9話 世紀末都市「二雲町」 その5
その4.世紀末都市
現在もまだ、神隠しによる行方不明事件は続いている。
【2000年代の行方不明者数のグラフ】
上記の通り、2000年以降も多少なり件数の増減はあれど、行方不明事件は横ばいに続いている。20XX年3月6日に発行された全国紙、「照日新聞」によると、その毒牙は拠点を二雲町近くに移した野党議員数名にまで向き、全国紙で報道されるような事件にまで発展したという(アーカイブ:http://…)。
更には先月、山を開発し、新工場を建設しようとした「奥原プラス株式会社」の役員や現場監督など、建設に携わる数名が行方不明になる事件(デジタル紙:http://…)が発生した。
要因はどうあれ、立場、老若男女問わず飲み込んでいく魔の山。その脅威は明治から今まで、全く衰えていないと言える。
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『ひ孫共々、オレの腹ン中入れェ!!』
「叶さん、危な…」
叶さんの腰に手を回そうとすると、彼女はそれを受け入れず、私を後ろに倒す。
なんのつもりだろうか。
私がその意図を測りかねているうちに、叶さんに拳が落ちる。
その拳は私の目の前で、まるで見えない壁に当たったかのように止まった。
挟まった叶さんが苦しそうに、しかし血管がはっきり浮かぶほどに力を込めていることから、彼女がバリアみたいなものを張ったのだろう。
バケモノの拳と、自分で張った壁の挟撃から解放された叶さんは地面に落ち、その場で激しく咳き込む。
「げほっ、げほっ…」
「叶さん!?」
『おっと、そこの貧相な肉。黙ってその中で見とくんだな』
「だぁれが貧相な肉…」
確かに起伏は少ないが、貧相とまで呼ばれる覚えはない。
怒鳴り声を返そうとして、それが止まる。
バケモノの指に挟まるのは、ぐったりとした2人の男女。その姿をよく見ると、叶さんと少しばかり似ていることがわかる。
ふと、叶さんを見ると、彼女の顔が悔しげに歪んでいるのが見えた。
「冬菜…、春香…」
『やっぱりなァ。コイツら、テメェらの血ィ引いてたクソガキだろォ?』
やっぱりか。嫌な予感はしたんだ。
叶さんが私だけを守り、相手の暴力を受け入れたのは、このことを予想していたからだろう。
バケモノは、えひっ、えひっ、と下卑た笑い声を漏らし、聞いてもないのに語り出す。
『偶然だったんだぜ、コイツらがここに来たの。いつも餌を釣るため、死にかけのやつをストックしててな。身代わりを見つけて連れてこいって言えば、どいつもこいつも死に物狂いでよそから攫ってくるわけ。
今回の餌がこいつら連れてきた時は嬉しかったぜ。テメェを誘き出して、なぶり殺しにできるかもってよ。
ああ、餌はきっちり吸い尽くしてやったぜ。そこにいたろ?』
「……………」
吸い尽くしたというのは、命を、と言う意味だろうか。
先ほどの遺体を思い返していると、叶さんの体をバケモノが蹴り飛ばした。
「がぁっ!?」
『まァ、だからって素直に来るとは思えなかったからよ。ダメ押しに、テメェの近くにいたガキにオレの妖力を引っ掛けてやったのよ。
そのくらいだったら、この山からでも出来たからな』
「小物クサっ」
『黙れ小娘!!オレはなァ…、このエセ巫女をブチ殺せばなんでもいいんだよォ!!』
やってることは小物臭い。
が、しかし。叶さんにとっては効果覿面だったのだろう。
叶さんは抵抗せず、落ちてくる拳をただ受け止める。
『ほらほら、耐えろよォ!?ぐっしゃぐしゃにして腹ン中入れてやる!!』
「ぐぎっ、ぎぃっ…!!」
「……………………」
私を守るバリアがだんだんと薄れていく。
『痛いか、痛いか、なァ!!でもなぁ、オレらのがもっと痛かったんだ!!
あんなちっせぇ村滅ぼしたくらいで、酷い殺し方しやがって!!』
「ごめん、なさい…っ」
『あぁん?なんつった!?』
「ごっ…」
攻撃の中、這いつくばった叶さんが額を地面に擦り付ける。
がっ、がっ、とバケモノの拳がその脳天に何度も降り注ぎ、地面を血で濡らした。
『そのくせ、テメェは長生きして、幸せそうなツラしてひ孫まで作りやがって!!
自分は何にも悪いことしてませんってか、ああ!?』
「………ごめんな、さい…。だから、子供たちだけは…、なにとぞ…」
『聞こえねぇなオイっ!!』
ごしゃっ、と大きく音が響き、私を守っていたバリアが砕けた。
普通に考えたら死んだと思えるような音だった。しかし、その一撃を喰らった叶さんはまだ生きてるのか、小刻みに震えてる。
それを見て気をよくしたのだろう。バケモノは笑みを浮かべ、一際大きく拳を振りかぶった。
『テメェをぶち殺したら、次はひ孫だ!!細かく千切って、テメェと混ぜてや…』
「あーもう無理」
我慢できない。腹立つ。
そこらの石を拾い、投げる。この間1秒足らず。大宮市ではもっと早く投げる人もいる。
もし効かなくても、ヘイトは私に向くだろう。その間に人質を救出して貰えば、あとはなんとかなるはず。
私が投げた石は人質をつまむバケモノの指を穿ち、呆気なく砕いた。
『………………………は?』
「あっ、なぁんだ。物理効くんじゃん」
てっきり効かないものかと思ってた。
落ちてきた2人をキャッチし、寝かせる。
顔色は悪いが、気を失ってるだけのようだ。命に関わるような状態じゃなくてよかった。
(妖に触れるには、霊力を纏わねばならん…。
だというのに、こやつ…、『ただ石を投げただけ』で妖の体を破壊したのか…?)
「さーて。これで人質が居なくなったわけだけど」
『……なら、もう一度奪ってやるよォ!!』
巨大な手のひらが私たちを捕らえようと迫る。
目の前のこれは知らないだろうが、大宮市民は人生で三度は大型トラックに突っ込まれると言う根も葉もない噂がある。
だからかわからないが、私みたいに力自慢が身内だと、時速80キロ近い大型トラックをパンチで返り討ちにできるまで扱かれる。
私の場合、伯父がそうだった。
迫る手のひらに蹴りを叩き込むと、前腕が砕け、中に詰まっていたものがぼろぼろとこぼれ落ちる。
『うぉおおっ!?!?』
「うっわ、どんだけ溜め込んでんのよ」
『お、オレの、オレの刀っ!オレの鍬っ!オレの命がぁあああっ!?』
「アンタのじゃ…ないでしょうが!!」
『ぐぉおっ!?』
「あっ」
しまった。つい手が出てしまった。
中身が抜け、脆くなった肩が吹っ飛んでいる。拳の風圧だけでここまで崩壊するか。
大宮の犯罪者の方がまだ耐える。
見かけ倒しにも程があるバケモノを前に困惑する私に、怒り心頭に発したそれが足を振り上げる。
『ちくしょぉ…、返せェ!!オレの…』
「ふんっ」
『あがぁあああっ!?!?』
落ちるそれに拳をぶつけると、膝から下が弾け飛ぶ。
言動があんまりにも最低すぎるせいか、ちっとも可哀想だと思えない。
バランスを崩し、倒れるそれを前に、私はため込んだモヤモヤを吐き漏らす。
「さっきから聞いてりゃ、過去現在やらかしてることぜーんぶ棚に上げて『自分は悪くないんですーびえーん』って、生意気なガキみたいな言い訳して…。
みっともないったらありゃしない」
『だ、だって…、悪いのはそいつだろ!!
オレは生きるために村を滅ぼしただけなんだぞ!?悪いのはそこにあった村…』
「な訳あるか」
『あばぁっ!?!?』
こいつと会話を交わす度、ストレスが溜まる。もう才能だと思う。
放った拳の風圧が、バケモノの顎に刺さる。
私が想像したよりずっと脆かったのだろう。顎が外れ、顔に溜まっていた中身が溢れた。
『おごっ、ごご、ごっ…、ぐ、ひぁ…っ』
「あっ、ごっめーん。顎砕けちゃった。
ま、いいわよね。ムカつくよーな言動する『アンタが悪い』んだから」
『はぁ!?!?』
「アンタの理論よ。文句ないでしょ」
あっても言えないだろうけど。
拳を握り、大地を踏み締める。
(な、なんじゃ…!?ただ拳を握っておるだけなのに…、空間が歪んで…!?)
『やへへっ…、やへへぇぇええええっ!!』
今、「やめて」と言ったか、こいつ?
これまでの1300年で誰かの命乞いを聞いたことがあったのか?
そのセリフを吐けるだけの1300年を送ってきたのか?
「やめて、だァ…?」
『ひ、ひぁっ…』
生い立ちや死因に関しては、「時代が悪かった」といえばそこまでだろう。
しかし、現代に至るまでの殺戮に関しての責任はコイツにある。
確かに、コイツを生み出す原因となってしまった叶さんにも、責任の一端はあるのかもしれない。だが、やったのはコイツだ。
加害者が被害者に責任を押し付けるな。
腰を抜かし、逃げていくバケモノに狙いを定め、大地を蹴った。
「他に言うことォ、あんだろうがァッ!!!」
『ごぉおおおおおおおおっ!?!?』
渾身の一撃が、バケモノの背に突き刺さる。
衝撃に耐えきれず、パンパンに膨らんだ風船のように弾け飛ぶそれ。
宙に飛び、ぼとぼとと落ちる中身と破片。その一つが私の脳天目掛けて落ちる。
最後の悪あがきか、それとも偶然か。なんにせよ腹が立つ。
私はそれを砕き、舌打ちを送った。
「反省って概念、脳に詰めてこい」




