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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第1章
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第2話 さっきまでの世界

ここで時間を巻き戻し、さっきまで俺がいた世界の話を少々。


 夏の、海沿いの国道を古びたバスが走る。

 きらめく海を背景に、赤い花が次々に車窓を通り過ぎてゆく。


 へぇ、室戸ってハイビスカスが咲くのか。

 ハワイアンダンスとかで踊り子が髪にさして踊ったりするあれだ。

 俺は、さっきからとてもテンションが変なのだ。だって普通、花や空や海を見て、胸がキュンとなったりする十八才の男なんていないだろう?


 俺? 俺は今、ヒッチハイカーみたいな出で立ちで、バスに乗っている。

 巡礼の旅人だ。遍路旅と呼ぶ人もいるが、巡礼のほうが語呂ごろがいい。

 わけあって学校は休んでいる。そのまま、あっという間に三年目に突入してしまった。だから家にも居場所がない。で、いろいろ考えがあったわけではないが数日前に旅に出た・・・。


それにしても、本当にきょうの俺はおかしい。

 考えてみれば、昨夜泊まった町の民宿(この町は、サーフィンのメッカで安い民宿が結構ある)を立ってから、バスと徒歩を繰り返して岬をめぐったが、その間ずっと潮風にあたっていた、そのせいだろうか?

  時々誰かが呼んでいるような・・・、海、の声? もしくは風の声?


実は、この近辺には、いにしえのパワースポットと言われる場所があったりする。これまでの人生で、別に霊感が強いと感じた事などないが、うーん、やはり、その霊気に当てられてるとか??


そんな事をあれやこれやと考えながら、俺はバスの窓に肘をついて、流れていくあざやかな青い海をぼんやりと見ていた。


 その時、ブンッと頭の中が鳴ったような気がした。

 ・・・見知らぬ少女の顔が、フッと脳裏を過ぎる。中学生くらいの女の子。黒いロングヘアーに、白い衣裳。まるで神話に登場する天の羽衣はごろも系のコスプレ。涼しげな瞳。

 正直、かなりど真ん中だ。


 幻覚、いや妄想(に違いない!)は、いつの間にか消えていた。


 バスが、ギシギシと古い車体をきしませて止まった。

 奈半利なはり川の近くの停留所、俺の降りる場所だ。

 実は、奈半利へは巡礼ではなく観光目当てでやってきた。とある史跡を訪ねるためだ。このあたりには、明治維新頃に活躍した偉人の生家が複数点在していた。

 俺が今度の旅で訪れてみたいと積極的に思った、数少ない場所だった。


 スマホを開くまでもなく、道沿いには史跡への看板が出ていた。

 〈二十三士公園〉→〈山口雄幸旧邸〉→〈清田道之助旧邸〉


 奈半利川をさかのぼるように続く田舎道を、俺は歩いていく。

 当時の人たちも、汗を垂らしながらこの道を歩いたかもしれないと思うと、歴史フリークの俺としては感無量だ。


 蝉時雨の中、俺は、里山のふところに抱かれた田舎道を進んでいく。

 土佐の宰相の家を後にしながら、彼の号が空谷くうこくであったことを思い出していた。

 俺と山口雄幸との接点、俺が勝手に抱いてる親近感、わざわざ来てみたかった理由。それが空谷だ。

 実は俺の姓は空谷っていう。そらたにと読むんだけどね。もちろん何かの因縁があるわけでもなんでもない。ただの偶然だ。

 小浜市の人がオバマ大統領に親しみを感じるような、そんな程度の験担ぎ、縁担ぎにすぎないんだが・・・。

 

 道は、いつの間にか土埃の舞う細い山道になっていた。


 ふと気づくと、あたりはすっかり山中だ。一軒の民家さえない。

 耳が痛いほどの蝉時雨だ。

 俺の脳裏に、再び、さっきの少女がよぎった。今度は、頭の上で8の字に結った髪型まではっきりと見えた。目を閉じて、何か一心に祈っているように見える。いったい何を祈っているんだ?

 

 木立の間からは、山間やまあいを流れる川が見下ろせた。たしか、この辺りは奈半利川の上流のはずだが。

 川の流れは、とろんとしてどちらに流れているのか分からない。 まるで湖か沼のような緑色だった。


俺は、夏草におおわれた急斜面を登ってゆく。

 細い、道とも言えぬ道は、久しく人が通った気配がない。さすがに道に迷ったと気付き始めていたが、むしょうにもう少し先を見てみたい気がした。

 

 道端に、白い山百合が揺れる。あちらでもこちらでも、山百合が風にそよいでいる。

 道は緩やかな勾配になって、明るい広葉樹の林へと続いていた。谷風がこずえを吹き渡る。


 やがて、とうとつに木立がはるけ、俺はそこで思いもかけないモノに出くわした。

 白い大きな・・・明らかに人が手をほどこした建造物だった。


石門の廃墟?

 真っすぐな梁と柱。ドリア式の建造物っぽい。建物の壁の部分は朽ちてしまい、わずかに門の形状だけが、取り残されたかのようだ。

 どうして、こんなモノが奈半利の山中に。

 それは、どの時代の日本の建築物とも程遠いモノだった。


 俺は、風化してもろくなった石柱に触れた。パラパラと砂がこぼれ落ち、俺は思わず手を払った。

 門の向こうをヒョイとのぞくと、苔むした石畳の道があって、それは林の奧へと続いている。俺は石門をくぐって、何の気なしに石畳の上に足を踏み出した。


 世界が暗転したのは、その時だった。



             挿絵(By みてみん)



                             挿絵   by茅花


*歴史上の人物名は、一部変えてあります。

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