第17話 疑心
眠れぬ夜をすごした私は、憂鬱な気持ちで鏡の前で出仕の支度を整えた。
あの女性・・・
ジュヌーンの側近であるリンの刃から私を救ったあの女性・・・
いったい何者なのか・・・
考えるべきことが山ほどある。
だがリンの死体を彼女が処理したとすれば、それが発見されようがされまいがこれを利用しない手はない・・
私はすぐに支度を整え出仕すべく自宅を後にした。
出仕した私を待っていたのは予想したとおりジュヌーンの怒りに満ちた顔だった。
「貴様・・・なにをした??」
怒りがすでに頂点に達しているらしくジュヌーンはいきなり私をにらみつけ叫んだ。
「何のこと?」
私は確信した。
リンが死体で発見されたか、もしくは失踪している・・・
「とぼけるな!リンが戻らぬのだ!」
「リン?ああ、あの娘ね・・・」
私は逆にジュヌーンに質問を投げかけた。
「任務を与えたわけじゃないの?」
「与えてなどいない!ただ昨晩お前が退出してからすぐにあやつも出て行った!」
ジュヌーンは剣をそばにひきよせ柄に手をかけた。
「お前が殺したのか・・・」
「・・・・」
私はうつむいた。
やはりジュヌーンは、内部からの裏切りに相当おびえている・・
「貴様!何がおかしい!」
「それほど私が信頼できないなら殺せば?」
「な・・なに・・・」
私の挑戦的な言葉にジュヌーンは絶句した。
「いい?何度も言わせないで。私はハイランド軍をすでに一度撃退しているのよ?つまり彼らにいまさら寝返ることができる立場にないの。なぜなら彼らのダメージは実際の兵の損失だけでなくその名声の低下もあるからね・・」
私はまっすぐジュヌーンの目を見据えた。
「私にはハイランドと戦うしか道は残されていない。あなたを裏切る意味はないわ・・・」
「では誰が・・・」
「考えてみることね、そもそもリンはあなたの公式の側近ではなかったのよね?」
「うむ・・あれは暗殺車兼護衛のようなものだったからな・・・」
「じゃあそのリンを敢えて殺すということは、あなたにとってリンが重要な護衛だと知っていた人物・・・」
私はゆっくりと言葉を選んだ。慎重にジュヌーンの思考を誘導するべく・・
「気をつけることね、一番の側近は一番あなたの弱点を知っているということでもあるのだから・・」
「!!」
ジュヌーンの目が見開いた。
彼は血走った目が何かを考えている。
成功した・・・彼は間違いなくガルフを考えている。
「おちおち夜も眠れないわね・・・」
私は立ち去り際にとどめの一言を投げつけた。
「私があなたなら・・・」
「な・・なんだ・・・」
ジュヌーンがかすれた声で答えるのを背中越しに聞き、私は振り向き冷ややかに笑った。
「殺される前に殺すわ。あなたはそれを一度やってる・・・」
そういうと私は部屋を出て行った。
遅かれ早かれジュヌーンは必ずガルフを殺す。
そうすればシェリー様の見張り役だった彼がいなくなり、ジュヌーンは必ずシェリー様を自分の近くに移そうとするはず。
そのときが居場所をつかむチャンス・・・
だが・・・
私の目論見は私自身思いもかけぬ事態によって、加速されることになる・・
それから数日後、ガルフの乗馬の厩舎からリンの死体が発見された。
それによりジュヌーン自らガルフの首をはね、一の側近であったガルフはこの世から姿を消した。
「どうして・・・」
リンの殺害の嫌疑をガルフに向けさせ殺そうとした私の計略を誰かが後押ししている・・
一人しか思い浮かばない。
リンを殺したあの女性・・・何者なのか。
この運命の駒として動いているのはどうやら私だけではないようだ。
おそらくは味方であろうその存在は、今の私には見えるすべもない・・・