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ああ、人間って・・・

作者: 春乃 凪那
掲載日:2012/12/13

普段何気なく乗っている電車。

皆さんはマナーをきちんと守っていますか?

少しの気の揺るみでも、全部見られているんですよ。



そろそろ始発が発車する時間。

今日も頑張るぞ。と、心の中で自分に渇を入れながら走り出す。

始発に乗る人はたいてい決まっている。

その中でも特に気になる人が一人いる。

その人は、上から下までをいつもスーツという決まった服で決めている

スーツにはいつも皺一つなく、ネクタイもまっすぐに閉められている。

黒に身を包んでいるにも関わらず、塵一つつけない清潔さを見せる男である。

人間というのは見た目から性格が出るというのは本当らしかった。

男は始発で空いている車内にも関わらず、必ず扉の前で吊革を握り締めている。

ほぼ終着駅まで降りない男に、どうして座らないのかと疑問になったこともあったのだが、最近理由がわかってきた気がする。

この電車は地下鉄ではない。窓の外を見つめれば、上から見下ろせる市内が広がっている。

始発には広々とした安らぎを感じさせるが、それと同時に虚しさも感じさせられる。


それも一時のくつろぎにしかならず、7時をまわると通学・通勤ラッシュに見舞われ、隙間がなくなるほどに車内はぎゅうぎゅう詰めになってしまう。

スーツや制服姿の者がほとんどで、何だか魚屋の仕入れ時間が来たような状態だ。

その時には多種類の魚が入ってきて、鰯からサメの類までいるのだ。

サメは少し怖いけど、眺めている分には僕に支障はない。

しかし、このラッシュの時には必ずと言っていいほど問題が生じる。


混雑している車内にも関わらず、扉の周りでは女子高生達がかなきり声を上げて騒いでいる。

いつもその時には耳を塞ぎたくる。

もう少し声を小さくすればいいものの。女子高生達はほぼ叫ぶように話し合うのだ。

周りには多くの大人が存在するにも関わらず、誰も注意しようとはしない。

その理由を僕は知っている。


ラッシュが過ぎ去った後の穏やかな午後の一時に、おばさんたちが会話していた。

『最近の若い人達はきれやすいから怖いわ』

『電車でも大きな声で通話したりして本当に迷惑だわ』

とか、こんな感じの会話だった気がする。

僕はその話を聞きながら、怖いから注意をしないのか。

注意をしないから大きな顔をされるんじゃないか。

言ってやりたかったが、その人達はすぐに電車を降りてしまった。

そう言った若者が出来るのは、当人だけの責任じゃないのだとこの時に確信した。


帰宅ラッシュになると朝とは打って変わって目を擦りながら乗り込んでくる乗客が多い。

今日一日の疲れを少しでも車内で癒そうとやってくるのだ。

OL何かはよく座席に座りながら、隣の人の肩に肩を当てながら気持ちよさそうに眠っている。

隣人からしたら迷惑な話だろうが、人間にはこういった優しさが備わっているようで、眠っている人を無理矢理起こそうとはせずに、黙って肩を貸してあげている。

たまにそれが若い男の人であると、少し恥ずかしそうにしながら俯いている時がある。

僕でも恋人かどうか間違えそうになったときは、自分の停車駅になった瞬間逃げるように降りて行っていた。

帰宅時間はそんな風に穏やかに流れていくのだ。

だから僕は必ずクラシックを口ずさんであげる。

それが余計なお世話になってしまうことは多い。

クラシック音楽に眠気を煽られて眠ってしまい、2駅、3駅と自分の停車駅を過ぎてしまう者がいるからだ。

起きた時に焦ったように駅を降りていく時は、一応謝罪だけをしておく。

デートの約束なんかに遅れてしまっては大変だ。

だから僕はいつも乗ってくれる人の降りる駅はだいたい覚えるようにしている。

そうして停車駅が来てもすやすやと眠っている者に、そっと肩を叩いて起こしてあげるのだ。

そんな人達ははっとなって起きて、ゆったりと駅を降りていく。

余りにも目を擦りながら降りていく時には、『帰ったらゆっくり休んでね』と声をかけてあげる。


帰宅ラッシュも過ぎ去り、終電の時間になると、仕入れに遅れたタコが乗ってくる。

乗ってくる人が少ない中。タコは休むことなく僕に一日の愚痴をこぼしてくる。

そんな時は黙って話しを聞いてあげる。

そして、そっと『今日も一日ご苦労さん』と言ってあげるのだ。

そんな者達は朝には人間である。

人間は他の生き物に変化できるらしい。

僕はいつもそんな人間の七変化を楽しんでみている。

僕はいつでも、どの時間でも僕でしかいられないからだ。

タコに変わる人達はたいてい通勤ラッシュの間は、座席の端に寄せられている。

そうして下を向きながら難しそうな顔をして地面と睨めっこしているのだ。

僕は毎日同じようなタコを見ながら、タコの頭が少しずつ白くなっていくのを観察している。

タコは話に疲れると眠ってしまう。

たまに僕の家まで一緒に来てしまう時がある。

タコになってしまうと、どれだけ肩を叩いても反応してくれないんだ。

僕はいつも困りながら『今日は家に帰ったら?』と言うのだが、そんな言葉にも耳を貸そうとしてくれなかった。


そうして僕の一日は過ぎ去って行く。

僕は一日の疲れを取りながら、その日の出来事を思い出していくのだ。


来る人は僕のこと何て少しも考えたことがないだろう。

それに、僕が考えていることも知らないんだろう。

そんなことを考えると、僕は少し人間達を上から見下ろせることが出来る。

いつもは踏んづけられて、従っている毎日だけど、僕が上である部分もいっぱいあるのだと了解させてくれる。



次の日、いつものように始発に向かった。

いつもきちんとしているあの人は今日に限っては座席に腰を下ろしていた。

僕は不思議そうに彼を見ながら『どうして今日は座っているの?』と、尋ねようとしたけれど、彼は座っている分本を手にしていた。

本に集中していれば、僕の声には気づいてくれないだろう。

次の駅に停車すると、今日は見慣れないスーツ姿の人が多く乗ってきた。

今日は何か特別なことがあるのかな。

スーツ姿の人達の会話に耳を澄ませてみた。

『はあ、ついに今日か。寂しくなるなあ』

『何言ってるんだ。今日は盛り上げるために来たんだろう。盛大にお祭り騒ぎしてやろうぜ』

『そうだな』

どうやら今日は縁日らしい。

いつか親子の会話を聞いたことがある。

『今日お祭りだね。でも、もう今日なんだね』

楽しい日はいつまでももうすぐ来る。という状態であってほしいようだ。

その日が来ると、その日の終わりが寂しくなってしまうらしい。

その子供は来た時は楽しそうに窓を見たり、母親に話しかけたりしていたのだが、帰りにもう一度乗ってきたときには、涙を浮かべていた。

今日は何処でお祭りがあるのだろうか。

大人も楽しみにするほどの盛大なものなのか。

僕もそこに行ってみたいな。

何て、自分がそこへ向かったところを想像すると笑いがこみ上げてきた。


そんな風にして、気づけば通学・通勤ラッシュの時間になった。

相変わらず今日も車内はぎゅうぎゅう詰めになっていた。

いつものかなきり声を上げる女子高生達も乗り合わせてきた。

今日も耳を塞ぐ思いになるのか。と、憂鬱になりながら女子高生を見つめていたが、今日は不思議なことに声が聞こえてこなかった。

とうとう話題がなくなってしまったのかと思ったが、口元を見てみると確実に話している様子だった。

サメに怒られたのか。

何て思いながら別の人に目を向けてみた。

必ず問題が起きてしまうこの時間に、午後と同じような静けさを感じさせる。

皆そこまで縁日が終わってしまうのが寂しいのだろうか。

縁日は普段醜態ばかり見せる者たちを、たしなめるほどの力があるらしい。

僕もそんな縁日を見てみたいと思った。

けれど窓の外には、いつもと変わらない町並みが続いているだけだった。



終電。

今日もタコたちが来ては愚痴を聞かされるのだろうか。

そう思っていると、乗ってきたタコは目までも真っ赤にさせていた。

僕は何事だろうかと思って、大丈夫かと尋ねてみた。

『俺がここを使い始めてもう何年になるんだろうなあ。高校の通学電車もお前だったんだよ。

その時はお前に迷惑かけたよ』

タコはいつもよりも饒舌に話をしている。

ああ。そういえばこのタコは昔地べたに毎日座り込んで他の人に迷惑をかけていたなあ。

その時は今とは違って、必ず誰かが注意をしていた。

おばさんがうるさい声で怒鳴る時もあれば、強面の男の人が渇を入れる時もある。

おばさん達が言っているような今とは違って、その時の子供達は注意されれば必ず従って静かに隅に立っていた。

そんな懐かしい思い出を頭の片隅に置きながら、悲しそうな瞳を見せるタコを見つめていた。

『高校卒業して、俺はすぐに企業に就職したんだよ。今もまだそこにいるんだけどな。

それは間違いなく、間違いなくお前のおかげだ』

タコは更に真っ赤な顔になって、口元には笑みを浮かべながら涙を流していた。

僕はどうしてこんなにもタコが思い出を話したがるのかわからなかった。

だけど、悪い気はしなかった。

次はどんな言葉を話すのか。と、耳を傾けていると、タコは一人でうんうん頷きながら目を閉じた。

『今夜は一緒にな』

タコは呟くように言うと、そのまま気持ちよさそうな顔をして眠り始めた。

今夜はじゃなくて、今夜もでしょ。

僕は心の中で笑いながら、タコを見つめていた。

今日はちゃんと人間になって帰ってね。


タコは僕が車庫に入るより前に起こされた。

最終の駅に到着すると、さっきまでの出来事はまるで夢の中の出来事でもあったかのように何も言わずに降りていった。

結局タコは何がしたかったのか。

背中を見つめながら、僕はその答えを車庫に入る間中ずっと考えていた。


今日の窓の外の町並みは、いつもと変わることはなかった。

暗い空に所々建物の電気がイルミネーションのように灯されていた。

もうすぐ冬が近づく季節。

皆はきっとクリスマスで騒ぐのだろう。

クリスマスの日は電車は常に満員と言ってもいい状態になる。

僕は去年までずっと大忙しだった。

でも今年はゆっくり休めるらしい。

ああ、初めて縁日の楽しさを知れたよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しさのある文章で、とても温かい気持ちになりました。表現の豊かさというものを感じました。
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