6話 世紀末都市「二雲町」 その2
その2.神隠しの歴史
そもそも二雲町で起きる「神隠し」とはなにか。まずはその歴史について紐解いていく。
二雲町で「神隠し」が起き始めたのは、明治中期。1997年に発行された「オカルト雑誌ナー8月号」(デジタルアーカイブ:http://…)によると、「明治24年に発生した濃尾地震の影響により二雲に移住する者が急増。しかし、その3割ほどが一年以内に行方不明になっていた」という。
【明治初期から現在までの二雲町の人口推移、および行方不明者数のグラフ】
上記の図を見る通り、濃尾地震が起きて以降、人口、行方不明者ともに増加している。しかし、その原因を断定する記事はどれだけ遡れど見つからず、どれも原因不明扱いで終わっている。
大戦を生き抜いた私の曾祖母によると、「第二次世界大戦中には、赤紙を届けにきた配達員が行方不明となり、徴兵が遅れて戦争に参加できなかった者もいた」らしい。調べたところ、実際に「配達員が行方不明になった」旨の当時の記事を見つけた。
【新聞の画像を一部切り取ったもの】
発行された時期から推察するに、曾祖母が言っていたのはこの件で間違いない。
老若男女はもちろん、立場や生まれ至るまで無作為に人を隠す。その原因はいまだ明らかにされていない。
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二雲町。山の麓を切り拓いた町というだけあってか、私の家周りくらい何もない。気になるものといえば、山の中に作られた工場とか加工場くらい。
周りの住宅も軒並み古く、どの家にもどこかしらをリフォームした跡が見える。
「何にもないでしょ、ここ」
「あ、あはは…」
そんなこと言われても返答に困る。
…いや、確かに来て数秒で見飽きそうな田舎だけども。
私は誤魔化すように笑い、目を細めた叶さんをミラー越しに見る。
…やはり、ミラー越しに薄目だとよく見えない。
でも、確かに見た。強膜…目の白い部分が真っ黒に染まり、その中に血を垂らしたような赤い瞳。カラーコンタクトかと思ったが、眼球全ての色を変えるカラーコンタクトなんて聞いたことがない。
なんらかの人体実験でも受けていたんだろうか、と考えていると、後付けのカーポートが備え付けられた民家の前で停まる。
「おばあちゃん、榎代さん、先に降りてて。
私、バックが苦手でね。座席に人がいると、ぶつけそうで怖くって…」
「あ、はい」
すごくわかる。
私たちが車を降りて少し離れると、お孫さんがのろのろと車をバックさせる。
何回か微調整を繰り返す光景に死ぬほど共感していると、叶さんが私の肩を指で突いた。
「百華よ、ここいらの調査をするんじゃな?」
「え、まあ、はい」
「………そうか」
それだけ言うと、合鍵で家の中に入っていく叶さん。
なんの確認だったのだろうか。不安になるから、事前に情報を出しておいてほしい。
…いや、私が言えたことじゃないとは思うけど。
「ほれ、上がれ。長旅で疲れたじゃろ。しばらく休んでけ」
いいんだろうか、家主に許可も取らずに。
私が訝しんでいると、車から降りてきたお孫さんが声を張り上げた。
「遠慮しないで上がってってー!」
「………じゃあ、お言葉に甘えて…」
調査する時間、残るかな。
「あまり寛ぎすぎないようにしよう」と、私らしからぬ決意を抱き、叶さんに続いた。
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「お昼、まだでしょう?
よかったら、うちで食べてく?」
「あ、いえ、お構いなく…」
「ここいらに店はおろか、コンビニもないぞ。素直に聞いておけ」
「………はい」
「アレルギーはある?」
「特にないです…」
やめて。もてなさないで。くつろいじゃう。
ご飯なんていただいてしまったら、2時間は余裕で腰を据える。
しかしだ。なし崩し的とはいえ、おもてなしを受けてしまった以上、途中で断って離席するなど許されない。
ご飯食べたらすぐに出る。ご飯食べたらすぐに出る。…よし、決意完了。
単位さえかかってなかったらな、と内心嘆いていると。
叶さんがその目を開いた。
「……さてと。孫が飯を作っとる間に、この話だけは済ませておこうかの」
右目だけじゃない。両目の強膜が真っ黒だ。
墨でもぶちまけたかのような黒の中に、金の絵の具がポツンと落ちたかのような左目。
対する右目は真っ赤に染まっており、その奥に見える瞳孔は獣のように細い。
到底人間のそれとは思えない目をまじまじと見つめていると、叶さんの顔に呆れが滲んだ。
「ちっとは表情筋を動かさんか。
初音といいお主といい、リアクションが薄くて困るわ」
「わーおどろいた」
「もうちょっと棒読みを隠さんか」
「いや、そういうタイプの見飽きてるんですよ」
「見飽きとるってなんじゃ、見飽きとるって」
「いとこがそんな感じの目使いますし」
「どうなっとんじゃ榎代の血筋」
いとこ曰く、あの目は魔術の産物とかで、私たち姉妹は使えないらしい。
「魔術の才能がてんでない」とか言われてムカつき、おやつのシュークリームに大量のわさびを仕込んだのを覚えてる。
中学生になったばかりの頃は「かっこいい」と密かに憧れ、ノートに自分で考えた魔術とか書き殴ったものだ。去年の年末に棚から出土して、燃えるゴミに出したけど。
「……で、その目は魔術とか、そういう類ですか?」
「違うわ。病気みたいなもんじゃ」
「えっ…?切り替えとかできないんです?」
「そんなんせんくても生きていけたからのう。
結婚するまでの1300年あまりは社で暮らしておったから、特に不便もなかったぞ」
「………1300年?」
「あ、そこには驚くんじゃな。
…じゃ、これにも驚きはせんかのう」
言うと、彼女の纏う空気が更に剣呑なものになる。
思わず平伏しそうになるほどの威圧。
彼女はただ佇んでいるだけなのに、それがどうしようもなくありがたく、頭を下げなければならないような気がしてくる。
「何もしないでくれてありがとう」と、そう礼を言ってしまいそうになる。
私がその衝動に抗うのを知ってか知らずか、叶さんが小悪魔のような微笑みを見せる。
「お、少し眉が動いたの」
その顔は、到底人間のそれには見えなかった。




