32話 世紀末都市「湖鳴村」 エピローグ
「ファッションを教えてください」
湖鳴村での一件を語った次の日。
がたたっ、と妹…8人兄弟の末っ子であるカエデが椅子から転げ落ちる。
そんなに私がファッションを気にするのが意外か、と呆れていると、カエデは恐る恐る問いかける。
「……ご、ごめんなさいね、もも姉。今、なんて言ったのかしら…?」
「その、ファッションを教えてください…と」
「………………」
何度も言わせないでほしい。こちらも柄じゃないのはわかってる。
しばらく尻餅をついたままフリーズしていたカエデだったが、彼女は手で作った筒を口に当て、叫んだ。
「緊急事態発生!!緊急事態発生!!雨霰嵐隕石天変地異ーーーーーッ!!!」
「私のことなんだと思ってんですか」
「終わりよーッ!!世界の終わりよーッ!!ド○ゲナイよーーーーッ!!!」
「方々に謝れ」
「あだっ」
いちいちやかましい愚妹の脳天を小突く。
そんなにありえないことか、私がファッションについて聞くだなんて。
…いや、ありえないな。私が着ている服は基本的に母ちゃんが買ってきたものばかりだ。
母ちゃんがまともな感性を持ってるから無難に収まっているだけで、私自身は着心地がいいかしか見ていない。
そのため、家の中ではほとんどスウェットやパジャマで過ごしている。
よそ行きの服の組み合わせは、たいてい母ちゃんが一度着せてくれたものしか着ない。
スキンケアはオールインワンをペチペチと馴染ませるだけで、化粧はリップクリームくらいしか使ったことがない。
なんてことだ。自分が女として終わってることに気づいてしまった。
…いや、これから変わる予定なんだ。今は終わってたっていいじゃないか。
私はカエデの肩を掴み、ずい、と顔を近づけた。
「カエデ。知っての通り、私には壊滅的にファッションセンスがありません」
「え、ええ…。それは知っているけれど…」
「衣服の組み合わせはほとんど親に任せきりです。正直、自分で似合ってるかどうかも判断してません」
「聞いててつくづく思うけど、もも姉って本当に女なの?」
「生物学上は女ですよ」
人間の女かどうかは、いろんな意味で怪しいラインにいるが。
これまで見た目に頓着してこなかった自分を恥ずかしく思いながら、私は深々とカエデに頭を下げた。
「ですので、頼みます。男の人に『これお母さんが選んだやつなんだな』って思われないファッションを教えてください」
「……………」
「あの、カエデ?」
「もも姉がメスになったーーーーーッ!!!」
「生物学上はメスですってば」
言いたいことはわかるけれども。
家中に轟く大声で叫び散らす愚妹に、私は何度目かの拳骨を落とした。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「………あ、すり抜け」
「おい。ちょっとは店番らしく降るまえ」
その頃、春香の曾祖母…叶が営む古物商にて。あまりの客の少なさに暇を持て余したのか、榎代家次子…初音がアプリゲームに齧り付く。
一方で商品棚周りの掃除に勤しむ春香がそれを言い咎めると、彼女は「はぁい」と素直に携帯をしまった。
「…………」
「…………」
暫し沈黙が続く。
この古物商には、あまり客が来ない。来たとしても、退魔師案件の客ばかり。
古物商そのものの需要があるとは、世辞にも言い難かった。
無論、皆無というわけではない。だが、外は37度と真夏日真っ盛りで、さらには平日の昼間だ。ただでさえ少ない客足が遠のくのも、無理もない話だった。
「……ねえ、春香さん」
「なんだ?」
沈黙を破ったのは、初音だった。
暇に耐えきれなかったのだろう。そう考えた春香は掃除の片手間に声を返した。
「春香さんって、お姉ちゃんのことどう思ってます?」
初音は8人兄弟の次子だ。彼女が言う「お姉ちゃん」は、百華しかいない。
質問の真意が見えず、春香はその問いを反芻した。
「百華さんのことをどう思ってる…とは?」
「こないだ喫茶店で、あの鉄仮面泣かせたみたいじゃないですか」
「いろんな意味で誤解されるような言い方やめろ」
意図的に泣かせたわけじゃない、と付け足し、埃取りの勢いを強める春香。
しかし、初音はそれを意に介さず、彼に問いかけた。
「店長に聞いたんですけど、私が非番の日にお見合いもしてたらしいじゃないですか。
それで、もしかしてお姉ちゃんに気があったりするのかなー…なーんて」
「お見合いとは言わんだろ、アレは…」
叶の快活な笑みが浮かぶ。
春香は呆れと苛立ちをため息として吐き出し、埃取りを所定の場所に戻した。
「……どうなんだろうな。そういう経験がないからわからん」
「でも、寄り添う旨の発言はしたって聞いたよ?」
「…………誰から?」
「叶さん」
「…………あれは命の恩を返したくて言ったことだ。異性への好意というわけじゃない」
きっと、妖術か何かで覗いていたのだろう。
先日の出来事を思い返し、顔を赤くする春香。
らしくない、クサいセリフを吐いてしまった。今更ながら羞恥に苛まれる彼に、初音はニンマリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「春香さん、気を付けてねー。ウチの家系、そういう男を籠絡するのが天才的に上手いから」
「なんだ、その不吉な台詞は…」
その言葉が真実だと春香が知るのは、もう少し先のことだった。




