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7話 世紀末都市「二雲町」 その3

1300年前。叶が生まれたのは、山の麓にある小さな農村だった。


後の歴史書を見ても、どこの誰が治めているのかもわからない、そんな場所。

そこにある小さな稲荷の分社が彼女の生家。神職の家系に生まれた彼女は、巫女として神社の管理に勤しんでいた。

村の安寧のため奔走しながらも、愛情を注いでくれた父。先代の巫女として厳しく、優しさを持って育ててくれた母。住み着いてしまったため、霊獣として可愛がることにした狐。


3人と1匹の暮らしは、特段字に書き出すこともないような、穏やかなものだった。


畑を世話し、神社の掃除を済ませ、時折行事を執り行う。そんなありふれた日々が、叶にとっての幸せだった。

その繰り返しが、この先ずっと続いていくとばかり思っていた。


「お前ら!!畑に放るなよ!!

米が台無しになる!!」


ある晩、山賊がやってくるまでは。


恐らくは、凋落した武士の成れ果てだったのだろう。手入れの行き届いてない武器を掲げ、下品な笑い声をあげ、いとも容易く小さな村を踏み潰した。


それは、叶が暮らしていた神社も例外ではない。


朝方、いつも掃いていた石畳は血で汚れ。

霊獣として祀っていた狐の石像は砕け。

時を過ごした神社は、そのあちこちが壊された。


「とと、さま…、かか、さま…」


父と母は早々に殺された。

仇を取ろうとした叶もまた、逆上した山賊によってその胸を槍で貫かれてしまい、死へと向かっていた。


歴史の波に沈む、ありふれた悲劇。どこにも記録されない被害者として消えていく命。

破壊の限りを尽くし、全てを奪った山賊。

ただ日々を過ごしていただけで、なにもかもを失った自分。

叶はその全てを呪った。巫女にあるまじき怨恨が、死に際の身を焼いた。


『…………霊獣として崇められるよりか、こっちのが好みじゃの』


死に際で気が触れたのだろうか、とその時ばかりは自分の頭を疑った。

掠れる視界に映ったのは、幼い頃から可愛がっていた狐。

気のせいか、その尾が大輪の花のように、幾つも伸びているように見えた。


「ひ、ひぃ、ひぃい…っ」


次に意識を取り戻した時に見たのは、怯えた山賊の長の顔だった。

あの世に行ってまでこんなものを見せなくとも良いだろう、と最初は閻魔を恨んだ。

が、しかしだ。直後襲った情報の濁流が、自分の死を否定した。


飼っていた狐が、「天狐」と呼ばれる妖狐の一種だったこと。

悠久の時を生きたそれが、終の住処としてあの神社を選んでいたこと。

死に際の自分を哀れに思った天狐が、その全てを自分に明け渡したこと。


そして、内に秘める怨みで動き出した自分が、山賊を殺して回ったこと。


「ゔっ」


人はもちろん、獣すらも殺したことがない叶。

彼女は命を奪う初めての感覚に、耐え難い嫌悪と吐き気に襲われた。

それはひとえに、叶が巫女だったが故。

穢れが移るからと、解体される獣の死骸はおろか、干し肉すらも見たことがなかった。

しかし、記憶には山賊だったものの残骸がしっかりと刻まれている。

神に使える身でありながら、人を殺してしまった。それも、あんなに惨たらしく。

逆流する胃液を堪えようとすると、ふと、目の前の山賊と目があった。


「ひぇええっ!?ゆ、許して、許してください、許して…っ!!」

「……………は?」


何を言ってるんだ、こいつは。

そのみっともない姿を前に、急激に罪悪感や嫌悪、吐き気が薄らいでいった。

村人の命乞いなんて聞かなかったくせに。

父と母の命を簡単に奪ったくせに。

だというのに、そんな意味のない一言だけで許せと言うのか。


怒りのままに、死骸を一つ増やした。


平穏だった村を見た。

愛した家族。優しき隣人。どこを探しても、その死骸しか残ってない。

近い内、伝染病の温床として忌避され、死骸が風化するまで誰も近づかないだろう。

それでも、ここは自分が育った村だ。出ていこうだなんて思わない。

まだ真新しい血溜まりに反射する自分を見る。


母譲りの黒髪は白く染まり、瞳を囲うはずの白は、黒へと変わっていた。

頭頂部には狐のものらしき耳が。臀部からは、数えるのも億劫になる尾の束が揺れる。


全てがもう、戻らない。何度も突きつけられた現実を前に、叶だったものは涙を流せなかった。

その姿を、様子を見に来た隣村の住人が見ていたことにも気づかず。


こうして、叶の生まれ故郷は「狐に滅ぼされた村」として悪名を轟かせた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「それがここじゃ」

「……神隠しの原因それでは?」

「違わい!!」


でもなぁ。叶さんの正体について聞く限り、そうとしか思えないんだよな。

抗議する叶さんに半目を向けると、彼女は慌てて言い繕った。


「ほ、ほんとに違うからな?

10年ほどで人が来て再興したし、ワシはそこで稲荷の遣いとして扱われとったし、個人的な怨みもとうの昔に晴らしていたからな?

人を呪う理由なんてこれっぽっちもないからな?」

「………ん?あれ?ここって確か、明治まで開発されなかったんですよね?」

「噴火じゃ、噴火。当時、この山はまだ活火山じゃったからな。正しく言えば、この町の下に埋まっとるのがワシの故郷じゃ」

「あー…」


噴火が起きれば地形が変わる。そういう時代の流れに飲まれ、消えてしまったのか。

それなら違うのか、と思っていると、叶さんの眉間に皺が寄った。


「…全くの無関係というわけではないが」

「やっぱ原因じゃん」

「だから違わい!!」


その口ぶりは、自分が原因だという事実を誤魔化そうとしてる犯人のソレとしか思えなかったが。

私の半目に対し、叶さんは苦虫を噛み潰したような顔で「面倒くさいのう、こいつ」と呟いた。聞こえてるからな。


「その、曲がりなりにも稲荷の分社を置いてたおかげで、ワシが出ていくまで怨霊や妖が出たりはなかったんじゃが…」

「…村を移しちゃったから、そこに悪いものが住み着いちゃったと?」

「そうじゃ。ワシ、なーんも悪くない。謝れ」

「疑ってごめんなさい」

「よし、許す」


本当に関係なかった。疑り深い自分の性分を治した方がいいのだろうか。


「町が興った明治から現在に至るまでたびたび神隠しが起きておるとなると、かなりの力を誇る大妖じゃろうな。

この20年で何度か探しとるが、未だ尻尾が掴めんかった。…今日まではな」

「………はい?」


あ。なんか嫌な予感がする。


「お主、狙われてしもうたな。『まあきんぐ』されとるわ」


ほれ見たことか。培われた私の予感が、そう嘲笑ったような気がした。

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