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金持ちVSハロウィン  作者: 洋館
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1.金持ちVS誘拐犯

 浅瀬川理一はどこにでもいる金持ちである。

 彼は代々続く大地主の長男として生まれて、何不自由なく育てられた。町全体を見下ろすように建てられた山上の和風屋敷。

 その二百を超える部屋の全てが彼への愛と優しさで溢れていた。どの部屋にいても、右を見ても左を見てもそこには自分の味方しかいない世界で彼は育った。

 朝目が覚めてから夜眠りにつくまで、全ての時間が温もりに溢れており、二年後妹が生まれてもそれが変わることはなかった。

 父も母も、使用人も全ての人が彼に優しかった。

 近所の人たちはみな浅瀬川の屋敷を、賞賛の言葉を贈るのが決まりだ。いわく「浅瀬川家」「五黄亭」「金色のアレ」「金ぴか」「派手な場所」「趣味悪い」等々親しみを込めて。

 浅瀬川は自分の家、五黄亭がどんどんと遠ざかっていくのを見ていた。屋根から壁まで金一色に染まった最高の我が家を。


 そうだ。そういえば今日はハロウィンだ。

 誘拐犯の恰好を見てから数分、ようやく浅瀬川理一はふに落ちた。

 ワゴン車には三人。

 運転席にはカボチャマスクの女がいる。これはジャック・オー・ランタンの仮装。

 後部座席には首から上だけ犬の男。本物の狗頭ではない、これもマスクだ。つまり彼は狼男ということなのだろう。

 男は浅瀬川のすぐ横に座りこの腕をがっちりとつかんでいる。標的に逃げられないようにと固く強く。狼男は巨人のように大きい。車内は広いほうなのだが猫のように丸まっている。フランケンシュタインの怪物のほうが様になりそうだ。

 浅瀬川をワゴンへ押し込んだのもこの男だった。

 路上に停めてあった車の扉が開いたかと思えば、男がまっすぐ突進してきてそのままざざっと押し込み発進。初めから決まっていたことなのだろう。悲鳴を上げる暇もない、シンプルながら有無を言わせぬ早業だった。

 

 ちょっと面白そうだと思ったらこれだ。

 浅瀬川理一は金持ちである。どのくらい金持ちかというと、幼い頃から誘拐事件に何度も巻き込まれているおかげで、誘拐慣れが出来るほどだ。

 今日もこうして事件に巻き込まれても平静でいられる。むしろ身代金を支払わせるのが金持ちとしてのステータスだと考えている節すらある。

 彼が誘拐されたのは風の乾いた夕暮れ時だった。下校中の凶行だ。現行犯は現在二名。運転手と攫い手。どちらも浅瀬川にとって知らない顔だ。むろんハロウィンに乗じ、仮装じみたマスクをしているので素顔はわからない。体つきやら声やらで深い知り合いではないな。と分かる程度だ。

 

 その中で彼は考える。

 彼らの目的は何か。

 まあ、深く考えなくとも、何となくわかる。神轢祭のことだろう。

 

 神を轢くと書く物騒な字面をした祭は、この町に代々伝わるれっきとした収穫祭だ。

 起源は不明。一説によると江戸時代にまで遡るらしい。

 当時この町には正体不明の失踪事件が急増していたという。妖怪だの神隠しだのと噂になり始めたとき、それを阻止しなければと立ち上がったのが、我らが初代町長。といってもまだ若い彼にできることは限られている。だから彼は走ったという。仲間を誘って、暗い夜道や人通りの少ない場所を全力で走り回った。後年にもなると神輿を作って威圧的に町を練り歩いたという。今でいう自警団のようなことをしていたのだ。

 現代を生きる浅瀬川には、明らかに怪しいイメージしか浮かばないが。いてもたってもいられなかったというやつなのだろう。どうにかしたいという気持ちだけなら理解できる。

 

「おい、坊ちゃん、何耽ってんだ」

 日常的に神輿で夜道を走りまわっている内に、彼らは何者かに神輿をぶつけてしまった。暗い夜道で相手の顔もよく見えない。その時は月明かりもない夜でぶつかった闇の中でうずくまる影を見て、彼らはひどく心配になった。

 これは一大事だ。治安を守るために走り回っていたのに、怪我人を出してしまうなんて。

 うずくまる恐る恐る影を覗き込む。そこに倒れていた人ではなかった。一見人のようにも見えるが、首から上が異形の怪人だったのだ。

 その詳細については大根だとかナスだとか、いくつかパターンがある。

 しかしその後話は一つに収縮する。みんなが異形を助け起こそうとすると、そいつは慌てて道のない林の中へ去っていったというのだ。口もないのに悲鳴を上げたらしい。その際異様な首を道の真ん中に落としていった。初代町長は怪訝に思いながらも、それを取り上げて家に帰った。

 その夜を境に、失踪事件はぴたりとやんだという。

 町長は思った。

 なんだかよく分からんが、悪は去った。結果よければそれでよし!□これにて一件落着!

 この町では知らない者はいない物語だ。

 

「おい、おおい、お前、自分がどんな状況にいるのか分かってんだろうな」

 浅瀬川は初代町長を偉大に思う。直情的で深く物事を考えない人だったと聞くが、その豪胆さは見習うほかない。

 しかし、それとは同時に、浅瀬川の中にあるひねくれた部分もこう言う。

 箔をつける為の妖怪退治にしては間抜けな話だ。ただ走り回っていたらぶつかって、ビビった妖怪が逃げ帰っただけだと笑った覚えがある。若い子たちは同じように笑うのではないか。少なくとも格好よくはない。町長が善人であること、彼のおかげで失踪事件が解決したのは間違いないのだが。

 この話にちなみ、秋の決まった時期になると一年の収穫へ感謝をささげる。神輿を担いで決まったルートを巡り、病へぶつかり追い出す。そして来るべき冬へ備えるのだ。

 これが神轢祭。神輿を担いで町内を練り歩いたりもする。

 

 先頭に立つ追い出し役は清められた衣装、燃えるような赤い獣のお面をして病と闘う。この病というのが昔話に出た異形をオリジナルとしている。町でもっとも信頼されている者が演じるのが通例だ。

 病役も頭全体を覆うお面をかぶって役になりきる。つまり、追い出し役に追われるのだ。こちらもこちらで、派手にやられるのは気持ちがいいと人気は高い。

 二人はお面をかぶって祭りに参加するわけだが、その面にも決まった形があるわけではない。初めは細かく指定されていたようなのだが、時代を経るにつれてだんだんと大雑把になっていった。

 

 今では時期を同じとするハロウィンと混ざってしまっている。

 浅瀬川は隣の狼男を見た。彼がどこかピリピリしていることに気が付かない。

 

 浅瀬川はその日の集会を思い返す。

 祭りの詳細を決めるためにお偉いさんたちが集まる場だ。もちろんたかが町レベルなのだが、小さな町では年に一度の祭りでも大ごとだ。特にその場に揃うような人たちは地元への愛着が強い。

 最年少で初参加となった浅瀬川は、積極的には口を出すことはせず、ただみんなが熱心に議論するさまをじっと眺めていた。

 予算が最大の問題、と何度も何度も繰り返されていた。これは浅瀬川もうすうす感づいていた。いや、町民誰もが心の奥で心配していたことだろう。

 どれだけ祭りに力を入れても年々下がる出生率にかなう筈もなく、どれだけ祭りを盛り上げようとしてもなかなか思うようにいかない。もともと外からの収入を得るように発展した祭りではないのもある。

 今では祭りそのものを取りやめるべきではないかとの声も多く挙がっている。主に若者たちの声は大きい。町全体から見れば、まだまだ祭り好きのものが多数を占めるが、これから先どうなるかまでは分からない。

「無駄が多すぎます」

 煮詰まりつつあるみんなを前に浅瀬川はぼそりと言った……。つもりだったが、狭い部屋には予想以上に大きく響いた。熱っぽい視線は一瞬にして彼に集まった。

 先のない湿っぽい上に、ぐるぐると同じ場所を回り続けている老人たちに嫌気がさしていたのだ。普段は気のいい、さっぱりした人達な分だけ、浅瀬川は皆がいったい何にそんなに真剣になっているのかわからない。

 そしてなにより彼は神轢祭が嫌いだった。

「え、だってこんな内輪ネタ。維持費がかさむなら無理して祭る必要はないでしょう」

「規模は収縮して、空いた予算と土地で……、代わりに、そうだな」

 指を組んで窓の外を眺める。そこから見えるのは町一番の花畑だ。その脇にはいさびれた神社がある。祭りに時期になれば人はあつまるのだが、普段は寂しいものだ。

「マンションか、住宅街でも建てましょう。あてはあります」

 そっちのほうが赤字は少ない。

 彼は悪気なく笑おうと思ったが、それよりも早く雷が落ちた。年季の入った怒号が連続して四方八方。

 誰に何と叱られたのかは覚えていない。しかし部屋の中で一人、何も言わずに、値踏みをするようにこちら見られたのを覚えている。

 現町長の孫娘さん。自分と同じ学校の一つ上の先輩。

 彼女は祭りを愛していた。


「大丈夫?□浅瀬川の一人息子だよね!?」

 運転席から女の声。少年は我に返る。

 要するに、この誘拐も彼女を中心とした祭り存続派の仕業だろう。誘拐など小銭をちらつかせればいい。金持ちでなくとも出来ることだ。

「違うの?」

 緊張しているのか女の呼吸は乱れている。白いマスクをかぶったままだと、相当息苦しそうだ。

「見ての通り。ご存じとは思いますが、僕が浅瀬川理一です」

 少年は胸に手を当ててゆっくりと礼をした。正確に言えば礼に見える仕草をした、程度のものだっただろう。狼男に体を固定されて身動きはほとんど取れない。

「なら、いいんだけどさ。うん」

 ワゴン車はひたすら細い路地を進んでいく。角を曲がるたびに家からは遠ざかり、ある程度人けも少なくなってきた地点で車は停止。そこで女は携帯電話を取り出す。

「これからあんたの家に電話を掛ける。何か伝えてもらいたいことはあるかな?」

「特にはありません」

「……マジになさそうな顔するんだね。悪いけど狂言誘拐だと思われたら困るわけよ。だからこっちは本気だぞ。って煽るようなやつを一つ考えてくれない?」

「そういわれても……、グギャッ」

 浅瀬川が足を組んだ瞬間、隣の男が鋭く脇腹を突いた。狼男の岩のようにごつい肘が、少年の柔らかい体にめり込んだ。あまりに容赦ない一撃に思わず悲鳴が漏れる。

「痛いぞ!□何をする。僕を誰だと思っている」

「坊ちゃん、いい加減にしろ。今の自分の立場分かっているのか?なあ」

「無論、分かっていますとも。なんならあなたよりもよく分かっている。誘拐事件でしょう?□ケチな泥犬が、遊ぶ金ほしさに身代金をかすめ取ろうとして――、ぐえっ、ぐえ、やめ、肘で突くのはやめなさい。いいですか?□僕はあなたと違って柔らかいんです。普段から食事に気を付け――、やめろって言っているだろっ」

「やめて欲しかったら、もっと誘拐された感を出せ」

「おい、やりすぎないでよ」

 運転席の女が言う。からかうような口調にどこか切羽詰まった感じが混じっている。ぶらぶらと携帯をぶらつかせながら、

「っていうか、電話誰も出ないんだけど」

 とぼやく。五黄亭にかけているのだろう。


「浅瀬川でも家を留守にすることくらいありますから。もう少し待ってやってください」

「坊ちゃんは黙れ、そうだな。出ないもんはしようがないし、一旦留守電に入れておくのはどうだ?」

 狼男の声が一段低くなる。困ったように口元をもごつかせて何度も繰り返して顎のあたりをさする。マスクの上からだ。

 それは癖だろうか、マスクで表情は見えないが、何気ないしぐさに男の素がみえてきたようだ。彼は焦っているのだ。電話が通じない。といった些細な計算違いでも、やってることがやってることだけに不安になってくる。

「ええ……、留守電?□それってなんか危なくない?」

 メッキの剥がれてきた相棒につられたのか、女も気の抜けたため息をつく。

「危ないよ。誘拐の時点で大概だろ。そこはほら警察には言うなって釘さしておけば」

 女から出てきたほんのわずかな不安はすぐさま伝染した。人質の手前むき出しにはしないが、停滞した流れに何か良くないものを感じている。

 初めにあったのは、間違いなく誘拐を成功させているイメージだったはずだ。大金をせしめて、豪遊か、借金の返済か……、なんにせよその最高の予測を発火点にして動いている間は考えなくてもよかった、そんな嫌な未来が、今二人の脳裏にはちらちらと姿を見せ始めているに違いない。

 

「ちょっと待って、映画の誘拐とかだと普通に電話通じてたから、出てもらえなかったパターンを考えてなかった。うわあああ、普通こういう時どうするの」

「普通は誘拐なんてしないんだよ。でもやり始めたんだから仕方ないだろ」

「でも普通こんな序盤でミスるなんて思わないでしょ。人質だってずっとここに置いておくわけにはいかないんだよ」

「こんなものミスに入らないって、落ち着けよ」

 震える声が重なりあってどんどんと大きくなっていく。


 浅瀬川は珍しい動物を見るような目で、二人のやり取りを見ていた。

 何やら雲行きが怪しい。狼男の拘束もどんどんと緩くなってくる。焦ってはいるようなのだが、現実感がないようだ。二人してどうしようかどうしようかと首をひねるばかりで先に進まない。

 どうやらこの二人誘拐経験があまりないらしい。名家浅瀬川家に生まれて十八年、誘拐されたことは未遂を含めて十回を超える、この浅瀬川理一の相手はやや早かったようだな。

 彼自身は特段何をしたわけでもないが、満足そうに笑った。

 

「やばい、分からない。誘拐なんて初めてだから分からない。こんなものぱぱっと攫って電話して身代金をせしめるだけじゃないんだ」

 やっぱり初めてか。浅瀬川はこっそり胸を下す。ここまで堂々と困られては破顔するなというのは無理があるだろう。

 女は何度も携帯電話を操作している。ケースやアクセサリー付きで、使い込まれたものに見える。

 それを後部座席で見ながら、何となく普段から使っているものをそのまま犯行に使っているんじゃないか、と要らぬ心配までしてしまう。

「大丈夫だ、大丈夫。俺たちなら上手くやれるって。現に攫うところまではスマートに行ったんだから」

 浅瀬川はただため息をつくしかなかった。痛む脇腹をさすりながら思う。


 なんだか、締まらないな……。


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