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30話 世紀末都市「湖鳴村」 その7

「うぉ…、結構SFチックなんですね…」


湖にあった小屋、そこに隠されていた階段から、地下に降りた私たち。

その瞳に飛び込んできたのは、ハリウッドのSF映画のセットみたいな、近未来的な空間だった。

滑らかな白い壁。青い照明。そこかしこに走る、幾何学的な紋様。

私がそれに感嘆の声を漏らすと、再現ロボットが解説を始める。


「オリジナルの趣味だな。過去に見た長期シリーズ映画に影響されているらしい」

「あー…、そんな感じしますね…。私、あれ途中で寝る自信しかないのでよく見てませんけど」


母がシリーズファンで、休日はサブスクでよく流していたが、私は興味が持てずよく見ていなかったことを思い出す。

こういうデザインを最初に思いついた人は誰なんだろうか。あのシリーズが金字塔ではあるが、元祖なのかはわからない。

そんなことを思いつつ、並ぶ機械に目を向ける。

どれも人型ロボットなのだろう。人の骨を思わせる構造の機械がいくつも並び、組み立てられている。

だが、そのほとんどにはある違和感があった。


「…人型ロボット…にしては、物騒なものが多くない?」


ガトリングや光線兵器らしきものが、機械の至る所に内蔵されていたのだ。

ただ人の仕事を任せるだけなら、そんなものは必要ないはず。

記憶の中の彼らしくない光景に疑問を覚えていると、再現ロボットがため息をついてみせた。


「先に言っておく。多分、お前の記憶にある耶麻斑 修司と今の耶麻斑 修司は、少し違う」

「……?まあ、2年もまともに顔を合わせなけりゃ、多少は変わるでしょうが…、ほぼアンタなんですよね?」


ふるふる、と再現ロボットが首を横に振る。

彼は耶麻斑 修司を再現したロボットのはずだ。これから会うオリジナルの耶麻斑 修司も似た様な性格と言動をしてるんじゃないのか。

しかし、彼は首を横に振った。

それはつまり、目の前にいる耶麻斑 修司は、今の耶麻斑 修司ではないというわけで。

急激に沸いた不安に、私は唇を震わせ、問いかけた。


「なにが、あったんです…?」

「ちょっと、いろいろな」


気まずそうに目を逸らす再現ロボット。

忘れていた。忘れてしまっていた。当たり前のことすぎて、見落としていた。


ここは大宮。いつ誰がどんな悲劇に見舞われても、不思議じゃない。


「正確に言うと、俺は『今の耶麻斑 修司になる前の耶麻斑 修司』を再現したロボットだ。

記憶、思想共に、耶麻斑 修司の記憶を一部切り取って、AIを組んでいる」

「切り取って…、って、どのくらい?」

「…お前の知る耶麻斑 修司を再現するのに不必要な部分丸々だ。俺は、情報としては知っているだけ。

それを受け取ってどう感じたか、オリジナルしか知らん」


少なくとも、人格、価値観が歪んでしまうなことがあった。彼はその不自然を機械を使って誤魔化した。誤魔化せてしまった。

今の彼はどうなっているんだろうか。私が好きになった彼は、まだいるんだろうか。

再現ロボットと共に足を進めるたび、ばく、ばく、と心臓が鳴る。

振り返ると、初めて呼吸が上手くできないと思ったのは、これが初めてだったかもしれない。

ふー、と乱れる息を整えると、ふと、再現ロボットの歩みが止まった。


「…っと、ここから先は俺は立ち入り禁止だ」

「立ち入り禁止…?」

「オリジナルに言われてるんだ。自分の前に顔を出すな、ってな。よっぽど『前の自分』がムカつくみたいだぜ」


つまり、この先に本物の耶麻斑 修司がいるのか。

役目を終えた、と言わんばかりにその場に止まり、私を見送る再現ロボット。

私はそれを尻目に、恐る恐る前に進む。


「………お、お邪魔、してまーす…」


声を出しても、返事はない。

しかし、聞こえてはいたのだろう。機械の前で作業していただろう、人影が揺れる。

間違いない。再現ロボットよりやつれているものの、そのシルエットは確かに耶麻斑 修司のものだった。


「……物騒なものばかり作ってますね」


その瞳がこちらに向けられる。

いつも「どう楽するか」を考えて、爛々と輝いていた、あの瞳じゃない。

真っ黒だ。日本人だから、なんて理由で片付けられないほどに、光のない瞳が私を見下ろしている。

しかし、彼は以前と変わらぬ爽やかな笑みを向けてみせた。


「そりゃ、本気で世界征服してやろうと思ってるからね」


世界征服、なんて言葉が彼から飛び出るだなんて思わなかった。

いや、確かに機械による政の方が楽だ、とは言っていたが、だからと言って実行に移そうとするような人間じゃなかった。

変わっていないようで、明らかに変わっている。

そんな違和感がちりちりと脳を掻き乱す中、私は恐る恐る口を開く。


「……なんか、随分やつれてますね。ご飯食べてます?」

「食えてねーよ。なにせ、家に金がほとんど残ってないもんでよ」

「えっ…?」


後で知ったことだが、彼の父は、大きいとは言い難いものの、そこそこの規模を誇る半導体製造メーカーの協力会社を営んでいた。

半導体の需要を考えると、地方でやっていくなら十分な利益があった。

そのため、いつも訪れる彼の家には、最新式の家電やらゲーム機やら、そこかしこに豊かさが滲んでいた。少なくとも、金がないだなんて口が裂けても言えないくらいには。

私の疑問に気づいたのだろう、彼は作業に戻り、声を張り上げる。


「親父が社長やってるって話はしたか?」

「………いえ、初耳です」

「…ま、そこそこの会社の社長が俺の親父だと思ってくれたらいい。

そんでさ、付き合いかなんかで、議員の息子を雇いやがってよ。それがまあドラ息子で、やらかしのオンパレードだったんだと」

「…………」


雑談のつもりなのだろうか。それとも、誰かに共有したかったのだろうか。

彼は淡々と自分の家に何があったかを語る。


「ちょうどその頃…、二年前、あの宿題が出される少し前から、そこの山に新工場立ち上げる計画してたんだとよ。

んで、そのドラ息子がコネを使って無理矢理に、新工場立ち上げ計画を担当する一人になっちまったわけだ」


功績が欲しかったのか、それともお金が欲しかったのか。なんにせよ、まともな理由での参加ではあるまい。

社会人経験や社会人としての知識はないものの、中学生でも自分勝手だとわかるような行いだ。


「無論、そんな奴がいきなり大きな仕事をしようったって、上手くいくわけがない。

細かいミスが重なり、ミスをカバーしようと数字を誤魔化す…。そんなのが積み重なった結果、何が起きたと思う?」


その問いに過ぎるのは、ここまで出会ってきた村人ロボットたち。

薄らと浮かんでいた悪い想像が、現実味を帯びる。

私は震える声で、確信の伴わない想像をぶつけた。


「………この村を飲み込むほどの土砂崩れかなにか、ですよね?」

「正解」


怒りに震えるでもなく、あっけらかんと言い放つ彼。

もはや何も感じないほどに疲弊しているのか、怒りすぎて冷静になっているのか。

その真意を測りかねていると、彼は嘲るように笑った。


「やらかした本人はバレる前にパパに泣きついて一切の責任から逃げやがった。そのせいで、親父だけがバカを見た。それがあの宿題が出た日に起きたことだ。

おかげでうちはスカンピン。親父もお袋も、ほぼ一日中働いてら」


これも捨てられてたジャンク品から作ったんだぜ、と付け足す彼。

一つの会社、一つの家庭を踏み躙ったカスが無傷で逃げ仰せ、それを雇わざるを得なかった人間がその責任を押し付けられた。

聞いてる私でもムカっ腹が立つような話だ。

その渦中にいた彼は、どれほどの辛酸と屈辱を味わったのだろう。


「やっぱ人はダメだ。機械じゃないと納得できる仕事をしない。

機械じゃないと、公平な世の中を作れない」


おそらく、彼が学校に来なくなった理由は、面倒くさいから、などという理由じゃない。

耶麻斑 修司は、人を見限ってしまった。

探せばどこにでもあるような理不尽によって、人に失望してしまった。


「……有史以来、公平という概念ってあったんですかね?」

「ま、ないだろうな。だから俺が作ろうとしてるわけだ」

「政と機械いじりは別でしょうよ」

「んなことはわかってる。だけど、どうにも抑えられないんだよ」


がしがしと頭をかき、怒りを滲ませる修司。

瞬間。私の背後から、夥しい数の駆動音が響いた。


「だから、俺は機械が支配する世界を作る」


濁った彼の瞳。その表面は、数え切れないほどの再現ロボットが私に向け、武器を向けた姿を反射していた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「とまぁ、アイツは家の凋落によってそんな大暴走をかましたわけです」

「人類の危機じゃないか」

「ええ。人類の危機でしたよ。ぶん殴って止めましたけど」


多分、止められてなかったら、じわじわと人類の機械化が進んでいたんだろう。今頃は日本全土が機械の支配下に置かれていたかもしれない。

あり得たかも知れない未来を想像していると、春香くんは苦笑し、呟いた。


「よく好きな人をぶん殴れたな…」

「おっちゃんから『そういう拗らせ暴走かました奴は一回ぶん殴れば止まる』と教わったもので」

「………止まったか?」

「まあ、一応。村ごと息の根も止まりましたけど」


しん、と空気が冷える。

…今のは不謹慎が過ぎたか。茶化せばまだまともに話せるかな、と思ったが、変にふざけない方がよさそうだ。


「結論を言えば、殴るのが遅過ぎたんですよ。耶麻斑 修司にはもう、まともに人間社会でやってけるメンタルがなかった」


二年。10代の二年は、人格を変えるのに十分すぎる時間だった。

それこそ、仲の良かった友だちを殺して、その代わりの機械を作ろうをするくらいには。

私は彼の家の凋落を知らなかった。いや、正確に言えば、知れなかった。

なにせ、彼の父が社長だったなんて初耳だったから。

修司は自分から家族の話を滅多にしなかった。したとしても、「高価なアイアンを買ったのにスコアがガックリ落ち込み、物置の肥やしになった」なんてつまらない話ばかり。

それ故に、私は彼の変化を悟ることができなかった。


「……彼が上手く誤魔化していた、といえば、それまでかも知れません。でも、私は彼がああなる直前まで、近くにいたんです。

気づこうと思えば気づけた。知ろうと思えば知れた。それをしなかった結果が、あの事件でした」


私が知った時は、すでに取り返しがつかなくなっていた。

ほんの少し踏み込めば止められたかも知れない。ほんの少し、勇気を出していたら、彼を救えたかも知れない。

その可能性がチラつくたび、ひどく悔しくなる。


「……ほひはへふ、はひほはへははひへふへふ?」


多分だが、「取り敢えず、最後まで話してくれる?」とでも言ってるのだろう。

もごもごと蠢くトマト顔を前に、私は眉を顰めた。


「…………シリアスブレイカー過ぎやしませんかね、このトマト」

「トマトにしたの私たちだぞ」

「そうだった」

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