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4話 第二の調査地

「いやぁ、今日はありがとう!

なかなか得難い経験をさせてもらったよ!」

「得難いで済ませていい経験じゃなかったと思いますけど」


どっぷりと日が落ちた頃。

終電まで粘って調査できたことがよほど嬉しかったのか、まばゆい笑顔で固い握手を無理矢理に交わしてくる教授。

爆破未遂という一歩間違えば大惨事待ったなしの凶悪事件に巻き込まれたのだ。出来ることなら「二度と来るかこんなとこ」と言って欲しかった。

今日の調査の収穫は、大規模な凶悪事件を書き連ねたあのクソ分厚い本のみ。これだけで満足するようなことは確実にない。


「これ、お給料。また今度頼むね」

「あざっす」

「じゃ、気をつけてねー」

「そちらこそー」


「もう頼むなボケ」と言いたかったが、差し出されたゲンナマを前になんとか抑える。

日給一万。当初言われていた金額の二倍だ。教授なりに色をつけてくれたのだろうか。

そんなことを思いつつ、受け取った金をしまい、電車の中に乗り込む彼女を見送った。


「………めんどくさい夏休みになるなぁ」


生まれて初めて、夏休みが憂鬱になった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「早よ起きんかー!!昼飯の時間やぞー!!」

「ん゛ぁ」


翌日。母の叫び声で目を覚ます。

携帯を開くと、時刻は12時26分。ちょうど昼ごはんの時間だ。

新調したばかりの布団を折り畳み、押し入れへとしまう。もうちょっとあの寝心地に浸っていたかった。

しかし、母に呼ばれてる以上は起きなければならない。起きなければ平手打ちが飛ぶ。

母は私のように暴力で困難を切り拓いてきた人間ではない。しかし、母の平手打ちはいつも、「大半の家事当番を押し付ける」という、極度の面倒くさがりである私には耐え難い罰と共に炸裂する。

私はシパシパする目をこすりながら洗面所に向かい、その道中で母と挨拶を交わす。


「……おあよ…」

「もう昼やで」

「夏休みぁんらから、寝ぁへへ…」


いつもだったら休みの日は遅くまで寝かせてくれるのに。

不満と欲求を漏らすと、母の怒号が響いた。


「あかん!もうちょっとしたらアンタにお客さん来るんやから、早よ着替えい!」

「えー…?おっちゃんとか…?」

「ちゃうわ!アンタの大学の先生!」

「………………は?」


大学の先生。そう聞いて一気に目が覚めた。


「えっと、誰が、なんて?」

「『よるはた』っちゅう先生が『昼過ぎに来ます』て、家に電話かけてきたんよ!」

「はぁ?」


なんで家の電話番号知ってんだ。教えた覚えないぞ。事務員にでも聞いたか、と疑問に思いつつ、携帯を開く。

10時ごろに2件の着信がある。どちらもチャットアプリの通話機能で、かけてきたのはあの教授。

なかなか私が出ないものだから、「成績について話がある」とか言って事務員さんに聞き、私の実家の電話番号を手に入れたのだろう。

昨日の今日で来るか、と呆れ、私は深いため息をついた。


「あんのクソアマ…」

「世話んなっとる先生をそんなふうに言うんやない」

「世話ひはほ、私はんはへほ」


アイツ、単位を盾に私に護衛させたくらいしかしてないぞ。法が許せばシバき回したい。

下着姿のまま歯を磨いていると、背筋に寒気が伝う。


「女としての慎みは持たんかい、バカ娘」

「…………ふぁい」


家なんだからいいじゃん、とは言えなかった。

軽く口を濯ぎ、残る歯磨き粉の清涼感を気にせず用意されていた着替えを掴んだ。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「いやぁ、若いお母さんだね!」

「五十路過ぎたおばさんですよ、あれ。

…それよりも、なんでウチ知ってるんですか?」


昼食後、少し経ち、母にもてなされた教授がむかつく笑顔をこちらに向ける。

おかしい。住所教えた覚えないぞ。…特定に至るまでのルートは大体わかるが。


「教務課に聞いたからだけど」

「情報リテラシーどうなってんだウチの大学」

「『進路のことで直接相談を受ける予定だったんだけど、連絡先と自宅の住所を聞き忘れた』って言ったら、すんなり教えてくれたよ」

「んなこったろうと思いましたよクソッタレ」


ストーカーとして訴えたらギリ勝てそう。慰謝料むしり取れないかな。これ相手には大したダメージにならないだろうけど。

やめろ、その「なんも悪いことしてないよ」みたいな爽やかな笑顔。腹立つ。

怒涛のように湧き出す愚痴をなんとか飲み込み、私は教授に問いかける。


「…一応聞きますけど、私の単位って…」

「まだ確定してないよ。あと1、2回は調査に付き合ってくれないと考えられないかなー」

「まさか今から回るとは言わないですよね?」

「いやいや、今日はまた別件だよ」

「はい?」


これ以上、何を頼む気なんだ。

何を言われても断るべきか、それとも受けるべきか。

選択必修の単位を人質に取られている事実に苛立ちながらも、私は差し出されたプリント数枚を手に取る。


「…なんすか、これ?」

「今期に履修した子の期末レポート。

出だしの文だけでも読んでみてよ」

「いいんですか、勝手に見ても?」

「許可は取ってるよ」

「……んじゃ、読ませてもらいます」


タイトルは『民俗学期末課題レポート〜地元の歴史「二雲町」〜』。

都道府県が書かれていない。地元をフォーカスし過ぎたタイトルだ。書くのがよほど面倒くさかったのか。

確かに都道府県を入れろとは書いてなかったが、と思いつつ、表紙を捲る。


「…………ん?」


───── 私の地元、「二雲町」は「世紀末都市」である。


見覚えがある、いや、ありすぎる一文が真っ先に目に飛び込む。

読み進めていくにつれ、自分の眉間に皺が寄っていくのを感じる。

ふと、教授に目を向けると、彼女は「面白いでしょ」と言わんばかりにニマニマしていた。


「面白いでしょ、それ。全く違う地域なのに、書いている内容は同じような地元ネガキャンなんだよ」

「毛色が違うでしょうよ、これは」

「人死ににも繋がってるし、大きな事件も起きてるよ?過程が違うだけで、結果は同じだ。

なにかしら、共通点があると思わないかい?」

「……大宮市の調査を進めるため、類似する場所を調べたいってことですか?」

「そゆこと。引き受けてくれるよね?」


爛々と輝くその目が「わかってんな?」と語りかけてくる気がする。

いや、十中八九、気のせいじゃない。誰かコイツから職権を取り上げろ。

逆らえない自分の立場を恨めしく思いながら、私は声を絞り出した。


「バイト代、弾んでもらいますからね…」

「もちろんだよ」

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