第二章 異世界からの手紙
「原山、ちょっといいか。『異世界の案内人』からの手紙について相談したいんだ」と雅志が晴彦に話しかける。
「いいよ」と晴彦は応える。
「じゃあ駅前のモスバーガーへ行こう」
「うん」
「ぼくはジンジャーエールのM」と晴彦。
「おれはモスチーズバーガーとアイスウーロン茶のM」と雅志。
「夕食まで、腹が減って何か食べないと物足りないんでな」と大柄の雅志が言う。
「で、『異世界の案内人』の手紙のことでしょ」と晴彦が口火を切る。
「そうそう、おれのところに『異世界の案内人』っていう名前の人から宅配便が届いたんだ。その中に手紙が入っていて、『闇の魔術師がおまえたちの世界に出現しようとたくらんでいる。おまえはまもなく友だちといっしょに闇の魔術師と戦うことになる。同封したナイフを使ってくれ』ってな。冗談にしても度が過ぎるよな」
ナイフには宝石が埋められているという。
「こんなもん、親に見つかったら、ナイフを通信販売で買ったと思われる。恐ろしや」と
雅志が首をひっこめる。
晴彦が言う。「ぼくのところにも『異世界の案内人』から手紙が来たよ」
「ええっ!」雅志が口にしたウーロン茶を吹き出す。
「『友』っていうのはおまえのことだったのか」と雅志。
「そうだね」と晴彦が応える。「ぼくに来た手紙には、闇の魔術師が復活しようとしている。一か月以内に、おまえの友だちといっしょに闇の魔術師と戦うと書いてあった。そして戦いの場におもむくには、もう一人の力が必要なんだってね」
「もう一人ってだれだ」雅志が尋ねる。
「うーん、それは今はわからない。だけどぼくたちが戦うのは本当のことだろう」と晴彦は思慮深い様子で言う。
雅志が「おまえ、まさかこんな話を信じているのか?」と驚いて訊く。
「だってこんな手の込んだいたずらをするやつがいるなんて信じられないじゃないか」
「まあそうだけど……」と口ごもる雅志。「しかしおれには『闇の魔術師』なんて信じられないけどな」ハンバーガーを頬張り、首をかしげながら応える。
晴彦が「ぼくに届いた宅配便には、五つの宝石が同封されていた」と説明する。
「まさかそれが『魔石』だなんて言うんじゃないだろうな」と雅志が言う。
「いや、これが『魔石』だと思う」と晴彦。
「おまえファンタジー小説の読みすぎと違うか」
「でも、差出人の住所をネットで検索しても、ヒットしなかった。架空の住所だったんだ」
晴彦はまわりの人に訊かれないよう、雅志に顔を近づけて小声で言った。
「明日の夜、空いているか」
「うん」
「じゃあ午後八時にぼくの家に来て」
「なにをするんだ」と訊く雅志。
「来たら教えてあげるよ」そして晴彦たちは店を出た。
翌日の夜。晴彦の父親は残業続きで、午後十一時にならないと帰ってこない。また、母親はパートで働いていたが、年に一回の慰安旅行で一泊の外出をすることになっている。それが翌日の夜だった。
「晴彦、お父さんが帰ってくるまで一人で大丈夫?」と旅行の前日に母親が訊く。
「うん、コンビニでお弁当買って、それを夕飯にするから大丈夫」
「わかった。戸締りに気をつけるのよ」と母親が言った。
翌日の朝。父親は仕事に出勤し、母親も「気をつけるのよ」と晴彦に何度も言いながら「じゃあ、行ってくるわね」と出かけていった。
両親がいない夜の時間帯を狙って、晴彦は雅志を家に呼んだのであった。
「こんばんは、おじゃまします」
「今夜はお父さんは残業で十一時まで帰ってこないし、お母さんは一泊の社員旅行に出かけているんだ。いまはぼくひとりだけ」
「なんだ、そうなのか」と雅志が言う。「おじゃまします、なんて言って損した」
「まあまあ」と晴彦は笑う。
「それで、いったいなにをするつもりなんだ」
「コックリさん」
「へ? コックリさんって何?」と雅志が口をぽかんとあける。
晴彦はテーブルに紙を広げた。その紙には「はい」「いいえ」「〇から九までの数字」
「五十音表」が書かれている。
「この紙と、十円玉を使うんだ」と晴彦が説明する。
「もう、わけわからん」と雅志は頭を抱える。
「だいじょうぶ、危険はないから。これで霊を呼び出し、質問に答えてもらうんだ」
「霊が乗り移ったまま終わりなんてことはないだろうな」
「そんなことはないよ」と晴彦が言う。
「おまえなんでコックリさんなんて知っているんだ」と雅志が尋ねる。
「保健室にいたとき、いろいろな本を読んでいたからね」
「じゃあ始めるよ」晴彦が紙を広げて、その上に十円玉を置く。
「さあ、ぼくがこの十円玉に人差し指をのせるから、同じ十円玉にきみも指をのせて」
「こうか」と雅志が指をのせる。
「そう。腕の力は抜いておいてね」
「コックリさん、コックリさん、質問してもいいですか」晴彦が始める。
十円玉がするするとすべり、「はい」の上で止まる。
「うわっ! 本当に動いた」雅志がびっくりする。
「『異世界の案内人』の手紙は本当ですか」
しばらく十円玉は紙の上をすべり、また「はい」の上で止まった。
雅志がごくりとつばを飲み込む。
「雅志くんのところに届いた手紙には、何が同封されていましたか」
十円玉は「な・い・ふ」と順繰りに動く。
「ねっ、本当でしょ」と晴彦は雅志に言う。
「うん、なんでわかったんだろう?」雅志は不思議がる。
「ぼくのところに届いたものは何ですか」
「ま・せ・き」
「ぼくたちが戦う相手は誰ですか」
「や・み・の・ま・じ・ゅ・つ・し」
「青色の魔石の効果は何ですか」
「け・っ・か・い」
「つまり、結界を作るのに青色の魔石は必要なんだな」と晴彦が言う。
雅志は黙りこくっている。
「赤色の魔石の効果は何ですか」
「か・い・ふ・く」
「魔石を使って回復呪文を唱えるということか」と今度は雅志が言う。
「そうそう、わかってるじゃない」と晴彦が応える。
「『もう一人の力』とはだれですか」
今度は十円玉が動かない。
「あれ」と雅志が言う。
「どうやらこの質問には答えられないようだね」と晴彦がつぶやく。
「コックリさん、ありがとうございました」と晴彦が言って、コックリさんを終わりにする。
「さて、これで『異世界の案内人』の手紙を信じられるようになった?」と晴彦が雅志に
尋ねる。
「……う、うん」雅志は半信半疑の様子だったが、最後は信じると決意した。「信じるよ」
晴彦が雅志に言った。「これから夏休みだよね。闇の魔術師を倒す練習をしない?」
「どうやって?」と雅志が尋ねる。
「そうだな、場所はどこがいいかな……そうだ、町はずれに古びた教会があったよね。今は廃屋になって、無人のはず。あそこなら、人目につかずに練習ができるんじゃないかな」
「そこで、どうやって練習するんだ?」と雅志が再び尋ねる。
「ぼくが結界を作って、その中できみがナイフを使う練習をするんだ。結界には念のため
『透明』の魔術をかけておくから、外からは見られないよ」
「そうだよな、ナイフを振り回しているところを人に見られたら、警察に通報されてしまうもんな」と雅志が言う。
「あ、それから連絡用に、メールアドレス交換しない?」と晴彦が提案する。
「おう、いいぞ」と雅志が応える。
そして数日後、晴彦と雅志は待ち合わせて古びた教会へ出向いた。
「じゃあ結界を作るよ」と言って晴彦は魔石を三つ床に置く。
「この中にいればいいんだな」と雅志が言う。
「ナイフは持ってきた?」
「もちろん。ほら、宝石がついてるだろう」
「あ、ほんとだ。じゃあそのナイフを使ってぼくを攻撃してみて。寸止めでね」
「もしほんとうに刺しちゃったら呪文で回復してくれよな」と雅志が念を押す。
「わかった、わかった」と晴彦は苦笑する。
「じゃあいくぞ」
「はっ」「はっ」
雅志がすばやく晴彦の元へ近づき、首、心臓などの急所をめがけてナイフをふるう。
「いいぞ、その調子」晴彦が言う。
「さすがにナイフを戦いに使ったことはないからな。むずかしいもんだな」
「だいじょうぶ、そのナイフには魔力が付与されているから、使ったことのない者でも、
的確に攻撃できるんだ」
「おまえなんでそんなことがわかるんだ」雅志が尋ねる。
「ナイフに文字が刻まれているだろう。ぼくには読めないが、たぶんこれが魔法の呪文なんだろう」
「ま、おまえの言うことを信じるしかなさそうだな。確かに体がきちんとついていく」
練習をつづけること約1か月。
雅志の腕も相当上がった。
そして晴彦はある晩、夢を見る。
「戦いの時が来た。雅志と、花田美奈子を連れて、三日後の午後五時、教会に来い」
夢の中でおごそかな声がした。
晴彦は目を覚ましたとき、夢の内容をはっきり覚えていた。
まずは、雅志と美奈子に連絡だ。
第三章へつづく
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
次回第三章で完結です。
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