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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第1章
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第1話 傀 儡 

「生まれでたのですね、傀儡が!」

 女の興奮した声がした。

 俺は、薄暗い部屋の中にいた。状況がよくわらない。

 蝋燭ろうそくの火がチカチカと揺らめいている気がする。

「おぉぉっ、藁人形が消えているぞ!」

 いくつものざわめきが、部屋の隅の暗がりから立ち上がる。いったい何なんだコレは!

 膝折れた俺の鼻先には、高校生くらいの娘の白い顔があった。たがいの膝小僧がぶつかり合っている。とっさに反り身になってを取った。

 われに返ったような娘の顔には、会心の笑顔が広がった。

 か、かわいい。じゃなくて、何なんだ、この状況は!


「・・・それでは、立会人の皆様。我らの希望は成就したようです。皆様ご協力ありがとう。では、どうぞ母屋のほうへ。さ、さっ、ユリ様も。」

 満足そうな男の声が、暗い部屋に響いた。

 ユリと呼ばれた娘はゆっくりと立ち上がって、微笑みながら俺を見下ろした。

 俺は、彼女が、今朝から自分を呼んでた女の子だと気づいた。実物は、思いがけず大人びていて動揺した。


 その時、部屋の扉を開く音がして、白い外の光が床の上に広がった。風が流れ込み、かすかに かび臭い土の臭いが舞い上がる。

 俺は、ぼうぜんと、暗がりの中に浮かぶ四角い光の方へ目をやった。

 すると、そこに黒いシルエットが一つ浮かび上がった。シルエットは、ズンズンと集団に分け入るようにして、こちらへ近づいてきた。

 俺は目を細めて光の中のものを擬視した。

 そこには、小さな老婆がいた。手には、自分の背丈の倍もありそうな長い杖を持っている。

 

 老婆は、くずおれたままの俺とその横に立っている娘の方へ歩み寄り、小さなまなこで見すえた。

「やってしまったようだね、〈精霊〉の導師よ。」

 娘にそう問いかけ、それから、俺をじっとながめて言った。

「お立ち。アトリの精霊。」

 が、俺の心身は、石のように固まったままだった。

 その時、最初の女の声が響いた。

「〈風〉の導師様、ここは〈精霊〉の領分りょうぶんゆえ、〈風〉の導師様は、どうぞご心配なさらぬように願います。」

「〈精霊〉の、ではなく、母の領分だったのではないかな、アトリの御母堂。」

 俺の母親くらいの歳のその女は、はっと息を呑んだようにみえたが、語気を荒げてこう言った。

「それにしても、今日のことを、一体どこから漏れ聞かれたのやら!」

「身内を疑ってはならん。〈風〉は〈風〉のやり方で、時の変調を読み解くのじゃよ。今朝から、ここの『結び目』がひどくきしんでいたので、いったいどうしたものかと案じておったのじゃ。」

 老婆は、部屋の床とユリと呼ばれる娘を一瞥いちべつして、言葉を続けた。

「・・・こういうことだったとはな。」


 俺は、床に目を落とした。土を固めた冷たい床には『五芒星』が描かれていて、俺はユリという娘と一緒に、星の中心にたたずんでいた。

 老婆は、再び俺をじっと見つめた。いや、俺をというより俺の体を透かして、その後ろを見ているような不思議な眼だった。

 ややあって、老婆は、何も言わずに屋外へと去っていった。来たときと同じように、ズンズンと人の輪をかき分けて。

 

 老婆が去ると、凍りついていたその場の空気が一気にゆるんだ。そして、人々は、露骨に肩をすくめたり、やれやれといった顔をしながら、扉の外へと移動を始めた。なかには立ち去り際に、俺の方をチラチラと見る者もいた。

 立ち去って行く人々の輪の中心から、アトリの御母堂と呼ばれていた女の声が聞こえた。

「・・・お節介な年寄り・・・見当違い・・・」


 なにげに、目の前に立っているユリという娘と目が合った。すると娘は、俺に向かってペコリとお辞儀をした。そして彼女もまた当然のように、きびすをかえして行ってしまおうとした。

 

 俺は、あわてて床から跳ね起き、娘の腕に手を伸ばした。

「あ、ちょっ、待ってよ!」

 たしかに、俺は手荒に腕をつかんでしまいましたョ。でも、その目はないでしょ!

 娘はギョッとしたように目を見開いて、俺の手を振りほどこうとした。まるで俺が、急に暴れ出した獣か何かであるかのように。

 ひどく傷ついて、急いで手を離した。しかし、これだけは聞いておかなければ。

「ここは、どこなんだ?」

 娘の目が、今度はびっくりしたように見開かれた。

「あなたは、言葉が、わかるの?」

 コレには俺がびっくりした。俺は言葉をかいさない何かだとみなされていたのか!

 でも、さっきの老婆は、俺に『お立ち・・・』って、日本語で話しかけたぞ!

「だって、さっき、風の導師様が、お立ちなさいって言った時、あなたは、わからないようすだった。」

いやそれは。いやいや、それは、心身がフリーズしてたんですヨ! この状況で、普通に呼吸してられるだけで、俺って超すごいと思うんですけど。

 

 俺が、心の中でそう叫んでいる間に、槍を持った男たちが土蔵の中へ入って来た。

 娘は、少し俺に顔を近づけて早口でささやいた。いい香りがした。

「あなたは、異界から来たの!・・・私が、呼びました。」

 そう言い残して、娘は足早に立ち去った。

 扉の近くで、娘は、槍を持った男たちに何か話しかけている。娘の話を聞いていた男たちが、こちらを見た。

 

 娘が行ってしまうと、男の一人が、ぼうぜんとしている俺に近づいてきた。男は床の五芒星を恐れるようすで、模様の外から俺に呼びかけた。

「精霊様・・・。」

 ?

たぶん、いや間違いなく俺のことなんだろう。

 ここで黙っていたら、また、言葉を解さない何かだと勘違いされてしまう。俺は即答した。

「な、なんだ。」

 男は、ちょっとホッとした顔になった。

「おれたちに、ついてきてくだせい。おれたちは乱暴はしません。ですんで、精霊様も、怒らないでくだせい。」

 腕をつかむどころか、突っ立ているだけなのに怖がられてしまった。

 俺は、両手を軽く上に挙げ、男たちの方へ歩いて行った。それにしても、恐い体験をしているのは、こちらなんですけど。

 男たちは俺を遠巻きに取り囲んで、槍の先で部屋の外を指した。俺は、背中を槍でつつかれたくないので、あわてて従った。まあどう考えても、護衛ではなく護送の体勢だ。

 

 俺は、落ち葉が散り敷く土の上に足を踏み出した。振り返ると、俺が今までいた部屋は土蔵のような建物だとわかった。

 土蔵は林の中にあった。しかし、さっき歩いていた奈半利の山とはずいぶん違う風景だ。

 それに、季節も少し違う気がする。アブラゼミの声もしないし、木々も、緑の色が何だか薄枯れた感じだ。俺は、肌寒さを感じて、半袖シャツから出ている自分の腕を抱えた。

 

 ようやく気づいたが、俺の周りの男たちの装束しょうぞくは、何て言うか戦国の歴史ドラマに出てくる兵士のそれに似ていた。ただ、頭に白い鉢巻きをして、何かの木の枝を二本差しているのが異様だった。魔除けって感じだ。

 土蔵の中では気が動転してたし、薄暗かったこともあってよく覚えていないが、ユリという娘は、たしか白いガウンのようなものを着ていたような。天の羽衣?

 娘が歩くと、ひらひらと長い袖やすそが広がって蝶々が舞っているようだった。神社にいる巫女さんの衣裳に、ちょっと似ていた。

 

 兵士たちに取り巻かれて、俺は、林間のゆるい坂道を下っていった。

 坂道は、寺院のような建物に続いていた。それは、日本と中国をミックスしたような建築様式だった。

 銀鼠色の屋根瓦をのせた白壁の塀に沿って歩いていくと、小さな木の扉の前にたどり着いた。

 扉は、人一人がようやく通れるくらいの大きさで、銅製の五角形の紋章が扉の中心にほどこされていた。

 

 土蔵で俺に声をかけた男が、扉に向かって一声かけると、扉は、ギシギシときしみながら内に向かって開かれた。

 そこには、四人の白装束の男が待っていた。

 男たちは皆、頭に兵士たちと同じものを巻き、腰を深く折って礼をした。

 

 俺は扉をくぐった。くぐるしかないよな。

 扉は、兵士たちを外に残したまま、俺の後ろで閉じられた。

 先頭の老人が、頭を下げたまま、ぎこちなく節をつけてぎんじた。

「精霊様――、お迎えに、上がりました・・・。」

 それから、白装束の男たちは左右に分かれて列を整え、同じく節をつけてゆったりとハモった。

「どうぞっ、お通りください――っ、そして、われらをっ、お守り下さい――。」

 吟じ終わると、男たちは垂れていたこうべをもたげた。が、目線は足元に落としたままだ。

 それから、うちそろって回れ右をし俺に背を向けた。そして男たちは、奇妙な行進を始めた。斜め右に二歩行って立ち止まり、今度は斜め左に二歩行って立ち止まる。要するにジグザグ歩きだ。

 彼らは、灰色の砂を敷いてある道を、木靴で踏みしめながらゆっくりと行進していく。

 見れば、道の中央には白い砂利が敷いてある。男たちは、そこをあけて歩んでいる。

 そのわけは・・・たぶん・・・。

 俺は、白い砂利道を踏みしめて 男たちのあとを追った。正解だった。男たちは、リズムを乱すことなく奇天烈きてれつな行進を続けた。

 こうして、俺は白い砂利道の突き当たりに建つお堂の中へと通された。


 白装束の男たちは、とうとう俺と目を合わせることなく、頭をたれたままで後ろずさりに去っていった。


 俺は一人になった。ふとトイレに行きたいことに気づいた。そういえば昼飯を食べた食堂で行ったきりだった。状況が異常過ぎると、むしろ人間は冷静になるようだ。


 俺は背負っていたリュックを足元におろし、自分のまわりをあらためて見回した。お堂は広い板の間一つきりで、扉は、さっき入ってきた所だけだ。

 扉を押した。ぴくりともしない。

 俺は、天井の近くにある明かり取りの蔀戸しとみどを見上げた。つっかえ棒で、板戸が跳ね上げてあった。光と一緒に風がそよそよと流れ込んでくる。

 今が冬場だったとしたら、光を諦めるか、寒風を我慢するかの二択を強いられる構造だ。

 要するに、人が居住するための空間では決してないということだった。


 お堂の中央は祭壇のようになっていて、四本の紅色の丸柱が、四角いそれを取り囲んでいた。祭壇の前には、文机と燭台が置かれている。祭壇の奥側は、分厚い木の壁になっていた。

 俺は、壁一面にほられた紋章を眺めやった。五芒星だ。しかもいくつもの星や五角形を組み合わせた複雑なものだった。

 五芒星といえば陰陽とかのたぐいだろ? やはり、そういう術で、俺は此処ここへ引きずり込まれたということなのか?

 明らかに、此処は異世界と思われる。


 紋章に見とれていると、扉がキィッと音を立てて開き、白装束の男が二人、入ってきた。

 男たちは膳を運んできた。

 雛飾りなんかで見かける赤い漆塗りの食器が、膳の上に並んでいる。別の膳には、白い徳利とぐい呑み椀が。俺は、神仏のお供え物のような品々を、じっと見下ろした。


 男たちは板張りの床にそれらを置くと、顔を伏せたまま、早々に去って行った。

 俺は、白い徳利を持ち上げた。

いや、いや、いや。どうみてもコレってアレだろ、御神酒おみき・・・。

 徳利をポチャポチャとゆすってみた。芳しい酒の匂いだ。

う―んっ、未成年の俺にコレをか!

 ていうか、ぜ-たい、俺は何かに間違われてるようだ。

 

 オレが徳利を抱えて苦笑いしていると、またぞろ扉が開いた。

 今度は白装束ではなく、長い髪をうしろで束ねた若い男だった。若い男は、片足を扉の内に差し入れたまま、ニヤついてる俺を見て固まった。


                  

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