第24話 刀匠の里
今回は地味です。活劇も恋も発生しません。巻頭巻尾、唯々コマドリを追いかける羽目になる主人公・・・W
俺は、コマドリを伴って、早朝の街道を歩いていた。
青灰色の山の端を、霞が沸き立つように流れていく。
イカルから道案内の命を拝したコマドリは、不機嫌そうに肩を尖らせて、俺の前を足早に行く。
俺たち二人は、今、〈刀匠の里〉に向かっている。
そこは〈火〉の刀鍛冶集団の住む里である。俺は、イカルからの書状を、里の長に渡すことを言いつかっていた。
里は、都から四里(十六キロ)ほど、北方の山中にあるらしい。
若者の足なら日帰り可能な道程だが、くだんの里にはコマドリの実家があるとかで、イカルは、ついでに二、三晩里帰りをしてくるようコマドリに命じた。
〈火〉の屋敷に来て以来、コマドリは、郷里に一度も戻ってないらしい。
どうして帰省しないのかと屋敷の者たちに問うと、あんな根暗な奴の心の内など想像も出来んと、皆肩をすくめた。
根暗とか捻くれ者とか、おおむねネガティブな感想が並ぶなかで、カンナなどは寂しがり屋と奴を評した。なんでそう思うのかと問うと、何となくそんな気がするだけ、とカンナは返した。
兄弟してコマドリに甘すぎるんじゃないかと、俺には思える。
いずれにせよ、イカルのこのたびの配慮が、あまりコマドリを喜ばせていないことだけは明らかだ。
実際、今朝の奴の機嫌は、出会ってからの半月の中でも最悪に見えた。
何度か声をかけようとした俺は、奴の不機嫌ぶりに気おされて、結局、溜息をつきながら奴の背中を追うしか術がなかった。
毒気をまとって旅路を急ぐコマドリは、やがて街道からはずれて、いまだ冬枯れを残す山道へと分け入っていった。
濡れ落ち葉を踏みしだく二人の足音と、鶯の若い啼き声だけがあたりに響く。
そんな、人っ子一人出会わない林間を、何の会話もなく歩き続ける。
陽がかなり高くなった頃、ふと、遠くで水の音を聞いた気がした。
歩き進めると、その音は次第に大きくなってきて、ふいに小さな谷に出会した。清冽な水が、ゴボッゴボッと白く渦巻きながら、岩間を流れ落ちていく。
俺は、ひどく喉が渇いている事に気づいた。
コマドリも同様だったようで、谷の岩岸に降りて喉を潤し始めた。
それから、背負い袋を開けると、竹皮包みを取り出し、握り飯をガツガツ食べ始めた。
って、おい!
俺の存在は完全に無視ときたか! 一応ワタシはアンタの上司なんですが!
無視されてさすがにイラッときたが、実際に、俺が取った行動は悲しいほどに間逆だった。
平静をよそおって奴の方に歩み寄り、近くに座って自分の背負い袋から握り飯の包みを取り出した。
当たり前のことだが、奴は俺を無視した。無視して、腰を上げ背負い袋を担ぐと、サッサと道の方にもどっていった。
「ちょっま!」
俺は握り飯の残りをほおばりながら後を追う。しまった、水、飲んでないよ! ゲホッ!
・・・理由が分からん。
ホント、理由が分からん。
しかし尋ねたところで、どうせ、奴は押し黙ったままに決まってる。
奥歯にスルメイカが挟まったみたいに不快な状況が、俺の心に黒い澱を降り積もらせる。
コマドリはというと、そんなことなどお構いなしに、ますます細くなっていく谷伝いの道を登っていく。
半時ほどすると、そんな道さえ途絶えた。
代わりに、行く手をさえぎるように銀白の壁がそそり立っていた。冷気が、はるか頭上から吹き下りてくる。
俺は、呆気に取られてそれを仰いだ。
氷瀑だ。
無数の水の針がゆるやかな弧を描きながら、束になって眼前の滝壺に下り落ちてくる。
・・・その刹那が氷結して、巨大で繊細なクリスタルの緞帳が生み出されている。
周囲の森は、今にも芽吹きそうに紫立っているというのに、まるで、ここだけ切り取ったように季節が止まっている。
眼前の異景に目を見張る俺。とは対照的に、仏頂面のコマドリは、氷瀑の周囲に屏風のようにそそり立つ灰色の岩場を、猿のようにヒラヒラ、サッサと、よじ登り始めた。
しかたなく、俺も四肢をふるって岩場に取りつく。
岩場の上方、氷の緞帳のへりに、コマドリが張りついて何やらしている。
喘ぎあえぎ追いついてみると、奴は鉈の背で滝の氷柱を掻き砕いていた。
見る間に、人一人すり抜けられる程度の穴が穿たれた。
その結果、なんと滝の裏に隠されていた、岩の裂け目があらわになった。どうやら洞窟への入り口と思われる。
コマドリが、暗い洞窟の中へフイと消えた。
あわてて後に続いた俺はというと、洞窟の中にもんどり打って倒れこむ。首だけ回して振り返ると、入り口と洞窟の中の地面には、一㍍ほどの高低差があった。
俺は土下座状態のオマヌケな格好のまま、膝頭の痛みに耐えた。
耐えながら、コマドリはこの段差の事を絶対知っていたに違いない、と考える。
コマドリが手際よく灯した蝋燭が、ほのかに洞窟内を照らし出した。
地下水が滲み出ているのだろうか、ヌルヌルとテカる胃袋の内側みたいな岩肌。
無数の鍾乳管が天井から垂れ下がり、それに呼応するように、床には筍状の鍾乳石が林立してる。
その只中に、何やら異しげな大岩がそびえている。
人工物かと思いたくなるほどきれいな卵形だ。
冗談すぎてか、神秘すぎてか鳥肌が立つ。いわゆるパワーストーンのたぐいと思われる。
大岩のてっぺん付近の窪みには、小さな石の祠が置かれていた。
コマドリが、祠の下にひざまずいて合掌する。俺も、見よう見真似で手を合わせた。
遠くで、ピタンピタンと水の跳ねる音が洞内に反響するのが、なにやら不気味だ。
ひとしきり熱心な祈りが続いた後、コマドリが、鍾乳洞の奥へと進みはじめた。
俺は、急いで紐錐で自分の蝋燭に火を灯すと、奴の後を追った。
コマドリは、二又路の前で立っていた。俺を待っていたというわけではなさそうで、手に持った蝋燭で、岩肌を念入りに照らしている。
一方の道は、両手両足を大の字にして、ちょうど洞窟の岩肌に両手が届くサイズの、人工的なトンネルがゆるゆると奥へ続いている。もう一方は、極端に狭い岩穴で、穴と言うより、むしろ、岩の隙間に過ぎなかった。
コマドリは、岩の隙間の方に身をねじ込んだ。この狭さでは、イカルのような大柄な者は、まずくぐり抜けられないだろう。
俺も身をかがめて隙間をかいくぐった。
小腸状のトンネルがその後も長々と続き、俺は四つん這いとホフク前進を繰り返す。
場所によっては、体と穴の直径がほぼ同じだった。わずかな空気は土の臭いでむせそうだ。
次第に息苦しい気分になってきた。
たぶん気分の問題だ、とは思う。気のせいだとは思う、が・・・得体の知れない恐怖が俺を翻弄する。
背筋を冷や汗がつたう。
考えてみれば、今ここで道を間違えてたってことにでもなったら・・・?
無理だろ、ホフク後退とか。
いつの間にか退路も断たれていた。
まったく、前方でコマドリの立てる物音が、心強く感じるなんて!
やがて、岩穴は急角度で下へ向かい始めた。
片手に蝋燭を持ち、ホフクしたまま下降するというアクロバティックな体勢が、俺の筋力を完膚なきまでに削り取った頃、やっと、狂気じみたトンネルから抜け出すことができた。
両足を重力の方向に向けて立ち、蝋燭を頭上にかざすと、はるか上空に、乳白色の天井がぼんやりと浮かび上がった。ともかくは広い空間だ。
いくぶん軽やかな気分になって、高低差の激しい地の裂け目を、よじ登り、そして下り降りると、その先には鍾乳石の広間があった。
何やら儀式めいた巨大な広間だ。
広間の中心に五本の石柱がサークル状に置かれていた。石柱の上には、それぞれ横柱が乗っていて鳥居っぽい。
サークルの中心に立つと、石柱には何やら見かけぬ文字が刻まれていた。
コマドリは時間をかけて何度も文字を読み直す。
ようやく、とある二本の柱の間をくぐって、広間の端へと真っ直ぐ歩く。目の前に岩の割れ目があり、その奥には暗いトンネルが続いていた。
このあとの行程は、やや巻いて話を進めるが、コマドリと俺は、地底湖に行き当たりそれを渡る。さらに、繰り返し出現する分かれ道。
そのたびに、コマドリが岩肌に刻まれた文字に蝋燭の火を近寄せ、標を確かめつつ進んでいく。
実際、案内人無しでは、ここから出ることも入ることも到底不可能だろう。
差しあたり、自分の命を託しているのはコマドリなんだと、いまさらのように気づく。
この入り組んだ鍾乳洞ダンジョンには、たった一本だけ正解の道があるらしい。
その順路を示す〈言葉〉は、刀匠の里人の中でも、限られた者だけしか知らない。
コマドリは、今度の旅をするに当たって、初めて秘密の〈言葉〉を知らされた。
俺はというと、それを知らされることはなかったし、今後も知らされることはないだろう。
なぜなら、里に家族が暮らしていることが、〈言葉〉を知る者となるための条件の一つだからだ。
それは、仮に第三者に秘密の〈言葉〉をばらしたとしたら、その制裁が自分の家族に降りかかることを意味してる。
人質だ。そういう理由で、刀匠の家族らは、里の中で暮らす限り生活は保障されるが、一生里から出ることが許されない。
それほどまでに人権を蹂躙して彼らが守っているモノは、〈火〉の一族に強大な優位性をもたらす源= 刀剣製作の秘技、だった。
それにしても、何事も終わりはあるもんだ。
ようやく、本当にようやく、俺たちの前方に出口と覚しき白い光のスリットが見えてきた。
次第に、あたりの岩肌が明るくなっていく中で、コマドリの顎が微かに震えているのを俺は見てしまった。
だがもちろん、気づかなかったふりをするくらいの器量は、持ち合わせている。
洞窟の出口は山中にあった。
古木の節くれだった幹や梢の、褐色のシルエットが天を突く。鬱蒼とした暗い森だった。
だが、わずかに射し込むお天道様の光さえ、あの鍾乳洞の後ではありがたい。俺はルンルン気分で尾根を越え、谷を渡り、古木の森を抜けた。楽勝だぜ。
こうして、俺たちは、次なるフィールド〈竹林〉に辿り着いた。
空をつく孟宗竹の梢が、遙か上方でゴウンゴウンッと風に鳴る。
薄暗くて広大な竹林の中を、細い道がいくつにも枝分かれしながら、縫うように走る。
奇妙なことに、行けども行けども、ついさっき見たのと同じような景色に出会す。
緑の縦縞模様が、エンドレスに旅人の眼を苛み・・・俺の空間認識能力はいつの間にか麻痺してしまった・・・目が回る。
いつの間にか、コマドリの背中はずいぶん遠くにあった。
こんな所で一人にされたら遭難するしかない。
とうとう、耐えられなくなった俺は、大声を出してコマドリを呼び止めた。
「オォーイ!」
自分の声が竹林にゴーンと響く。
コマドリが立ち止まった。
息を荒げて奴に追いつく。
コマドリは、ちょうど竹林を抜けた峠に立っていた。そして、その肩越しに鄙びた集落が見下ろせた。
四方を山に囲まれた小さな盆地、その中ほどを流れる小川。
その流れに沿って、菜の花畑が、まるで黄色い縁取りのように蛇行し・・・
ふんわりとそよぐ風が、汗ばんだ頬をなで・・・
俺は感嘆の声を上げた。
武器製造の隠れ里というからには、何やら殺伐とした光景を勝手に想像していた俺にとって、これは思いがけないものだった。
コマドリは、里への坂道を、勝手知った様子で一気に下っていく。
黒い畑の中に点在するのは、ずいぶんエキゾチックな家屋だった。
なかでもひときわ大きな土造りの建物の方へ、里道は続いていた。
黄土色の土壁、壁をくり抜いた小さな窓々が規則正しく配列され、そのようすは客家の土楼によく似ていた。ただし、円柱形ではなく直方体のそれだったが。
近づくにつれ、学校の体育館ほどのスケールの要塞なのだと分かる。窓はいずれも小さくて人の背丈より高い位置に設けてあった。
唯一の出入り口と思われる、小さな鉄製の門は堅く閉ざされていた。
コマドリが、門前に立って名乗りを上げる。
門の上方の小窓から、男がひょいと顔を出した。男は、俺とコマドリを見比べながらこう言った。
「合言葉を。」
俺は、教えられていた言葉を口にした。いざ口にすると、相当こっ恥ずかしいものだった。
「悪魔の目に殉じるために来た者。」
「代償は?」
「・・・自らの血。」
門番の男は、大真面目にうなずいて、小窓から顔を引っ込めた。
じきに内側から門扉が開き、先ほどの男が現れた。腹当てと呼ばれる防具を胴に巻き、手には槍を構えている。
門の内に入ると、この建物がロの字形になっているのが分かった。ロ《ろ》の字の内側というか、中庭には、井戸とちょっとした差し掛け小屋、用水路などがあった。
老婆が三人、差し掛け小屋のそばの縁台に腰を下ろしている。そのまわりを、幼子たちが黄色い声を張り上げて、這ったりヨチヨチ歩きしている。物々しい門番のいでたちとは対極な、日常の風景だった。
老婆たちがこちらを見やった。老婆の一人が、気さくな様子でコマドリに声を掛けた。
「おぉ、坊、久しぶりじゃな。」
「あぁ。」
コマドリは、無愛想に返事をした。だが、口調にそれほどトゲがない。
「しばらく見ん間に大きいなったなぁ。」
「すっかり頼もしい侍さまじゃ。」
「父ちゃん似だのぉ。」
老婆たちが、アヒャアヒャと笑い合った。
コマドリが通り過ぎようとすると、老婆の一人が手元の笊を差し出した。
「ほれっ、持って行きな。摘みたてのワラビじゃ。」
コマドリは、黙って笊を受け取った。
中庭に面した壁には、一階部には格子の引き戸、二、三階部には大きな蔀窓が規則正しく並んでいる。どうやら(里人は〈結〉と呼び習わしている)集合住宅といった感じた。
採光のためだろうか、窓が不釣り合いに大きい。外壁に開口部が少ないのを補うためだろう。
コマドリは、ズラッと並んだ格子戸の一つを、ガラリと開けた。三畳ほどの土間に続いて板の間があった。人の気配はなく、しんと静まり返っている。
「誰か、おらんかね。」
コマドリが、家の奥に向かって声を張り上げた。三回ばかり、呼びかけているとようやく板の間の奥の障子が開いた。
「はいー。」
明るい声がして、少女が出てきた。年の頃は十一、二だろうか。コマドリを見て、すました顔が一気にゆるむ。
「兄やん!」
バタバタと駆け寄ってきた少女に、コマドリは、ワラビの入った笊を突き出した。
「隣の婆にもろうた。イネ叔母に持ってけ。」
「あい。」
少女は、ワラビの笊を両手で抱えた。そして、二、三歩、後ろ歩きしながら俺の方を見やったあと、家の奥へと駆けていった。
しばらく待っていると、イネと思われる女が出てきて、
「機織り場に行っとったもんで。」
と俺に向かって詫びた。
それから、よう来たな、大変やったろうと俺たちの旅を労った。
イネは眉の濃いハッキリした顔立ちで、コマドリとはあまり似ていない。
一度奥へ引っ込んだイネは、ぬれた布巾を持ってもどってきた。それを俺に手渡しながら、幼子に言うように、さあさあ足を拭きなされと言う。
それから、玄関脇の部屋に上がるようにうながすと、あわただしく、また家の奥へ消えた。
コマドリはというと、裏口から上がるからとイネに告げて、表へ出て行った。
俺は、通された狭い部屋を見まわした。畳の敷かれた四畳程の部屋だった。何の飾りも施されていない土壁。
しかし、きっちりと手入れされ、掃き清められている。普段使っているようすがないので、客用の部屋だと思われた。
窓はなく、二方面に設えられた障子戸が明かり取りの役割も果たしていた。
イネは、コマドリの父親の妹、つまりコマドリにとっては叔母にあたる。
聞いた話によると、コマドリの父親は唯一の跡取り息子だったが、許されない結婚をしてしまったために勘当され、刀匠の資格も剥奪された。〈結〉と呼ばれる土楼住宅や刀造の施設への出入りは禁止となり、里のはずれで、わずかな畑を耕したり、行商のようなことをして暮らしている。
コマドリは、大人たちの都合によって、物心がつく頃には父親の実家に引き取られた。そして、婿を取って家を継いだイネが、コマドリの母親代わりを務めてきた。
イネの父親(つまりコマドリの祖父)は、刀匠の里の長を務める人物だが、あいにく夕方まで帰らないという事なので、俺はイカルからの手紙を、茶を運んできたイネに手渡した。
その後は何もすることがなくなり、夕餉に呼ばれるまで、通された小さな客間で所在なく過ごした。
イネや子供たちの立てる足音や話し声が、障子戸の向こうから、始終漏れ聞こえてくる。イネが、何度も静かにしろと子供たちを叱っていたので、普段はもっと騒がしい状況なんだろう。
コマドリは、結局、夕餉の膳が並ぶまで姿を見せなかった。
干し魚を焼くいい臭いが漂ってき始めた頃、先ほどの少女が呼びにきた。
家の造りは、ウナギの寝床のように奥行きが長い間取りとなっていた。少女は、客間のさらに奥にある十畳程の板間に俺を案内し、ぎこちない様子で坐を勧める。
板間の端には、イネの子供たちが緊張した様子で座っていた。
先ほど来の少女が最年長のようだ。続いて、似たような顔立ちの少年が三人。大中小と順に、マトリョーシカみたいに居並んでいる。
客をじろじろ見てはいけないと言われているのか、面を伏せたり目をそらしたりしてるものの、どうにも気になるようでチラチラと上目遣いにこちらを見ているのが、気の毒と言うか・・・痛い。
そして、末娘は四才くらいだろうか。末娘だけは、口をぽかんとして遠慮無く俺を見つめている。
精霊の屋敷の下僕のように、俺をおそれてというわけではなく、おそらく里人以外の人間と膳を囲むことなど初めてなんだろう。
その時、ドカドカと足音を響かせてコマドリが入ってきた。
ちょうど膳を持って入ってきたイネが、奴に俺の横に座るよう言った。静かに歩け、と小声で注意したのも漏れ聞こえた。
コマドリは、俺の下手に置いてあった坐をグイと引き寄せ、すでに座っている子供たちの群れに割り込んだ。子供たちは、あわてて互いの間を詰めて、従兄の座る場所を空けた。
子供たちからすれば、俺に敬意を払って距離を空けたように受け取ったのかもしれない。しかし、俺は、そうではないと知っている。
ほどなくして部屋へ入ってきた里の長は、薄くなった髪を後ろで束ねた、ヒョロリと上背のある男だった。
「エナガと申します。」
長は、静かにそう言って頭を下げた。俺もあわてて頭を下げ、名を名乗った。
一通りの挨拶が終わって、食事が始まった。
イネが華やいだ声で、夕餉の膳を見渡しながら言った。
「お客さんが、干し魚を、ようけ(たくさん)持ってきてくれてな。」
イネの亭主というのが、人の良さそうな顔で、二度、三度俺に向かって頭を下げた。
俺は、〈お客さん〉という呼ばれ方に、あれっと思う。名前で呼ばれるほど親しくなく、肩書き(ないけど)で呼ばれるほど遠い距離感でもないということだろうか。
イカルの使者とはいえ見れば若造だし、オマケに異界者だし。イネはどう呼んだらいいか悩んだんだろう。
箱膳の上には、土産に持参した干し魚、それからワラビや根菜の煮物等々の一汁三菜が並べられ、美味しそうに湯気を立てていた。
腹が減っていたので、椀に山のように盛られた芋入りの飯を掻き込んだ。それから、菜と厚揚げの味噌汁を啜る。美味い。
イネが、味噌汁の出汁はジンゾクという川魚から取るんだと言った。この辺りでは、海のモノは滅多に手に入らないので。
「ここらは、なんちゃ(なにも)ない所やから。」
イネが、アハハッと笑いながら言う。
笑いが止むと、沈黙が場を包んだ。何を話題にすればいいのか皆がとまどっている様子だ。
エナガがふっとコマドリの方を向いて、道中はどんな具合だったかと尋ねた。
「春だというのに、ミソグの滝が凍っとった。」
「ほうっ? そないな事が。この冬はずいぶん寒かったからのう。」
俺は昼間の氷瀑を思い出した。やはり、あれは珍しいことだったのか。
「それにしても鍾乳洞の迷い道、初めてにも関わらずよう案内したの。一番最初は、勝手知った者が手引きしてやるのが慣わしなんやが。」
エナガが孫のコマドリをうれしそうに見やる。
いま、何気に恐ろしいことを言ったよな。俺たちは、どうやらあの時、本気できわどい状況に置かれていたのか!
コマドリは何の反応も示さない。エナガも、これ以上その話を続けることはなかった。
会話はまたしても、ふつりと途切れた。
その後も、たいして話が弾むこともなく夕餉が終わった。俺は、最初に案内された客間へ早々に引き取った。
部屋には、いつの間にか寝床が伸べられてあった。
昼間は無かった燭台が隅の方に置かれている。1㍍程の金属棒の上に、陶製の油皿が乗っていて、見れば金属棒には、豪華な幾何学模様の飾りが施されていた。丸に十字は〈火〉の一族の紋章だ。
この部屋にあるには不釣り合いなそれは、火の家長から下賜された一品なのかもしれない。
ここの暮らしぶりが、貧しいとかいうのではない。むしろ質素とか質実剛健といったありようなんだと思う。イネたち一家の、少々人見知りな、しかし飾らない態度は俺には好ましく感じた。
こんな普通の人たちに育てられたコマドリが、どうしてあんなに性格が悪いのか、ますます分からなくなった。
俺は燭台の火を消して、寝床にもぐり込んだ。
食事のおりに、エナガが言った言葉を思い出していた。
「どうやら、お前様には、剣より細身の刀の方が似合うておりますな。朝露を両断できるほどの刀を、作らせていただきましょう。」
洋服の仕立てでも引き受けるように、軽い感じでそう言った。
この里を訪ねた用件の一つは、刀剣の注文であった。もちろん、ここは刀匠の里なんだから、刀剣の注文をするというのは当たり前過ぎる話なんだが、それが俺のための刀剣ということになれば、自分にとっては一大イベントといっていいはずだ。
イカルが、俺に刀剣を授けたいと言い出した時は、正直驚いた。
イカルから直々に刀剣を授かる人間なんて一族郎党の中でも一握りだ。文字通り〈懐刀〉と称されるような五つ星ランクの武将たちに限られた。
イカルが俺を特別扱いしてくれてるのは明らかだ。それに関して、どうしてだろうと何度も思った。
カンナが俺の事を気に入ってるから?なんてことも勿論考えた。
だが、正直、カンナが俺に惚れる理由も思いつかないし、惚れられてる実感もない。過剰に大事にされてるとは思うが、せいぜい弟分としてだ。
ともかく、たぶん、俺が異界者だから、というのが一番正解に近いんじゃないかと思う。
イカルもカンナも、どうも、よそ者とかハグレ者といったたぐいの人間が〈好き〉なんじゃないかって、この頃思うんだ。あのコマドリに対し、兄弟して同情的なのもそのあたりが理由な気がする。
いずれにしても、俺としては、こんなことまでしてもらっていいのかと気が引ける反面、まんざらでもない気分だと告白しよう。
だって・・・自分の刀だよ、マイ刀!
男なら、一度はこういうモノを携行してみたいって思うもんだろ?
やはり、ここはありがたくいただいておくのが礼儀というものだろ・・・。




