まっ白な子猫
まだ若いメスの茶トラの猫が、海の見える公園に捨てられたのは、寒い風が吹いていた頃だ。
どこから来たのか、誰も知らないし、聞かなかったが、野良猫の生活をしたことがないのはあきらかだった。
茶トラの猫は、どうにか生きのび、早春にはお腹が大きくなった。
『子猫が産まれるから、捨てられたのだろう』
まわりの猫達の同情の目をさけるように、茶トラの猫は公園の中を歩きまわり、子猫を産む場所を探した。
公園に段ボールの空き箱が落ちていた。
『これを巣にしよう』
子猫を守るために、まだ若い茶トラ猫は、段ボールを橋の下に頑張って押していった。
『みゅ~、みゅ~』
海の見える公園の橋の下で、一匹の真っ白な子猫が産まれた。
一緒に産まれた4匹は、お母さん猫と同じ茶トラだ。
『みゅ~、みゅ~、おっぱい飲みたいよ』
ふわふわの綿毛みたいな真っ白な子猫は、いつもお腹がすいていた。
他の子猫より小さな真っ白な子猫は、なかなか母猫のおっぱいにたどり着かない。
『みゅう~! お願いだからどいて』
他の子猫もお腹がすいてる。
子猫ができるまで、人間に飼われていたお母さん猫は、野良猫の生活になれてない。
食べ物を満足に食べてないお母さん猫のおっぱいは、あまりにも少ないのだ。
真っ白な子猫は、他の茶トラの子猫達に押しのけられる。
1匹だけ真っ白な子猫は、からだも小さく、いつもおっぱいを飲むのは最後になる。
最後なので、おっぱいは少ししか残ってないし、もみもみしながらねむってしまうので、真っ白な子猫は小さいままだ。
『みゅ~! お母さん、みんながいじわるするんだ!』
他の子猫はおっぱいを飲んでいるのに、お母さん猫は自分がいじわるされているのに気づいてくれない。
お母さん猫は、初めての子育てで疲れて眠っている。
『みゅう! きっと他のお母さんがいるんだ!』
他の茶トラの子猫は、お母さん猫のおっぱいを飲みながら、うとうとしている。
真っ白な子猫は、自分だけのけ者だと腹がたってきた。
『みゅう、みゅう! きっと、自分と同じ、真っ白なお母さん猫がいる!
その真っ白なお母さん猫なら、自分に一番におっぱいをくれる』
すねた真っ白な子猫はよちよちと歩いて、安全なお母さん猫のそばからはなれてしまった。
寒い! いつもは雨や風が子猫にあたらないように、かばってくれるお母さん猫がいない。
それに、お母さん猫がエサを探しに行く時は、他の子猫と丸まっているとあたたかいのに、一匹だと寒くてぶるぶる体がふるえる。
『みゅ~、みゅ~、寒いよぉ』
まだ冷たい春の風が、ふわふわの綿毛をつきぬける。
『みゅ~、みゅ~、お母さん!』
寒さと、お母さん猫がいない心細さで、真っ白な子猫は鳴き続ける。
『おや? おちびちゃん、こんなところにいてはダメだぞ。
お母さんの所へお帰り!』
おすのキジトラが親切に教えてやるが、まだ言葉の意味もよくわからない。
『みゅ~、知らないオジサンねこには気をつけなきゃ!』
お母さん猫ではない大きなキジトラがこわく思えて、真っ白な子ねこはよちよちと離れていく。
『そんなに俺はこわいかな?』
ショックを受けたキジトラは、ぺろぺろと身づくろいしている間に、真っ白な子猫を見失った。
よちよちと公園の広場に出てきた、真っ白な子猫はハト達にかこまれる。
『ポッポ! あっちへ、お行き!』
公園にまかれたエサを多ベていたハトに、バサバサとおわれる。
『みゅ、みゅう! ハトがおそってくるよ』
真っ白な子猫は、幼い足で必死に公園のさつきの下ににげこんだ。
こわい! ハトから逃げた真っ白な子猫は、さつきの下で寝ていた猫の腹をふみつけた。
『ふぎゃあ~! 何をするんだい!
ひるねしているのに、ひどいじゃないか』
年老いた三毛猫に叱られて、ふるえながら真っ白な子猫は腰をぬかす。
『みゅう、みゅう、みゅう~! おばあちゃん、ごめんね』
お母さんとはちがうけど、そばにいるとあったかい。
『おや? あんたは茶トラの子の産んだ子猫だね。
お母さんが心配しているよ、帰りな!』
真っ白な子猫は、ねむそうに三毛猫を見ているだけだ。
その上、お腹がすいてる子猫は、年老いた三毛猫のお腹をもみもみしだした。
『よしとくれ! おっぱいは出ないよ!
まだ、毛も綿毛のように、ふわふわだねぇ、産まれたばかりなのかい?
こんなおチビちゃんから目を離したらダメなんだよ』
年老いた三毛猫は、昔産んだ子猫を思い出して、ぺろぺろと子ねこをなめてやる。
『新米お母さんは困っているだろうね。
子猫を育てるのは大変なんだよ』
おひるねをあきらめて、年老いた三毛猫は真っ白な子猫の首をかんだ。
『みゅん! なにをするの?』
『あばれるんじゃないよ! お母さんのところへ連れて行ってやるんだからね』
驚いた真っ白な子猫があばれるのを、ふーッとしかって、しっかりと首をくわえる。
『やれやれ、重たいねぇ』
綿毛のように軽い真っ白な子猫だが、年老いた三毛猫には重く感じる。
『こんなチビスケなのに……私も弱ったもんだねぇ』
やれやれと、年老いた三毛猫は、真っ白な子猫を地面においた。
『ポッポ~! ここは私たちの場所よ!』
ハトが怒って、まわりでさわぐ。
『しゃ~! 焼き鳥にされたくなかったら、あっちに行きな!』
年老いても、猫は猫だ。
ハトなんかに馬鹿にされてなるものかと、おいたてる。
『みゅう、みゅう、みゅう! おばあちゃん、どこへいったの?』
一匹で残された真っ白な子猫は、お腹はすくし、お母さんはこいしいし、大きな声をだして鳴いた。
「あっ! 可愛い子猫!」
とつぜん、人間の子どもにだきあげられる。
『みゅう~! やめてよ』
子猫はすごい高さなので、こわくてぶるぶるふるえる。
「可愛い! ふわふわだぁ」
『人間には気をつけるのよ、つかまったら二度と会えなくなるからね』
真っ白な子猫はお母さんに注意された言葉を思い出した。
このままでは、お母さんに会えなくなってしまう。
『みゅう~! みゅう~! お母さん!』
落ちないように、女の子の服に小さな爪でしがみつきながら、必死にお母さんを呼ぶ。
『しぁあ~!! うちの子をかえして!』
お母さん猫は、毛をさかだてて女の子に飛びかかる準備をする。
「あれ? 捨て猫じゃあないの?
お母さん猫がいたんだね」
女の子はそっと真っ白な子猫を、地面においた。
『みゃん! お母さん!』
お母さん猫はかけよる真っ白な子猫を、自分の後ろにかばって、しぁあッ! と女の子を追い払う。
「子猫ちゃん、ばいばい」
子育て中のお母さん猫が、毛をさかだてて怒っているので、女の子は立ち去った。
ホッとしたお母さん猫は、ぺろぺろと真っ白な子猫をなめてやる。
人間の女の子、年老いた三毛猫、ハト、キジトラの匂いを消していく。
『みゅうん! お母さんだぁ』
お母さんになめられると、とってもおちつく。
やっと、自分の子猫の匂いになって、お母さん猫はなめるのを止めた。
『もう! こんなところにいたのね! 心配したわ』
『みゅう、みゅう、みゅう! 寒かったし、大きなねこもいたし、ハトにおそわれた! おばあちゃんねこに会ったよ』
真っ白な子猫は、心細かったと、お母さんにうったえる。
『お馬鹿さんね! お父さんそっくり!』
お母さん猫は真っ白な子猫の首をくわえると、他の子猫がまつ橋の下へと運んでいった。
『にゃん! お父さんに似てたんだ! じゃあ、お母さんは、お母さんなんだね!』
母猫のお腹を小さな白い手でもみもみしながら、おっぱいをお腹いっぱい飲む。
『かってに他所に行ってはダメよ……旅に出たまま帰って来れなくなるわ』
お母さんに叱られたが、他の茶トラの子猫と丸まってねている真っ白な子猫には聞こえていない。
お母さん猫は、真っ白な子猫にそっくりなお父さん猫を思い出して、この公園がわかるのかしらと溜め息をついた。
『おや、無事に帰ったのだね……』
ハトを追いかけて、真っ白な子猫を忘れていた三毛猫が、心配してお母さん猫のところにやってきた。
『おや、ちゃんと帰ったのか』
大きなキジトラも、少し心配して見にきた。
『おせわになりました』
お母さん猫にお礼を言われて、こわがられただけのキジトラと、ハトを追いかけるのに夢中になった三毛猫は、にゃんとも恥ずかしそうに立ち去った。
お母さん猫は、その後、キジトラからは大きな魚を、三毛猫からはエサをくれるオバサンを紹介してもらった。
『しっかり食べないと、おっぱいが出ないんだよ』
年老いた三毛猫は、茶トラのお母さん猫が前に人間に飼われていたから、エサをもらわなかったのだと思ったが、それでは子猫は育てられないと諭した。
『そうですね……お腹が大きくなって捨てられたけど、このオバサンは優しそうだわ』
オバサンからエサをもらうようになったお母さん猫のおっぱいは、いっぱいでるようになった。
小さかった真っ白な子猫は、今では他の茶トラの子猫と同じぐらいの大きさになり、他の子猫と同じぐらいやんちゃになった。
『にゃん! いうことをききなさい!』
お母さん猫もたくましくなり、海が見える公園では、あちらこちらを走り回る子猫と、それをつかまえようとする若い猫の姿が見える。
『春に産まれた子ねこはしあわせさ。
夏の間に大きくなれるからね』
年老いた三毛猫は、昼寝もおちおちできないと文句を言いながら、お気に入りの真っ白な子猫を、長いシッポで遊んでやる。
キジトラは他の野良猫から、チビ猫達を守ってやる。
真っ白な子猫は、今日も海の見える公園で、他の茶トラ子猫達と、じゃれあいながら成長している。