第五話「駅前カフェと三角関係の萌芽」
土曜日。約束の午後一時、駅前の広場は若者であふれていた。
私服姿の佐藤千春を見つけた時、俺は思わず足を止めてしまった。
(おい……誰だこの可愛さ爆発した子は?)
薄桜色のワンピースに白いカーディガンを羽織り、肩までの髪をゆるく結んでいる。学校で見る天真爛漫な雰囲気とは違い、どこか儚げで守ってあげたくなる印象だ。
「お待たせ~拓海!」
ぱっと花が咲くように微笑みながら小走りで近づいてくる千春。その軽やかさに周囲の視線が集まる。
「うん……綺麗だね」
つい口から零れた本音に自分で慌てる。千春は少し頬を赤らめた。
「えへへ……ありがとう。拓海も素敵だよ?」
「ああ……ありがと」
私服といってもTシャツにパーカーという極めて普通な格好だ。それでも褒めてもらえるなんてモテ期様々である。
目的地のカフェまでは徒歩10分。途中、千春はごく自然に俺の袖を摘まんでいた。
(これって……手をつなぎたいサイン?)
躊躇いながら指を絡めようとすると、彼女の方からぎゅっと握り返してきた。小さな手が温かい。
何気ない動作なのに胸が高鳴る。
「この店だよ♪」
木製の扉を開けると芳醇なコーヒーの香りが漂う。店内は既に賑わっており、カップル率が高い。
窓際の席に案内されメニューを眺める千春の横顔を盗み見る。睫毛が長い。鼻筋がきれいだ。つい見惚れていると、
「決めた?」
突然の問いかけに背筋が伸びる。
「え!?ああ……まだ」
「じゃあシェアしようよ。限定のフルーツタルトとチョコレートケーキ」
「うん……それがいい」
注文を済ませると千春が意味ありげに微笑んだ。
「ねえ拓海……最近変わりすぎ」
「え?何が?」
「女の子とばかり仲良くしてるって聞いたよ」
ドキリとする。どこから漏れた噂だ?俺はそんなつもりないんだけど。
「変、かな?」
「う~ん……別に悪いことじゃないよ。ただ」
彼女はフォークで空中に円を描く。
「拓海はもう私の方を見てくれなくなったなぁって思っちゃった」
あ……そういうことか。確かに千春とは中学卒業以来疎遠になっていた。寂しい思いをさせていたのかもしれない。
「ごめんね……気をつけ」
「ううん!責めてるんじゃないよ!」
ワゴンがやってきてケーキセットが運ばれる。苺とキウイのタルトが眩しい。
二人で写真を撮り合い、切り分け合う。
「はい、あ~ん」
千春が差し出してきた一口大のタルト。
(え……ここで?)
「早く食べてよ~」
ためらいながら口を開ける。甘酸っぱい果実と生クリームの味が広がる。千春は満足そうに笑っている。
「美味しい?」
「うん……すごく」
「よかった!今度は拓海からもやってよ?」
「え?」
「あ~ん、ってしてほしいんだもん」
完全に彼女のペースだ。俺は恐る恐るフォークを伸ばす。
「ほら……あーん」
千春は大きな瞳を輝かせてパクリと食べた。幸せそうに頬を膨らませる姿が愛らしい。
「幸せ~!拓海からの初めての『あ~ん』だもん♪」
こんな行為一つでここまで喜ぶなんて……幼馴染の純粋さに胸がキュンとなる。
「そういえば……白石さんとも仲良くなれたみたいだね」
「ああ……この間教室で」
その時、突然背後から女性の声が聞こえた。
「山田君?」
振り返るとそこには私服姿の白石澪が立っていた。彼女は驚いた様子で固まっている。
「あ……白石さん」
「偶然ですね……ここで、デートですか?」
その言葉に店内の空気が張り詰める。明らかに動揺を隠しきれない白石さん。
「佐藤さん、昨日ぶりですね……」
千春は少し警戒した表情になりつつも会釈する。
「こんにちは」
「あの……お二人はどういった関係なんでしょうか?」
白石さんが困惑気味に尋ねる。その瞬間、俺の目の前で千春が爆弾発言をした。
「幼馴染です。ずっと一緒に育ってきて、今も一番大事な人だと思ってます」
白石さんは一瞬真っ青になったがすぐに微笑みを浮かべた。
「そ……そうですか」
「白石さんこそ何故ここに?」
「私は……買い物に来ただけです」
ぎこちないやりとりを続ける二人。俺はその場を収めようと慌てて立ち上がる。
「あ……白石さんも一緒にどう?」
「え?」
「三人で話しましょうよ。せっかくの機会ですし」
千春は複雑な表情をしているが反対しない。白石さんは少し考えてから頷いた。
「……分かりました」
そう言って、なんと俺の隣に座ってきた。必然的に千春は俺の正面に固定される形になる。
「……その服装とても素敵ですね佐藤さん」
白石さんが社交辞令を言うと、
「ありがとうございます……白石さんも大人っぽくて憧れます」
表面上は穏やかな会話なのに、二人の間には目に見えない火花が散っているのが分かる。
昨日は二人して雷に怯えていたとは思えない。
「山田君は……どちらのケーキが好みですか?」
「どれも好きですよ!ね?拓海♪」
「え?ええ……そうですね」
「……では、チーズケーキにしましょうか」
白石さんはチーズケーキを注文した。そして届いたケーキ皿を一口。
「すごくおいしいです。山田君もどうぞ」
彼女は一切れをフォークに乗せ俺に差し出す。
「え……!?」
「嫌……ですか?」
「いや……そういうわけじゃ」
「ではどうぞ」
白石さんは身を寄せてきた。制服よりもタイトなニットの胸元が無防備に揺れる。
視線を奪われる俺の目前で彼女はケーキを差し出し続けている。
「拓海……?」
千春の声が遠く聞こえる。この空気感。千春はもう完全に蚊帳の外だ。
「ほら……口を開けてください」
抗う術もなく俺は食べさせられた。濃厚なベイクドチーズの味。
白石さんは満足そうに微笑む。
「お気に召しましたか?」
「はい……ありがとうございます」
「どういたしまして。佐藤さんもいかがですか?」
白石さんが優雅な仕草で千春へ向く。千春は一瞬たじろぐがすぐ笑顔を取り戻した。
「いえ……遠慮します。私はこっちがあるので」
千春はフォークでタルトを指す。
(明らかに牽制しあってるな……)
冷や汗が背中を流れる。
俺は仲裁の言葉を探すが何も浮かばない。
解放されたのはそれから30分後だった。
レジで会計を済ませてお店から出る。
「そ、それじゃあ俺はこれで……」
「拓海、映画見ない?」
帰ろうとした俺の腕を千春がつかむ。
その瞬間、白石さんも逆の腕を掴んだ。
「良いですね、私も気になっている映画があるんです」
「白石さんは買い物があるんじゃないの?」
「買い物はいつでもできますよ。せっかくなんですから、一緒に映画を見るほうが良いに決まっています」
二人の少女が俺を挟んで対峙する。まるで二匹の猫が威嚇しあうような緊張感。
この土曜日はまだまだ終わる気配がなかった。
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