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8話 世紀末都市「二雲町」 その4

その3.伝承


ここで疑問になるのは、「犯人不明の行方不明事件とどう折り合いをつけて暮らしているか」である。


私もそうなのだが、二雲町で暮らす人間は突如として起こる行方不明について疑問を呈すことは少ない。事件が起きると、口々に「さんづさんが出た」という。


【古びた本の画像】


上記の画像にあるのは、二雲町会館に保管されている、明治中期に書かれた怪談集である。その中に二雲町で起きる行方不明によく似た話があった。


それが「さんづさん」である。


【壊れたからくり人形のような妖怪の画像】


不用意に山に近づいた者から農具や着ている服、さらには命に至るまで奪うと言われている妖怪だ。その妖怪に取り込まれた人間は、何の痕跡も残すことができないという。

実はこの怪談が伝わっているのは、二雲町だけではない。「本当にある怖い話100選」152ページには、「その伝説はここだけではなく、その近隣である七地(ななち)町、山を挟んだ場所に位置する一山(いちやま)町にも根付いている」という。


このことから、二雲町をはじめとする「さんづさん」が伝わる地域は、行方不明事件を実在する怪談話として受け入れていると捉えることができる。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「………本当にこの先なんですか?」


食事を終えた私は、叶さんに連れられ、山と町を隔てる鉄柵の前に立っていた。

恐らくは不用意に入らないようにするための処置なのだろう。道に目立った整備はされておらず、雑草に隠れるようにして過去に拓かれたであろう道が見えるだけ。

入るだけでそこらじゅうかぶれそうだ。

私が露骨に顔を顰めるのを無視し、叶さんは鉄柵についた南京錠を外す。


「間違いない。『まあきんぐ』の元はここから来とるの」

「『マーキング』ってなんなんです?」

「あれじゃ。犬がそこらの電柱とか木にしょんべんかける」

「引き千切んぞ」

「……その妖特有の気配を擦り付け、獲物に印をつけることじゃ。

ワシも一応は妖じゃからのう。その気配を辿ってここまで来たわけよ』


例えとしては適切なんかい。ムカつく。

…そういえば、妖怪や幽霊の類って殴れるのかな。漫画だと「特殊な力がなければ触れもしない」みたいな設定が多いけど。

そっち方面は初音の方が詳しいんだよな。電話で聞いてみようか。

…圏外だった。麓付近でも圏外って、どんだけ田舎なんだか。

一応は観光地の近くなのになぁ、と思いつつ、私は浮かんだ疑問を叶さんにぶつける。


「…こういうのって普通、『立ち入り禁止』の立て看板とか、お札が貼ってある鳥居とか、見るからにヤバげなモンありませんか?」

「んなモンあるわけないじゃろ。アレの棲家はこの山じゃ」

「山……」


そう聞いて、私はカバンから姫咲 春香の論文を取り出し、覚えのある場所に目を通す。

歩きながらなので、ちらちらと足元を確認しながら。


「なんじゃ、それ?」

「あなたのひ孫さんが書いたレポートです」

「なんでお主がそんなもん持っとるんじゃ?」

「教授から預かってるだけです」


あった。「その3.伝承」。

この地域に根付く「さんづさん」という伝説。流石に二雲ほどではないにしろ、その近辺の町にも同じ話が伝わっており、ほんの2、3件だけだが神隠しも起きていると言う。

地図を見ると、神隠し事件が起きた場所はどれも山の近くだ。


「……なるほど。元凶がこの山自体を棲家にしてるから、近辺にも似たような伝承があったわけか」

「なんじゃ?わざわざそんなもん調べとったんか、あいつ?言えば手伝ったというのに…」


確かな情報源なのだろうが、馬鹿正直に情報源を書くわけにもいかないだろうに。

呆れた視線を向けていると、ふと、叶さんの歩みが止まる。


「ん?どうしました?」

「……………ついてこい」


冷たい声で告げ、先行する叶さん。

急激な態度の変化を疑問に思いながらも、彼女に続く。


「?」


進んでいくに連れ、おかしなものが見えた。

人影だ。木にもたれかかっている上、木漏れ日が逆光となってよく見えないが、確かに人の形をしている。

鉄柵には南京錠がつけられていたはずだ。よじ登って入ったのだろうか。

私たちの場合は所有者のおじいさんに許可を取って入ってたからいいけど、この場合は不法侵入になる。

注意して素直に聞くかなぁ、と疑問に思っていると、その人影の姿が顕になる。


「……………うげっ」


結論を言えば、それは「人だった」。

何か恐ろしいことがあったのだろう。木の幹に引っかかった爪はほとんどが剥がれかけ。

足は機能しなかったのか、ここまで必死に這いずってきた、草木が折れた跡が先に続く通路に見える。

外傷はない。まるで動いてる途中で電源を切られたおもちゃのように力尽きている。

毒でも食べたのだろうか、と疑問に思っていると、叶さんが声を張り上げた。


「いちいち気にするでない。奥に行くぞ」

「えっ…、いや…」

「報告してもここいらの人間は来ん。それは警察も同じじゃ。

いくら仕事とはいえ、これの仲間入りはごめんじゃろうしな」


はて。レポートの中には、遺体が確認されたケースなんて書かれていなかったはず。

疑問が頭をよぎるも、すぐにそれは氷解する。


───── たまに「行方不明者が帰ってきたことを報告する記事もある」とのだが、私が調査した限り、そのような記事は見つからなかった。


序論部分にて言及されていた、「行方不明者が帰ってきた」という記事。

推測するに、姫咲 春香は生存して帰ってきた者の記事だけを調べてしまったのだろう。

その結果、「遺体が見つかった」というケースを見落としていた。

あの教授がこれに気づかないとは思えない。このレポートを私に渡す前に、遺体が発見された旨の記事を調べていたという可能性も考えられる。

もしそうだとしたら最悪だ。こんな危険な調査を生徒に任せるだなんてどうかしてる。私に何かあったらどうすんだ。

何度も浮かんだ愚痴を飲み込み、叶さんに続く。


『クソ巫女ォ…!!』


瞬間。幾重にも重なった男の声が響く。

背後からだ。先ほどまでは感じなかったはずのそれが、絡みつくような視線を注ぐのが伝わってくる。

私たちが振り返ると、怒号がビリビリと大地を震わせた。


『余裕かましてのこのこ来やがって…!!

オレのことを覚えてるか、なァ!!狐憑きのエセ巫女がよォ!!』


その姿を一言で表せば、割れた武士の人形。

その脳天にはぽっかりと穴が空いており、農具や衣類、果ては人らしきものが乱雑に詰まった中身がよく見える。

ボロボロと中身をこぼしながら迫るそれは、見えているのかも不確かな目で叶さんを睨め付ける。

それを前に叶さんは、先ほどまでの柔らか雰囲気から一転、悪鬼羅刹のような顔でそれを睨み返した。


「……なるほど。『さんづさん』とやらは『お前ら』じゃったか。

どうやら、あれだけの死をもってしても反省はなかったようじゃな」


その一言が何よりの答えだったのだろう。

がしゃがしゃと音を立てて動くそれが再び怒鳴り、木々を震わせる。


『テメェのひ孫をこの中でじわじわとブチ殺してやろうと思ったが、気が変わった!!

末代に至るまでこの腹に入れて溶かしてやる!!!』


叶さんの故郷を奪った山賊の成れの果て。


それが叶さんに向け、濁流のような殺意と悪意を垂れ流した。

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