第15話 心理
ローディス教国軍がハイランド帝国先鋒、赤鳳師団を緒戦で撃退した知らせは一気にローディス全土を駆け巡った。
ただし赤鳳師団の実質的被害は少なく、依然ハイランド軍は粛々とローディス王都ザナドュに向けて進軍の歩みを続けていた。
王都に帰還した私はすぐさまジュヌーンを訪れた。
「言葉どおりの働きをしたな」
ジュヌーンの言葉に私は嫌悪感を押し殺し笑ってみせた。
「私だって命は惜しいわ。あなたに加担した以上私もハイランドと戦うしか道はないのだから・・・」
「ふん・・・」
ジュヌーンは私を値踏みするかのようにじっと見やった。
「何が望みだ?」
ジュヌーンの問いに一瞬私はたじろいだ。私の秘めた決意を見抜かれたのかと思ったのだが、そうではなかったようだ。
「相応の地位を頂戴・・・」
私は肩をすくめて見せた。
「教皇が生きているときはいくら働いてもそれ相応の地位がもらえなかった。あなただって知ってるでしょう?」
「なるほどな・・・」
ジュヌーンはにやりと笑った。
欲で生きている人間は、欲を見せる人間に警戒心を解く・・・
なぜなら自分と同類だと考えるから・・・
「お前はよく働いた。お前の勝利のおかげで周辺諸侯もハイランドと戦う意思を固め防戦の準備に入った・・・」
「・・・・」
「よってお前は今日から大将軍だ・・印綬は追って送らせる」
私は極力自然に見えるように笑みをうかべた。
「大将軍・・悪くないわね・・あと相応の黄金も忘れないでね?部下にも褒賞は必要だから・・・」
「ふん・・・元奴隷の本性がでたというわけか」
「なんとでも言えばいいわ。私も人間だからね・・・」
目が眩みそうな怒りをこらえ私はその場を退出した。
私にはやるべきことがある。まずはシェリー様の居場所をつきとめなくては・・・
すべてはそれからだ・・・それまではどれだけ人に蔑まれようが私は生きる・・・
屋敷に戻るとジャックとレイチェルが待っていた。
すばやく周囲に目を走らせるとジュヌーンが放った間者の存在を目には見えないながら感じる事ができた。
やはりジュヌーンは100%まだ私を信じてはいない。
「お疲れ様です・・」
レイチェルが静かに微笑んでちらりと目を周囲に泳がせてみせた。百戦錬磨の兵だけにやはり彼らも間者の存在に気が付いているようだ。
「入って?」
私はジャックとレイチェルを屋敷に招きいれた。
「聞きました。大将軍就任が決まったとか・・おめでとうございます」
レイチェルがにこやかに話し始めた。ジャックも若干ぎこちないながらうなずいてみせている。
彼はやはり芝居がうまくないので、レイチェルにしゃべらないように言われているのだろう・・・
「私たちにもそれなりの褒賞はでるんでしょうか?」
レイチェルは間断なく話し続ける。
「そうね、それをジュヌーンと話してきたところよ・・・」
私はレイチェルの指がテーブルの上で動いているのに気が付いた・・・文字を書いている・・・
『先の戦いでサーム殿から大体の事情はお聞きしました。カミュ卿の妹君を人質にとられているのでしょう?』
「部隊を束ねた者として私とジャックは何かしら爵位をもらえるとありがたいのですが・・・」
『私の隊に一人気の利いたものがおります。そのものに今城内を探らせていますがそれらしき方が幽閉されている情報はまだ入ってきていません。』
「先の戦いで戦士した者がすくなくありません。それらの穴埋めの編入部隊もジュヌーン様に話をして頂きたいのですが・・・」
『ただ気になるのはジュヌーンの腹心のガルフが侍女二名を連れ毎晩どこかを訪れているとか・・・その侍女は女性ものの衣類及び食事を携えていたとか・・・』
「今後の戦いはどうなるのでしょうか?」
『ガルフの侍女ですが恐らくは特殊な戦闘訓練を受けたものと思われこれ以上の探索は逆に危険かと思いここで大将にお知らせすべきかと思い来た次第です』
「わからないわ。ただ私だって命が惜しい。負けるわけにはいかない・・」
レイチェルに答えながら私も指をテーブルに走らせた。
『その侍女二人の身元はわかってる?』
「私たちも同感です・・」
『わかっています。お許しさえ頂ければ捕らえて大将に差し上げることも可能ですが・・・』
『まだいいわ・・身元の情報だけ頂戴・・・』
『一人はリン、16歳・・・ジュヌーンの諜報部隊にいたものです。もう一人はマリアン、22歳・・・これは出自がわかりませんが、ジュヌーンの反乱直後からガルフの元にいます・・』
レイチェルは窓の外にちらりと視線を泳がせるとジャックを促し立ち上がった。
「ではまた・・・」
「有難う・・・」
私は短い言葉の中に万感を込めて言った。
私を支える人たちのおかげで目的は思ったより早く達成されそうだ。
すぐにこの国はあるべき姿に戻る・・・