選ばなかった未来
母が、二年前に死んでいた。
病気だった。直が高校二年の冬に診断されて、それから一年半で亡くなった。母は最後まで、父のことを信じていた。「いつか帰ってくるから」と言っていた。直はそれを否定しなかった。病室で、母の言葉を黙って聞いていた。
信じていたのか、それとも信じたふりをしていたのか、直にはわからない。
でも今は、少しだけ信じている。
根拠なんてない。それでも、どこかに生きている気がする、という感覚が、消えない。
高校を卒業したのは三月の終わり。桜が散る前に、直は星見郵便局から採用通知をもらった。
郵便局員になりたかったわけじゃない。正直に言えば、なりたいものなんて何もなかった。大学に行くお金はなかった。奨学金を借りてでも行くべきか、一年浪人して何か考えるべきか——担任の先生にはそう勧められたが、直にはその気力がわかなかった。
気力というより、理由がなかった。
何かになりたい理由が、どこにも見つからなかった。
郵便局に応募したのは、冬だった。求人票を学校でもらって、特に考えずに応募した。特に考えずに、と言ったが、正確には少し考えた。父が、この局で働いていた。それを知っていて、応募した。
なぜ応募したのかは、うまく言えない。
ただ、引き寄せられた。それだけだ。
採用通知が来たとき、直はそれを封筒のまま三日間、机の上に置いておいた。開けなかった。開けなかったのは、悩んでいたからじゃない。答えは決まっていた。ただ、開けてしまうと何かが動き出す気がして、その動き出しが少し、怖かった。
三日目の夜、直は封筒を開けた。採用決定のお知らせ、と書いてあった。四月一日から来てください、と。
直はその紙を眺めて、「よし」と言った。
声に出して言ったのは、自分に言い聞かせるためだった。




