27話 世紀末都市「湖鳴村」 その4
次の休み。運命の日。彼が「湖鳴村には湖以外、何もなかった」と言っていたのは本当だった。
田んぼ道を軽く歩いて、ぼちぼちと並ぶ家を見て回って。
いつもの登下校と変わらないことをしていただけなのに、私は隣に彼がいるというだけで満足していた。
しかし、彼としては退屈だったのだろう。「どうせなら湖で釣りでもしてこうぜ」と誘い、用意していただろう折りたたみ式の釣竿を貸してくれた。
釣りの経験はない。大宮は内陸地だ。海なんて、他県に出ないと見えない。だから、釣りを趣味してる人は少ない。
小学生の頃の情報だが、同年代の父母も、釣りが趣味だという人はあまりいないらしい。
私が釣りを趣味にしたら、人の死体とか吊り上げそうだ。
嫌な想像が浮かんだものの、それは現実になることなく。釣れたのは、ブルーギルだけだった。
「ほんっとブルーギルしか釣れないですね…。回収ボックス秒でパンパンになるんじゃないですか、これ?」
「昔はちっさい鮎とか釣れたらしいぞ」
「昔って、どのくらい前ですか?」
「んー…。スマホが15世代くらい前のやつが最新機だった時って聞いた」
「15年以上は前じゃないですか」
ブルーギルがこの湖を塗り替えるには十分な期間だったのだろう。
まだまだバケツには空きがある。これが満杯になるまでは、と思い、他愛のない会話を続けた。
「ちっさい鮎と大きい鮎が売ってるの見ますけど、あれってどう違うんですかね?」
「住んでる場所の違いとかってのは聞いたことあるぞ。海に出るやつはデカくなるんだと」
「んじゃ、ここにいたのは…」
「ほぼブルーギルの腹ん中だろ」
「でしょうね」
私の知る湖鳴村を織りなしていたのは、きっとブルーギルだったのだろう。
もしかすると、この釣りは彼なりのヒントだったのかもしれない。
「んっ…、なんか重いですね…」
「根掛かりってやつか?」
「いや、ブルーギルにしては重いって程度です。よっと」
なんにせよ、釣り上げたものと一緒に、浮き足だった私は地面に叩き落とされた。
からん、からんっ、と軽い音。
ブルーギルと今しがた釣ったもの。そのどちらが軽いか比べたら、おそらく前者の方が少し軽いだろう。
フックが引っ掛けたそれを前に、私は思わず声を漏らした。
「……………どくろ?」
それは明らかに人の頭蓋骨だった。下顎はない。上顎から上部分だけのそれ。
ところどころがひび割れているものの、作り物だとは思えないその眼腔に、フックが通っている。
頭蓋骨がどれだけ前のものか、なんて事件に慣れていても白骨死体に慣れていなかった当時は、「戦国時代のものでも釣ってしまったのかな」と思った。
「これ、いつのやつですかね?」
「……さぁな」
彼が生返事を返した、その時だった。
湖を管理するためか、建てられていた小屋。その中からくたびれた格好のおじさんが現れたのは。
「「あ」」
やばい。真っ先にその三文字が浮かんだ。
考えてもみてほしい。私の持つ釣竿に引っかかったガイコツ。どこをどう見ても事件のそれだ。遺棄した死体を掘り返した犯人だと思われても仕方ない。
しかし、そのおじさんは何も言わず、私たちに歩み寄ってこう告げた。
「お客さん、釣りするなら許可とってね」
「………えぁっ、えっ?いや、ガイコツは…」
「今回は知らなかったっぽいから見逃してあげるけど、次やったら警察だからね」
「いや、あの…」
困惑する私をよそに、そそくさと小屋の中に戻ってしまうおじさん。
見えていないわけがない。だけど、彼はまるで普通にルール違反者を諭すよう、話しかけてきた。
この湖で釣りをするには、許可を取らなきゃいけない…なんて知らなかった中学生に対する的確な対応ではある。だがしかし、どう考えても、ガイコツを釣り上げた中学生を見て飛び出すセリフじゃない。
ちぐはぐな印象を受ける彼の態度に、私は思わずこうこぼしてしまった。
「なんか、NPCみたいな人でしたね」
住んでる街が大惨事に陥っても、決まったテキストしか話せない村人。
このガイコツをどう処理するか聞こうにも、あのおじさんはまともに対応してくれないだろう。
その様子を見ていた彼は、怪訝そうな表情を向けるでもなく、感心したように頷いた。
「……なるほどな」
たった一言。それだけで、まだ交流があった頃の光景が過ぎった。
───── なァ、ももちゃんよ。面倒くさいことぜーんぶ機械に任せられる世の中になればいーなーって思うこと、ないか?
そんなわけがない。しかし、それが出来るほどの技術を、彼は持っている。
交流がなかった2年でその技術はさらに発展していることだろう。
考えられない話ではないと気づくと同時、私は彼に問うていた。
「まさかとは思いますけど、さっきのおじさん、ロボットだったりします?」
「するぞ。俺が作ったからな」
なんてことのないように答える彼。
それに対して、私は「ああやっぱり」としか思わなかった。
「そんなん勝手に作っていいんですかね。あのおじさんのモノホンに怒られたりしません?」
「居ないぞ、あのおっさんのモノホン」
「あー…、適当に生成AIやらなんやらで作った感じですか?」
あの管理人は「探せばどこにでも居そうなおじさん」というイメージだった。それこそ、生成AIに「おじさんの画像を出してみて」といえば、そのまんま出されるくらいには完全無欠のおじさんだった。
私の問いに、修司はため息をつくついでに頷いてみせた。
「おう。管理人に見せられるかどうかってのを試したんだが…、お前が変なの釣り上げるから失敗した」
「え?これ私が悪いんですか?」
「お前の運が悪い。つまりお前が悪い」
「ひっど」
他責思考の極致みたいな責任転嫁だった。
自分が想定してないのが悪いだろ、と思い、ふとあることに気づく。
「……最近まで話しかけてこなかったのって、もしかしてさっきのおじさん作ってたからですか?」
「まあ、そうだな。人間を再現したロボット…いや、アンドロイドを何体か配備して、人らしい営みができるかどうかを試してた」
「ふーん…。で、それを私でテストしたかったわけですか」
「おう。まあ、見ての通り、ここのは失敗だったわけだが」
ガイコツを釣り上げた時の対応なんて想定してねぇよ、と付け足し、がしがしと頭を掻く修司。
確かに「客が釣り堀でガイコツを釣り上げた時の対応」なんて、マニュアル化しているとこの方が少ないだろうが。
「ここのはってことは、他にもいるんですか?」
「まあな。…あ、そうだ。せっかくだから、一つゲームでもするか?」
「ゲーム?」
「おう。この村の誰がロボットか、当ててみろってシンプルなゲームだ」
「ふむ…」
湖鳴村の面積はそこまで広くはない。
私が住んでいる集合住宅地の何倍かの大きさはあるものの、散策は2時間もあれば終わるだろう。
いつもだったら面倒くさいと吐き捨てて帰っていたが、この日は気まぐれでも起こしたのか、それとも彼といる時間を貴重に思ったのか。私は彼の誘いに乗ることにした。
「いいですよ。やりましょうか、そのゲーム。
…まぁ、このガイコツを持ち歩けば一発でわかりそうなもんですがね」
「あっ、ずるいぞお前。置いてけ。それか捨てろ」
「冗談です。これ釣り上げた時点で警察呼ばないとダメですし」
なんらかの形で人骨が出た場合、警察を呼んで事件性の有無を確認してもらわないならない。それを面倒くさがって骨を埋め直したりすると、死体遺棄でしょっ引かれる可能性がある。
…以上、母から聞いた話だ。この知識が役に立ったのは、これが初めてだった。
「…事情聴取とかされるわけか?」
「されますね」
「面倒くせぇ…」
「まあ、事件性がなかったらすぐに解放されるみたいですから」
修司も白骨死体を見るのは初めてだったのだろう。彼は深いため息を吐き、こめかみを抑えた。
「…ところで、あのおじさんどうするんですか?」
「…………どうすりゃいいと思う?」
「知りませんよ、ンなもん」




