第四話「図書室の三位一体協奏曲」
金曜日の放課後。
俺は図書室の片隅で参考書と睨めっこしていた。
本来ならば家でゆっくりしたいところだが、白石さんに「金曜は私が図書当番なんです」とメッセージを貰ってしまったのだ。
ここ数日で女性陣の距離感が狂ってる。
千春と満員電車で密着したり、白石さんに数学を教えてもらったり――思い出すだけで顔が火照る。
普通の男子高校生なら喜ぶべき状況なのかもしれないが、俺にとっては未知の領域過ぎて対処に困る。
ガラリ。
背後で引き戸が開く音がした。
振り返ると白石澪が本棚の向こうから歩いてくる。
「山田君、お疲れさまです」
「ああ……こんにちは白石さん」
シャツの袖を折った彼女は本日の図書当番らしい。
ブラウスの第一ボタンが珍しく開いていて、白い鎖骨が見え隠れする。
視線を逸らそうとするが、彼女の背後にいる人物に気づいた。
「え!?千春!?」
幼馴染がニコニコと手を振っている。
黒縁の伊達メガネを掛けていて妙に似合っていた。
「こんにちは拓海~。私も図書室勉強しに来たの♪」
「ま……まじで?」
この空間に女子二人と男一人。どんな修羅場だよ。
しかも千春は迷いなく俺の隣の席に座る。
「さてと……まずは日本史のノート貸してよ」
「え?ああ……はい」
慌てて鞄からノートを取り出すと、千春の手が重なった。
細くしなやかな指が俺の手の甲に触れる。
「ありがとう。これでテストはバッチリかな」
彼女が微笑みながらページを捲る。
その仕草に妙な艶があるのは気のせいだろうか。
「ところで山田君は何の勉強してるんですか?」
白石さんがカウンター越しに尋ねてきた。
「数学です……この三角関数の問題が分からなくて」
「なるほど。じゃあ私が教えましょうか?」
「えっ!?」
「今日はもう閉館なので」
「じゃあ、お願いします」
「千春ちゃんも一緒にどう?」
「え!?あ……うん!いいよ!」
いつの間にか合同勉強会になってしまった。
俺を中心に女子二人が左右に着席する。
千春は自然に俺の肩にもたれかかりそうな距離だし、
白石さんは前かがみになってノートを覗き込んでくる。
(近い……近すぎる……)
白石さんのサラサラの黒髪が俺の頬をかすめる。
シャンプーの香りに混じってほのかな温もりを感じる。
「ここはこうやって公式を代入して……」
説明する白石さんの声が低く心地よく響く。
「ねえ拓海、この蛍光ペン借りてもいい?」
「うん……どうぞ」
ペンを渡そうと手を伸ばした瞬間、千春の指先が俺の掌に触れた。
「わっ!ごめん!」
「いや……別に……」
慌ててペンを握り直す俺。
心臓が早鐘を打っている。
図書室の静寂の中、自分の鼓動だけが耳につく。
「じゃあ実際に問題を解いてみてください」
白石さんの指示で演習を開始する。
教えてもらったから難なく解ける。けれど集中できるはずもない。
右を見れば千春の横顔、左を見れば白石さんの真剣な表情。
(こんなの勉強どころじゃない……)
30分ほど経過したときだった。
突然雷が轟音と共に落ちた。
窓ガラスがビリビリと震え、停電が起きる。
同時に雨が降り始めた。
「きゃっ!」
暗闇の中、千春が悲鳴を上げて俺に抱きついてきた。
柔らかな感触と甘い香りが全身を包む。
「大丈夫!?」
「怖いよぉ……」
震える声で訴える千春。そういえば雷が苦手だったな。
同時に左腕にも温もりを感じた。
「白石さん?」
「すみません……急だったので」
どうやら彼女も俺の腕に掴まったらしい。
両サイドから柔らかい身体が押し付けられている状態。
(こんな奇跡があっていいのか……!?)
二人ともギュゥっと抱きついてきて動けない。
雷はまだ止む気配がない。
暗闇の中、俺は固まっていた。
「山田君……」
白石さんの掠れた声が耳元で囁く。
「まだ暗いですよね……」
「うん……」
「じゃあ……もう少しこのままでいてもいいですか?」
「えっ!?」
「私、雷苦手なんです……」
予想外の告白。
完璧超人のイメージだった白石さんにも弱点があったなんて。
「そ……それなら仕方ないね……」
「ありがとうございます……」
彼女の吐息が首筋にかかる。
微かに震えているのが分かる。
一方千春は相変わらず俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくっている。
「拓海ぃ……こわいよぉ……」
「大丈夫だから。落ち着いて」
頭をポンポンと叩いてみる。
すると千春はさらに強く抱きついてきた。
(なんだこの状況……天国か?俺、雷で死んだの?)
ムニュゥ……ッ!
突如両側からの圧力が増す。
「山田君……あったかいですね……」
「拓海の匂い……安心するぅ……」
(ちょっ……!?待ってくれ……!)
白石さんの柔らかい胸が俺の腕に密着している。
千春に至っては完全に体重を預けてきていて、太腿までもが絡み合っている。
「ごめんなさい……でも離れたら怖いんです……」
「拓海ぅ……もっとぎゅーしてぇ……」
甘い台詞が交互に響く。
雨音と雷鳴がバックミュージックのように流れる。
俺は生きた心地がしなかった。
やがて電気が復旧し始める。
ぼんやりと明るくなっていく室内。
二人はゆっくりと体を離した。
「……あ、ありがとうございました山田君」
「ごめんね拓海……」
顔を赤らめる白石さんと千春。
その表情がまたたまらないくらい可愛い。
「あ……あはは……べつに」
何とか平静を装う俺。
内心では歓喜の舞を踊っているのだが。
「も、もう閉館時間ですね。続きはまた……」
「う、うん!また明日ね拓海!」
二人は慌てて立ち上がり、俺に背を向ける。
俺も荷物をまとめて後を追う。
図書室を出る際、最後に振り返った白石さんが小さく囁いた。
「さっきは……ありがとう。とても落ち着きました」
残された俺は放心状態だった。
(このモテ期……本気でヤバイ……)
心臓の鼓動が収まらない。
明日からどんな顔して学校に行けばいいんだよ……
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