姫の場合
――轟音
突如一人の男が私の前に現れた。
刹那の思考をぶんどられる。しかし、私の宮廷魔術師としてのプライドが、停止した思考を強引に叩き起こす。
……こいつは――
回転のあがらない思考と同調するように、ギギギと錆付いた首を動かして、私は具申した。
「――こいつ……素人……です」
玉座の王は、目を零さんばかりに見開いたそのアホ面で、『えっ』なんて返事をくれやがった。
自慢にならないが、この国は魔法の先進国では無い。
しかし、それでもここは王城であり、謁見の間である。竜とはいかないが、ネズミ避け程度の対策は施術されている。
その場へ直接転移してくるとは……
この、ちょっとカッコイイ感じの男が己だけで無く、数人の連れを伴ってそれをして見せた。
魔封じの囲いを突きぬけて来たはずなのに、息切れや疲れを微塵も感じさせない。
この男は、人外と言っても間違いのない相当な力を持っている。私はそう判断した。
腰を浮かしたままの王は、私から彼の男へ視線を向ける。そのマヌケ顔。いや、驚嘆の表情は凄まじい力を見せ付けられたから――ではない。その事に対して、我が王は定規を持てない。
では、王の表情の理由は?
その凄まじい力にではない――その所業だ。
その所業――どこの世界に【謁見の間に直接転移してくる不届き者】なんて、想像はしても現実に起こるなど。まして、それが自身に起きると、覚悟の常駐した王がいるだろうか?
少なくとも我が王は、非凡ではない……
「こいつ素人です」
私は、視界の隅で男を値踏みしながら、同じ言葉を王へ繰り返した。
二つの意味を込めて。
一つは、礼義知らず。宮廷知らず。常識知らずの恥知らず。
謁見の間に直接転移してくるなど、不敬以外の何ものでもない。それほどの不遜な者かと思えば、我が王へ突き臼の突き棒のように、一生懸命頭を下げている。
男の腕をそれぞれに取っている女達からご高説をもらい、今の状況を理解したようだ。
悪気が無かったと言うより、【無知故の豪胆詐欺】といった感じか。
演技をしているとしては,つたな過ぎる。
視界をもう少し開いて、この状況の一端を担った姫を観た。
おうおう、恋は盲目だねー。
「――ふっ」
私の口から、やるせなさがこぼれる。
とりあえず姫はいいや。
残り一つ。
先程の轟音。
いささか乱暴な括りだが、転移魔法は二種類に分けれ事が出来る。
空間と空間をつなげて門やゲート、ポータルと呼ばれる空間連結を行う魔法。
望む場所へ跳躍または、転移するテレポートやワープと呼ばれる座標間移動を行う魔法。
突き棒が行ったのは、後者だ。
この魔法、正に一瞬にして消失と出現を経て移動するわけだが、この“一瞬”や“刹那”をコントロール必要がある。
何もないように見える場所でも、魔力とか、風とか火とか水とか土とかとかとか――まあ、結構溢れている。
おかげで、私の視界は騒がしいのだけれど。
普段私達が、体を動かしたり物を動かしたりすると、その動きに合わせて溢れているものが、押し出されるわけだ。
そんなの感じた事ない?
いや、有るね。
分かりやすいのは水の中。
突き出した手の先に“重さ”を感じるはずだ。なんで感じるかは、その空間を構成する要素の純度が高い程……まあいい。
そして、その押し出されたものは、先程まで手のあった場所へ、隙間を埋めるように移動するわけ。
これが日常で起きている。
だから私は、水の中は苦手なんだ。目が回る。
何を言いたいのか? あまりに急な動きには、各要素の補填行動が間に合わない。要素が逃げ切れず衝突する。
つまり――
ドーン。バーン。ボコーン。
衝撃と轟音が発生。
【一瞬でそこに存在する】なんて行為は、トイレ中に後ろから声を掛けられる位、どうしようもなく、どうしようもない。
こんな騒がしくて迷惑な転移は、野原でも使えない。
実害があるじゃない? 衝撃も起きるんだから。
だから、刹那をコントロールし、要素との衝突が起きないぎりぎりの一瞬を演出する。
一瞬でなくてもよいのだが、滲むように転移すると色々と危ない。裂けたりとか、溶けたりとかあるから。
以上の事柄から私の思考はこう結論づけた。
凄い魔力を持っているが、魔法は未熟。刃物を振りまわす赤子のような奴。近ヅク危険。主ニ命。
私が考えに没している内に、正気に戻った……いや、空気にのまれた王が、男との会話を進めていた。
そもそも、この男が魔物に襲われていた姫を救ったのが、事の始まりだった。
姫の話では、『この世の者とは思えない強さで――』と、顔を赤らめウンヌンカンヌン。すでに側室候補もいるとのお話しだった。
姫……三角関係とか略奪愛とか大好きだからなー。
で、姫の話しを聞いた王は、姫を首輪にその男を使えぬか画策した。
まあ、王は王だし。政略結婚って、強国――安泰がかなえば、相手は誰でも良いわけだし、ぶっちゃけ。
今も何気に、姫を売りに出す前口上を、王は発しておられるし。
その王が、先程からチラチラとこちらを見やがりやがり下さいますよ。
なんとも濁った瞳で。
私は、『はいはい』と内心で返事を成し、打合せ通り本気でこの男がどれ程の者か観た。
エロエロエロエロエロエロエロエロエロ……
き、気持ち悪い。
思いっきり吐いてしまった。
何とか、来賓並びに主催に見えないように、咄嗟に背を向けてゲ……王と……いや、嘔吐……あんま変わらないか? したのは、訓練されたよい動きだったと自画自賛。
うるさい!『何があった!?』じゃない。
そこには、引き出された内臓をこねくりまわして作られた様な巨大な――
――巨大なナメクジがいた。
先端を男として、その背後から生えている。いや、その男がナメクジにくっついているといった方がよいか。
ナメクジは、謁見の間を埋め尽くす程の巨体で、閉ざされた扉の向こうまでその体を伸ばしている。
その体表は、強く脈打ち、より醜悪さを示威した。
こいつもか……
蒼き月を超え、碧の月を観る事が出来る私の盲いた目は、この力ゆえ宮廷魔術師に引き立てられたと言っても過言ではない。
過去にもこのような者を観た事があった。
たしかに、『この世の者とは思えない強さ』を持っているであろう。
だってこの男は――
異世界の者なのだから。
高次の存在が、奇跡をなす。
異世界からこちらへ渡る際、巨大な力を戯れに与える。目的も無く。
これは私の推測だが、この男はもともと、私達と同程度またはそれ以下の階位の存在なのではないか。もしくは男がいた世界が、だ。
なぜなら、強大な力を内包出来ず自身の存在の外――まさに後から付け足したかのように存在を膨れ上がらせている。その光景がそう物語っている。
人成らざるチカラを人の身におろした結果だ。
ついでに、こちらの要素をその身に持っていないのにこちらに存在しようとしたら、要素を追加するか、衝突する要素を排除しておく必要がある。
自身の存在に地力が無ければ、内包も欠損も補うことは出来ない。
なぜか高次の存在は、この地力が無い者ほど、巨大な力を与える傾向にあるようだ。
改めて男を観た。
――……エ……エロ……ウップエロエロエロエロエロエ……
『まかた!?』じゃないわこの王! 見慣れるかボケー!
だって、醜悪なのは相変わらずだが、そこから伸びた触手が、取り巻きの女達の腰や胸に突き刺さっている。
しかもその触手は絶えず脈打ち、それに合わせて女達も痙攣するように体を突き揺らす。
魂の改ざんか、力の分与かはわからないが、彼女達は侵食されているとしか観えない。
あの子が一番古いんだろうな。
取り巻きの内一人は、明らかに人外へと変貌している。自身の体と変わりない大きさの両腕、こめかみまで裂けた目には瞳が何個も並んでいる。
たぶん戦士系なのだろう。自ら吸いだしたのか、はたまた男が無意識に望んだのか。それを後押しするような変貌が見て取れる。
そういえば、内の姫様は?
姫は尻か……
私は、姫へと伸びる細い糸のようなものを追った。
やっぱりというか、なんというか、当然のように姫も触手に犯されていた。続けられる言葉のやり取りから、どうも親密度とでも言おうか、男との接点における経過も、触手の太さに影響しているようだ。
そう感じた瞬間、姫の触手が一回り太くなったような気がした。
――!
ちょうど男を国に取り込めないと分かり、姫が身を引く話を滲ませ始めたあたりでだ。
意識してかせずか、この男は姫をハーレム要員として望んでいるのだろう。
「けっ」
失礼、本音が飲み込めませんでした。
男がこちらを見た。
やべ
要らない注意を引いてしまった。触手が一本こちらに向かってくる。
「私にかかわらないで」
はっきりと、明確に敵意を込めて私は言った。
なぜか触手が加速した。
何だよこいつM気質かよ!? それともツンデレとでも勘違いさせたか?
「やめなさい。私は望まない」
頑なに拒否を繰り替えした。
男は首をかしげている。きっと言われている意味が分からないのだろう。取り巻きの女達は『何あいつ?』『自信過剰じゃないの!?』『そんな気の引き方は~だめですよ~』とか言っているが、こちらはそれどころじゃない。
触手は今、私の鼻先で止まっているが、その動きにはまだ迷いが感じられる。
男はすでに私から目を離し、王や姫との会話を再会しているが、触手は依然鼻先だ。
私は、触手越しに男を開かぬ目で睨み続けた。
やっとの事で触手がもったりと、私から引き下がり始める。
安堵の息をつきたいところだが、ここで隙を見せて再襲されてもかなわない。完全に戻りきるまで目を離すつもりは無かった。
そこへ、『認めん!!』との大声に、思わず気が切られる。
隙を見せたとばかりに、触手が私へ襲いかかって来たが、紙一重でかわす。
よくやった自分。まじ自分。本当自分。
心の中で自身の緊急回避能力に全力賞賛。まあ、周りからは突如上がった大声に、飛びのいたビビリちゃんと映ったことだろう。現に、声を上げた騎士団№2、若手騎士筆頭は、私を見て自身の威嚇に力がありすぎたかとご満悦だ。
後で泣かす。これでもかと泣かす。あいつの嫌いな香草を生で食わす。
私は、凶悪な報復計画を画策していると、王から声がかかった。
決闘? 騎士と男が? 姫を賭けて? ああ、姫でなく不敬に鉄槌を? じゃあ、決闘ではなく御前試合がよろしいのでは? どっちも負けたら後始末大変ですよ? 褒賞逃げでよいのでは?
我が王は私の具申に『おお』と考えなし……信頼に応える者としての度量をしめした。
決闘ね……いいけどね
結果は若手騎士筆頭の惨敗。
この男の手加減は殺さないようにしただけだった。面子とか名誉とかに疎すぎる。善人面で、【悪行をなした自覚――知識?】が無いだけ余計に殺意を覚える。
止めに、触手を若手騎士筆頭打ち込みやがった。
おかげで、騎士様は『心の友よ』とか言い出す始末。
何で戦闘シーンを語らないのかは、思い出したくないから。
男が気合を入れた瞬間、ナメクジの表面が強く脈打ち始めて至る所から得体の知れない汁が吹き……うっぷ……駄目……
結局、男は不敬を無かった事にされ――不敬は許すことが出来ない――褒賞を賜り退場。姫は残留。姫の触手もそのうち消えるだろう。
こうして、やっと私は開いた目を閉じることが出来た。
渡来者ね~。人外のチカラを内包出来る階位の世界ってあるのかな?
はあ!? 今度は王子が女神に会ったって? しかも逆ハー? 今度ここにくる?
いや、王妃様よろしくって、マジですか? ちょっと、しばらく何も観たくないかなーなんて……嘘です。反逆行為ではありません! 調子くれて、すんません!
はあ、今度はどんな人外なのか……今だけ、隠者になりたい。