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第13話 開戦

王都を進発した私は通常3日かかる行程を、わずか1日で踏破しサラミス平原に到着した。斥候によればハイランド軍到着まで推定2日の猶予があることになる。

私は疲れた様子の兵たちを振り返り叫んだ。

「みんなつらいのはわかるけどここでふんばって!これからハイランド軍を迎撃する陣地を構築する!」

私の叫びに兵たちは大きく喚声を上げた。本当に強い兵たちだ・・・

「大将、、」

レイチェルが馬を寄せてきた。ジャックとの一騎打ちに勝って以来彼らは私をこう呼ぶ。

「兵たちはきっと驚きます。」

レイチェルの言わんとすることは私にはわかっていた。

「でしょうね、常識外れといえば常識外れだからね。」

私はハイランドにいた頃を思い浮かべた。

ハイランド兵の中核をなすのは大陸最強ともいえる騎馬軍団である。豊かな穀倉地帯を有する背景もあり、ハイランド人は「生れた時から馬と共に生きる」と言われるほどの騎馬民族である。

その騎馬軍団は本質的にローディスや列国のそれと性質を異にする。ハイランド騎兵は軽騎兵の敏捷さと重装騎兵の重厚さを兼ね備えている言わば万能の騎兵なのだ。

特に驚異的なのがハイランド特産のヤールと言われる木の幹の皮を特別な製法で編み上げた鎧の守備力である。この鎧には刀剣を初めとするあらゆる武器に対して恐るべき守備力がある。また兵の一人一人の馬術、騎射術も他国の兵をはるかにしのいでいる。

「騎馬軍団で最強のハイランド兵に同じ条件で戦うのは愚。要は彼らの力を発揮させない方法をとらなきゃ、、」

「なるほど、、」

レイチェルが小さく笑った。

「それにしてもあのハイランド軍に歩兵のみの構成で戦いを挑むなんて、、」

レイチェルは肩をひょいとすくめてみせた。

「あなたは非常識ですね。」

レイチェルの言葉に私は思わず笑みがこぼれた。

「かもしれない。不安?」

「いいえ、、」

私の問いにレイチェルは即答した。

「私の命はあなたのものですから。ジャックをはじめ皆がそう思っています。」

彼女の言葉に私は胸が熱くなった。是が非でもこの一瞬には勝利を得なくては、、私が描いた最後の結末までたどり着けるように、、、


それからジャックとレイチェルの指揮のもと私が考案した陣地は予想以上の速さで構築された。私は陣の完成とともに兵を交代制でゆっくりと休ませた。

そうしてサラミス平原に到着して2日目の夜が明けた。

そしてその知らせが朝もやの立ち込める陣地に響きわたりすべては始まった。

ハイランド軍赤鳳師団が平原の彼方に姿をあらわした、、、

私はこめかみに手を当てゆっくりと息を吸込んだ。勝てる、、絶対に勝てる、、、

私は兵を振り返り力の限り叫んだ。昔ハイランドの闘技場で奴隷達に叫んだあの時のように。「あなたたちは死にはしない!敗北が運命だとしたら私がその運命を変えてあげる!私が運命をあなたたちにつかみとってあげる!」

私は軍の前衛を馬で一気に駆け抜けた。

「私を信じて!一緒に運命をつかもう!」

私の叫びに二万の兵の歓声が応えた。

「軍神クラン!軍神クラン!」

兵たちの叫びにはもう恐れはない。そこには自分達の運命を掴み取ろうとする強い意志しかなかった。

その時独特な響きを持つ角笛の音色が朝もやを切り裂いた。「悪魔の嘲笑」とローディスで恐れられるハイランド軍の突撃の合図だ。

「お願いねレイチェル、ジャック!」

「はっ!」

「おう!」

ジャックとレイチェルが馬を飛ばし持ち場に行くのを見届け私は開戦の合図を下した。私の構築した陣は王都から大量に運んできた木柵を迷路のように組み合わせ、騎馬の通行を執拗にはばむものだ。更にそこにはある仕掛けが施してある。

私がいるのは最前衛の木柵の内側である。そこには弓箭兵が弓をつがえて待機している。

「まだよ!ひきつけて!」

地響きをたて迫り来るハイランド兵を前に私の兵たちは忠実に私の命令を守っている。その怒涛の突撃を前に、私の兵たちはじっと命令を待っている。一兵の逃亡兵もないことに私はいまさらながら感嘆した。

そしてハイランド兵が百歩の距離まで迫った時私は一気に旗を打ち振った。

「放て!!」

私の叫びとともに最前衛の木柵から黒い雨のように放たれた矢がハイランド兵に襲いかかった。

次の瞬間鉄壁の守備力を誇る自分自身ではなく馬を射られたハイランド兵たちが次々と落馬し大きな混乱が起きた。

更に至近距離から放たれ続ける矢によってハイランド兵は次々と木柵付近で落馬し後続の部隊との間に混乱が生じた。

しかし精強を誇るハイランド兵はたくみに馬を操り落馬した味方を避けながら次々と柵に襲いかかってきた。

彼らの突撃は凄まじかった。馬の姿勢を低くしたままで突進し木柵に体当たりをする。別の兵は鎖を木柵に巻きつけ馬で引き倒そうとする。

彼らは私がとった「騎馬封じ」の作戦には対処法をもっている様子だった。

「予定より少し早いけど仕方ない、、、」

すでに第一の柵が一部突破されたようだ。ハイランド兵と交戦状態に入っているのは、レイチェルの部隊だ。


私は遠眼鏡を使いレイチェルの部隊を見た。

柵を突破した隊長とおぼしき騎兵が大きく旗を打ち振っている。

しかし次の瞬間、絶大な防御力を誇るはずの彼のヤールの鎧に、背中までつきぬけんばかりの勢いで一本の矢が突き立つのが見えた。胸に深々と突き刺さった矢を信じられないという様子でハイランド騎兵は見つめ、ハイランドの旗とともに地に落ちた。


突撃の構えを見せていた先頭の騎兵たちに動揺が走るのが遠眼鏡ごしにでもよくわかる。

彼らの驚愕と畏怖の視線の先にいたのはレイチェルだ。

あの異様なまでの大きさの大弓に流れるような動作で矢をつがえ次々とハイランド騎兵を射落としている。まるで何もねらっていないかのように、一度に数本の矢をつがえ矢を放つ彼女は、確実に矢の本数だけのハイランド騎兵を射落としていた。

その間にも彼女の指揮で、レイチェル隊は流れる水のごとく内側の柵に退却していく。


「完璧よ、レイチェル・・・」

私はサームの顔を思い浮かべた。こんなときサームが横にいてくれたら。

でも、サームがいないけど私には今は有能な仲間たちがいる。


私は戦場を見渡した。

レイチェルとジャックの部隊はほぼ内側の柵内に退却を完了している。

最前衛の柵はほぼハイランド騎兵に引き倒され、彼らの攻撃が第二の柵に集中し始めている。


柵が破れたことで、ハイランド騎兵の先鋒部隊は勝機と見たのか、ほぼ全軍で突撃を開始してくるようだ。

「来る・・・」

未だ最前衛の柵に残る私の部隊にハイランド騎兵が迫ってくる。先鋒部隊のかなりの数が柵の前に密集し始めている。

私は、ゆっくりと長剣を抜き放った。カミュ様から頂いたこの剣は驚くほど手になじむ。まるでやさしい力に守られているかのように。

「狙え!!」

私の合図で弓揃兵がいっせいに矢をつがえた。今度の矢は、最初の斉射とは違いすべて火矢、そして目標はハイランド騎兵ではなく彼らが飛び越えてきた私たちの陣を遠く取り囲むように私が構築したある仕掛けである。


「運命よ・・もう一度私に勝利を...」

私は長剣を力いっぱい打ちふり叫んだ。

「放て!!」


私の叫びとともに、流星のように火の粉の弧を描きながら、空に火の雨のごとく矢が舞った。

その火の雨は、柵に密集していたハイランド騎兵軍団の頭上を超え、ちょうどハイランド軍の中核部分に降り注いだ。


次の瞬間、耳を劈くような爆音とともにハイランド軍の中核に巨大な火柱が上がった。火の粉が連鎖的に爆発を呼び、ハイランド騎兵は一気に部隊全体が混乱に陥った。

そう・・・唯一港を有する我々ローディスが、ハイランドに勝っていたもの。火薬である。

恐らく後世の歴史家はこう記すだろう。

「この大陸で初めて火薬が大量に使われた戦い」と。


耳にした事のない爆音と大きな炎にハイランドのよく訓練された馬たちも驚き、騎手を振り落とし暴れ始める。

「全軍突撃準備!!」

私は剣を振りかざし叫んだ。

私の部下、すべてが歩兵で成り立っている部隊はいっせいに足元に置いてあった槍をもちあげた。これも通常2メトールほどだが、私の部隊のそれは3メトールになる長槍である。


炎の壁に阻まれ、ハイランド騎兵たちが懸命に馬を御そうとしているのがあちこちで見られる。そこには先ほどまでみられた隙のない組織的な動きは消えうせていた。


「私を信じて!!われらに勝利を!!」

私は長剣を力いっぱい振り下ろした。

「突撃!!」


それまで殻を閉じた貝のごとく防戦に徹していた私の部隊は柵を押しのけ混乱するハイランド軍に突撃を開始した。

レイチェルとジャックの指揮が行き届いているのだろう、私の思惑通りの攻撃が展開された。


二人一組の歩兵のうち、一人がハイランド騎兵の馬を突き相手を落馬させ、一人がヤールの鎧の継ぎ目を狙って槍をつきこむ。そして敵を倒すとすぐ隣の組に加勢する。


私が考案したこの方法は、驚くほど効果を発揮した。


「勝てる!!」

私はハイランド軍をみやった。炎の壁に阻まれて後続の部隊も混乱のあおりを食っているようだ。また炎の壁の内側にいた部隊にもはや指揮系統はなく個別に戦闘をおこなっている状態だ。

「それにしても・・・」

強い・・・私はハイランド騎兵の強さに愕然とした。個別の戦闘においては恐らく大陸最強だろう。炎に体を包まれながらも剣をふるいローディス歩兵をなぎ倒すその姿は、身震いすら覚える。


正面から私の部隊が、左右からレイチェルとジャックの部隊がハイランド軍に襲いかかり、一気に大勢はローディス軍に傾いた。

もとより私は、ここでハイランド軍を殲滅する気はない。私は完全に包囲するのではなく、彼らが後退しやすいように逃げ道を作って攻勢をかけた。

私の意図通り、ハイランド軍は撤退をはじめた。歴史的にもまれといってもいいハイランド軍の撤退は、実に鮮やかだった。


「勝った・・・」

これでいい。ハイランド軍の先鋒を撃退したこの事実でジュヌーン卿は私を少しは信頼するはず。これでいい・・・


炎は天を焦がしつづけ、ハイランド軍には反撃の気力は残っていないようだ。

私は兵の攻勢をゆるめようとしたその時、私の頬にぽたりと一滴の水滴が落ちてきた。

「!!」

まさか・・・私は息をのみ空を見上げた。

さっきまで雲ひとつなかった空がみるみるうちに黒い雲に覆われていく。馬鹿な・・・雨!?


私たちに落ちてくる水滴の数はみるみるうちにその数を増し、ついに豪雨となった。




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