3話 世紀末都市「大宮市」 その2
「事情聴取は以上でーす。今日1日は警戒しといてくださいねー」
「あーい。おづぁれさーす」
いつもの適当な返事を返し、次の現場に向かうであろう警官を見送る。
大宮市でのパトロール業務は「地獄巡り」と揶揄されるほどに過酷だ。
そこらじゅうで凶悪事件に出くわすのだから仕方ないことだが、キャリアのために頑張ってほしい。命の保証はされてないだろうが。
「…あんな大事件があったのに、こんな簡単に解放されるもんなの?」
「事件に対して警官が少ないせいで、いちいち構ってられないんですよ。
警備に回す人員もないんで、予想される報復は私たちが迎え撃つ必要があります」
「報復?」
「こーゆータイプの犯罪者は、基本的に捨て身なんですよ。邪魔者を見たらなりふり構わず殺しにくるくらいには」
どんな動機かは知らないが、店ごと爆破するなんて大胆な手段を取るくらいだ。
例えしょーもないキッカケだとしても、恨みは深いだろう。
「警備会社とかにボディガード頼む?」
「そんなすぐに対応してくれるとこなんてありませんし、雇ったところでまとめてボンがオチです」
それだけならまだマシな方だ。過去には「雇った奴もグルでした」なんて最悪なケースもあった。
腐るほどある前例を思い返しながら、車を隅々まで確認する。
「なにしてんの?」
「何か仕掛けられてないか確認してます」
事情聴取の間に爆弾を仕掛けられてもおかしくはない。
この街では、車に乗る前に一通り異常ないかを確認し、「異常なし」と判断してからじゃないと乗ってはいけないのだ。死ぬから。
「よし、異常なし。さ、乗ってください、ちゃっちゃと調査進めますよ」
「…あのさ。発進した途端、『ボォン!』…とかないよね?」
「そういうのもあるにはありますが、あの短時間で他の客に見つからずに仕掛けられる類のはすぐに見つかるモンばっかですよ」
この街の事情聴取はすぐに終わるから、その間に細工しようにも時間が足りない。
渋る教授をそう宥めて助手席に乗せ、アパレル店の駐車場から離れた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
次にやって来たのは、図書館。
無料の駐車場に車を停めると同時、助手席から降りた教授が聳えるそれを見上げ、感嘆の息を漏らす。
「おぉー…。造りが新しいね。
建て替えたばっかなのかな?」
「わかりませんね。私、ここじゃなくて家に近い図書館を利用してるんで」
「ふぅん…。そっちにもあとで行こうかな?」
「はいはい、時間があったら寄りますよ」
向かう途中でなにかしらの報復があるかと思ったが、案外すんなりと着いた。
しかし、安心はできない。ここの犯罪者たちは要らん方向にアグレッシブなのだ。犯行を邪魔すれば、その日のうちに殺しにかかる。
教授を人質に取られたら面倒だ。しばらくは目を離さないでおこう。
意気揚々と図書館に向かう教授に続き、自動ドアを潜る。
「おはようございまーす」
司書さんに迎えられ、特有の匂いと雰囲気が漂う空間を見渡す教授。
図書館なんて飽きるほど入ってるだろうに、顔からワクワクが滲み出る様は、まるで遊園地に来た子供だ。
「郷土史のコーナーどこかな?」
「そっち曲がって奥です」
「ありがと」
私が指差した方へ、年甲斐もなく駆け足で向かう教授。つくづく私と10近く歳が離れてる大人とは思えない。
好奇心がそのまま形になった人なんだな、と呆れながら、教授の後に続く。
休日の昼頃だが、インターネットが発達した今、図書館を利用する客はいない。職員の方も、静かにはしゃぐ教授を見るだけで、基本的には暇そうだ。
撒いたか、それとも外から仕掛けてくるか。
手当たり次第に郷土史を手に取っていく教授を尻目に、周囲を警戒していると。
教授が、くいっ、と私の裾を引っ張った。
「どうかしました?」
「これ、読んだ?」
教授が見せたのは、市が編纂した『大宮市大規模犯罪記録1890〜1940』とその続きであろう『1940〜2000』。
どっちも並の辞書よりデカい。手に持って読むだけで腱鞘炎になりそうだ。
私が首を横に振ると、教授は呆れたようにため息をつく。
「こういうものがあるなら使う。
レポート書くなら、ネットに転がってるものや近場の図書館だけで済まさないの」
「それ使い始めたら文字数制限ブチ超えそうだったんで」
「…なら仕方ないかあ」
それまで使い出したら、あの期末レポートの文字数を余裕でオーバーする。多少は許容してくれるだろうが、あまりに文字数が多いと「適切な長さにまとめる能力がない」として、合格点に満たない点数しかもらえない。
無論、文字数制限の細かい決まりは大学や授業によって千差万別だろうが、少なくともクソデカ本をその場で開いて読み込むこの教授はそう言っていた。
「ふん…、ふむ………」
「…いや、読書コーナーありますから、そっちで読みましょ?」
「………………」
「………ダメだこりゃ」
私と同じく、自分の世界に生きてるタイプの人だ。どれだけ話しかけても聞かないだろう。
説得を早々に諦め、ページを捲っていく教授を観察する。
私のように、流し読みして使えそうな部分だけ読み込んでいるのかと思ったが、目の動きを見るにちゃんと全部読んでる。速読術でも身につけてるんだろうか。
「……………ひまだー…」
早く読み終わってくれ。立ってるのキツいんだぞ。周りを警戒してる以上、スマホを見るとかも出来ないし。
しかし、私の懇願どころか、口にした大きな呟きすらも聞こえてないのだろう。10分ほどかけて一冊目を読み終えた直後、話しかける暇もなく二冊目を読み始める教授。
マジかこいつ。速読もそうだが、次の本を開くのがあまりにも早い。いや、速い。普段どんだけ本を読んでるんだ。漫画読んでる子供でも、1巻隔てるごとに数秒はインターバルあるぞ。
教授って揃ってこんな感じなのか、と疑問に思いつつ、読み終わるのを待つ。
「おはようございまーす」
職員さんの挨拶が再び響く。そちらへと目を向けると、印象に残らないだろう無難なファッションに身を包んだ女性が見える。
年齢は私の少し上くらいだろうか。偏見にはなるが、とても昼前に図書館にやってくる人とは思えない。
人生取り戻そうと必死な浪人生か、それとも私たちを追ってる爆弾魔か。
警戒するに越したことはないな、と思っていると、真っ直ぐにこちらへと歩いてくる。
今頃はどの大学、どの学校も夏休み。仕事や趣味でもない限りは、図書館の郷土史コーナーに寄る目的なんてないだろう。
疑惑が確信に近づき、私はすぐさま背後へと目を向ける。
…よし、向かってくる人間は1人だけ。職員さんもいない。
歩いてくる女性へと目を向けると、ふと違和感に気づく。
この人どっかで見たな?
記憶を探る暇もなく、近づいてくる女性。
よくよく見ると、リュックがそこまで揺れてない。胸あたりに結束バンドらしきもので肩紐をキツめに寄せている。あれでは下ろせない。
駆け足になったせいか、伏せられ、髪で隠れていたその顔が顕になる。
その顔は、さっきアパレル店で対応してくれた店員さんのものだった。
「ごめんなさい窓割ります!!」
「へっ」
職員さんの返事を待たず、女性のリュックの紐を引きちぎり、思いっきり投げる。
がしゃあん、とガラスを突き破り、天へと飛ぶバッグ。
次の瞬間には爆炎と衝撃が再び空を彩った。
やっぱりか、と呆れと怒りを抱きながら、唖然とする彼女らに声を張り上げる。
「大丈夫ですか!?」
「あ、はい」
「……え、なに?なんかあった?」
気づけタコ。
爆風で漸く違和感を覚えたのか、顔を上げる教授。もうちょっと危機感を持ってほしい。
怒鳴りたい気持ちを抑えつつ、尻餅をついたままの犯人に振り返り、
「な、なんで…?固定してたのに…」
「自爆目的なら、腹の中に入れるとか、混ぜるだけでお手軽爆殺できる液体爆弾とかにした方が良かったですね。
あのくらいなら爆発する前に千切って投げれます」
過去にそういう奴がいた。そして、ところ構わない自爆の動機は相場が決まってる。
「彼氏にフラれました?それとも、職場でいじめにでも遭いました?
まぁ、どんな動機があったとして、他人巻き込んでの自爆なんて褒められたことじゃないですが」
「……………っ」
図星。こうして直接的な自爆を図ったことから多分、爆弾はあれで打ち止め。
動機としては「1人で逝くのは寂しい」だろうか。
この人がどうやって爆弾を手に入れたかは気になるが、そこらは警察が突き止めてくれるだろう。私には関係ない。
私は彼女の足元に落ちていたリュック用の紐を手に取り、彼女を縛り上げる。
「ちょっ、や、やめてっ…、やめてよ…っ!」
「やめません。人生ドブに捨てる前に、ブタ箱で頭冷やしてきなさいね。ま、こんだけ派手にやって出てこれるかは知りませんが。
…あ、職員さん。窓の修理費用いくらです?払いますよ?」
「いえ、この場合は市が負担しますので大丈夫ですよ」
「あ、マジです?助かります」
爆弾を持ち込んだのはこの女性だが、窓を割ったのは私だ。どうなることかと思ったが、それなら安心だ。
安堵に胸を撫で下ろす傍ら、私は浮かんだ疑問を彼女にぶつける。
「大体の予想はついてますけど、一応聞きますね。どうして一つ目はあんなわかりやすいとこに置いてたんです?
見つかって処理されるの、わかってたでしょうに」
「……優しい人と一緒に死にたかったから」
「じゃ、大外れでしたね。私は優しいんじゃなくて、面倒くさがりなんですよ」
回り回って優しく見えているだけだ。私はそんなに褒められた人間性をしてない。
そんなことを考えていると、教授が私の裾を引っ張った。
「なんです?今忙しいんですけど」
「これだけ借りたいんだけど、図書館カードある?」
「…………尻ポケットの財布の中」
「ありがとー」
早すぎるわ順応が。
私の尻ポケットから抜いた財布とクソデカ本二冊を抱え、カウンターに駆け寄る教授。
彼女は周囲の視線の冷たさに気づくことなく、ほくほくとした笑顔で借りた本をバッグの中に押し込んだ。




