29話 世紀末都市「湖鳴村」 その6
「まぁー、まず民家には居ないでしょうね。アイツ、生活環境の変化…とりわけトイレに敏感ですし…、まだボットン式使ってそうな家ばっかですもんね。
まあ、それ抜きにしても、アイツがよその家でくつろぐとこなんて想像できませんが」
公共のものは、ウォシュレットや消毒液がなかったら使わない程度にはうるさかった。
私たちが通っていた公立の小学校は設備が古く、職員用のものだけがウォシュレット完備だった。そのため、彼はどうしても我慢できなくなると、こっそりと職員用のものを使っていたっけか。
それを差し引いて考えても、アイツは他人の家には絶対に長居しない。私の家に遊びにきたことがあったが、まだ来たばかりなのに「うちの方が落ち着くから、今からうちに行こうぜ」などと宣って私を連れて家に帰ったらこともある。
どうせ家にでも篭ってるんだろうな、と思っていると、再現ロボットが首を傾げた。
「ボットン…?」
「あー…、下水使わないトイレのことです」
「衛生的にどうなんだ、それ?」
「バチコリ悪いでしょうね。昔は堆肥として使ってたみたいですけど、野菜に寄生虫やら大腸菌やらがついてひっどいことになってたらしいです」
ボットン式トイレ。その名の通り、出したものをそのまま下の便槽と呼ばれるタンクに溜めるトイレで、下水を使用しない。またの名を汲み取り式トイレ。年号を少し遡ると、汲み取ったブツを肥料として使っていた時代もあるのだとか。
無論、衛生面非常によろしくない。母はそのトイレのことを徹底的に嫌っており、トイレの話題になると決まって母方の曾祖父さんの家で体験したボットン式の悪口を垂れ流す。
ちなみに、私は実際にボットンを使ったことはない。
「ま、それを差し引いても、ボットン式ってすんごい臭くて、たとえ限界でも使いたくないって思うレベルらしいですよ。母から聞きました」
「俺には嗅覚がないからよくわからんな」
「ふーん…」
流石に五感全てを再現しているわけではないらしい。必要ないからなのか、それとも技術的に無理なのか。…面倒で付けなかった、なんて線もあり得る。
ふと気になった私は、彼に問いかけた。
「五感はどのくらい再現されてんですか?」
「触覚、視覚、聴覚は再現されてるな。味覚、嗅覚は必要性がないため再現されてない」
「へー…。嗅覚ないのは羨ましいかも…、あ、やっぱ羨ましくないです。私、紅茶やコーヒーの香り好きなので」
死臭を嗅がなくていいというのは羨ましいが、コーヒーの香りが楽しめなくなるのは避けたい。
そんな雑談の傍ら、オリジナル耶麻斑の場所を推理を広げる。
が。どうしても情報が足りずに行き詰まってしまう。無論、いくつか想像はできる。だが、どれが正解かはわからない。
悶々と悩んでいると、ふと、再現ロボットと目が合った。
「…あの、聞きたいんですが」
「ん?」
「ある程度のヒントはOKなんですかね?」
「んー…、まあいいぞ。俺が気まぐれにやってるだけのゲームだし」
気まぐれなところも、オリジナル耶麻斑を再現したのだろうか。
それなりに付き合いが長い私でも、2年間気づかなかったのだ。彼の脳をスキャンしてAIを組んだりしたんだろうか。
「オリジナルは家に帰ってんですか?」
「ああ。毎日のようにここと家を行き来しては機械いじりして帰ってるぞ」
「んー…。距離的に、彼の家からここまでは自転車がないとキツイですよね…。
…話変わりますけど、あなたって中学は自転車通学でしたっけ?」
「おう。
「………徒歩通学の私とそんなに距離変わんないですよね…?」
「しゃーないだろ、学校が決めたんだから」
世の中は不平等である。いくら徒歩圏内とはいえ、私の家から中学校は徒歩20分はかかる。
耶麻斑家からも大体同じくらい離れているのに、自転車通学。この差は一体なんなのか。
私はぶうたれながらも、彼がどこに居るのかを絞り込んだ。
「わざわざ自転車こいでまでこの村で機械いじりしてるってことは、この村のどっかに秘密のラボでも建ててるんです?」
「おう」
…それ、大ヒントなんじゃなかろうか。
そんなにあっさりと言っていいものなのか、と不安になり、私は再現ロボットに問いかけた。
「…あの、聞いた私が言うのもなんですが、それ答えちゃって良かったんですか?」
「いいのいいの。お前なら、オリジナルは気にしねぇよ」
「お前なら」。その一言に、とくん、と胸が高鳴る。
まさかとは思うが、彼も私のように意識してくれていたのだろうか。それとも、親しい人間だったから構わないという意味だろうか。
どうしてもそれが気になってしまった私の口は、勝手にその言葉を真意を探った。
「……私なら、とは、どう言うことでしょう」
「そりゃ、オリジナルはお前以外に碌な友だちが居ないからな」
「…あー……、はい。そうですかぁ…」
そういえば、小学生に上がったばかりの頃に話しかけた時も、「友だちができたのは初めてだ」とか言っていたっけか。
意識してたのは私だけ、という事実が途端に恥ずかしくなった。
ぼんっ、と顔を赤くし、私は再現ロボットから目を逸らした。
「……秘密のラボ…、ってことは、人目につく様な場所ではなさそうですね」
「…………」
ヒントがもらえるかと思ったが、流石にここから先は答えてくれないようだ。
人型の機械を作るのなら、それなりの設備が必要だろう。過去、彼は個人で車の整備を生業としていた祖父の家を魔改造して機械いじりに勤しんでいた。
自分が自由に使えるラボをほっぽり出し、わざわざこっちに移すとは考えられない。より大規模な改造が必要…ということでもなければ。
「…………んー。アイツが隠れてる場所、見当ついたかもしれません」
「早くないか?」
「いや、アイツがやりそうなことを考えたらそうなのかな、ってくらいのふんわりとした推測なんですけど…、正解かどうか聞いてもいいですか?」
「ん、おう」
確信というには程遠い。が、しかし、間違っているとも思えない。
「地下ですよね。アイツがいるの」
彼の笑みが雄弁に、私の漠然とした想像…いや。妄想の域にある推測を肯定した。
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「……なんで地下だとわかったんだ?」
時は戻り、現代。春香くんが私が抱いた確信について、疑問をこぼす。
しかし、私の言語野にはその理由を論理的に説明できるだけの言葉がない。
どう説明したもんか、と思いつつ、私は当時の推論を語る。
「んー…、まあ、ぶっちゃけると勘ですね。山ん中って可能性もありましたけど、あの面倒くさがりが自転車漕いで山に入る想像ができなかったんで」
「いや、地下室作るのも面倒だろ…」
「そこらへんは機械にやらせてたみたいですよ」
「本当に大天才だったんだな…」
夜な夜なこっそり家を抜け出しては、機械を引き連れて湖近くの小屋から地面を掘り、丸2年かけてラボを広げていったらしい。
春香くんは感心を込めた吐息混じりに呟き、ふと疑問を口にした。
「しかし、わからんな…。なんでわざわざ自分用の地下室や、自分そっくりのロボットを作ったのに、家に帰ってたりしたんだ?」
「…………」
ずき、と胸が痛む。
彼が土砂崩れでなくなった村にラボを作り、ロボットで村が存在した頃を再現し、挙句それごと吹き飛んだ理由。それは、私が今なお苛まれる後悔の根幹部分だ。
しかしだ。ここまで話したのなら、もう全て話した方がいいだろう。中途半端に切り上げてしまえば、ふとした時に聞かれかねない。
私の様子が変わったことに気づいたのだろう、春香くんが申し訳なさげに眉を顰めた。
「あ…。す、すまん。あまり突っ込まない方がよかったか…?」
「いえ、大丈夫です。…先ほどから地雷を踏まれてないので」
そう言って、私は視線を春香くんの隣に向ける。
そこには、先ほどよりも頬を膨らませた教授がもがもがと口を動かす姿があった。
「………やりすぎじゃないか?」
「私んちのトイレ事情聞いてきたんです、しばいて当然かと」
「…………そりゃそうか」




