ところで、早く逃げたほうがいいと思います。僕のことは、そうだな。この辺りに捨て置いてください」

 隣からたしなめるような厳しい視線が飛んでくる。

 湯崎がせっかくやりきった感に浸っているんだから、大人しくしていろ。と狼男の眼が言っている

 しかし、浅瀬川も好きで水を差したわけではない。

「被誘拐経験豊富なこの僕が言うんですから間違いない。お二人は少し危険だ。誘拐が発覚した今、僕を救出するために何らかの動きがあるはずです」

 彼の胸の内には一つの懸念があった。湯崎が一方的に喋り続けていた間、果たして向こう側にいた人間はずっと黙ったきり、聞き耳を立てていたのだろうか。いきなりの電話に一言も口を挟まずに。

 そうであればいい。

 湯崎の様子はおかしかったが、しかし話題が話題だ。普通話くらい聞くだろう。

 しかし、彼の知る浅瀬川従者はその辺り普通ではない。

 

「むう、せっかく拾えた人質を置いていくのはないが……、坊ちゃんがそういうならそうなのかもしれないな、湯崎、一旦移動するぞ。俺は腹が減ったよ。マック行こう。パンプキンパイが安いんだ」

「これから大金が入るのに、そんなせせこましいことしなくても」

 言いながらも、湯崎はエンジンをかける。

「これからの俺は金持ちだが、今の俺は三百円しか持ってない」

 完全に二人はリラックスしきっていた。誘拐宣言をして平気な顔をしてマックへ行こうとするなんて、犯罪者の素質があるのか。あるいは何も考えていないだけなのか。

 おそらく後者だろうな。と彼は推測する。

 

 後方から大きな地響きがした。僕の家のある方角だ。

 首をひねりながらも、まだ確信にまでは至っていない二人。エンジンがかかりハンドルが握られる。

「地震……?□まあいいか、坊ちゃんも何か食うか?□その舌にジャンクフードは合わないかもしれないが、もういい時間だ。百円メニューまでなら奢ってやる」

「いや、結構」

 再び揺れる。方角は依然変わらず。ただ距離だけが大きく縮まる。

「けっこうでかいな。遠慮しなくても、すぐに大金が手に入るんだ」

「いやいや、本当に。夕食が入らなくなると山田さんが悲しみますから」

「山田?」

 彼は浅瀬川の従者も知らないらしい。

 誘拐するにあたって、当然ターゲットの身辺は調べたものだと思っていたが……、彼はため息をついた。

「五黄亭に住み込みで働いている使用人です。たぶん、電話に出たのも彼女ですよ。時間的に食事の用意をしていたんじゃないかな」

「じゃあ今頃慌てで金の用意をしているころかな」

「大慌てでしょうね。ただ、彼女不器用だから、僕の救出で頭一杯になっているはず。そんな状態で、お金の用意なんて器用なことが出来るかどうか。火を使ってないといいんだけど」

 浅瀬川はシートにあがって後ろを見る。愛しの我が家が見えるはずはない。

「しかし、浅瀬川を誘拐しようとしたのに、本当にご存じない?□メイドの山田。結構ご近所名物なんですよ。たぶん僕よりも有名」

「主人よりもメイドのほうが有名って。でもどうせ話するなら、女の子のほうが良いよね。声とはすごい可愛かったし。……あのさ、私たちのせいでその子が旦那さんに怒られるってことないよね?□くびになったりとかしたら、目覚めが悪いし」

「ないとは思いますが、その時は僕が口をききましょう。それにお姉さん方もです」

「私たち?」

「ええ。短い間ですが楽しかったです。今までの誘拐の中でもこんなに楽しく話せた人はいませんでした」

 ゆっくりと目を閉じて笑顔を作る。


「ですから、警察の事情聴取の時には、気持ち援護気味に証言します。時間がれば口裏合わせをしてもいいかもしれないですけど、どうします?」



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