25話 世紀末都市「湖鳴町」 その2
「…なァ、ももちゃんよ。面倒くさいことぜーんぶ機械に任せられる世の中になればいーなーって思うこと、ないか?」
「ももちゃん言うな」
思い出すのは、9年も昔のこと。
多分、小学五年生だったか。女の子特有の理由で水泳の授業に参加できなかった私と、水着を家に忘れて参加できなかった彼。
先生が授業に夢中になっているのをぼんやりと眺めながら、私たちはなんてことのない会話を続けていた。
なにせ、この日の見学者は私と彼だけ。筋金入りの面倒くさがり同士だと言うことで仲良くなった私たちは、気兼ねなく恥塗れの本性を吐露できた。
「そりゃ、ありますよ。なにせ私は生まれながらにしての面倒くさがりですからね。
初めて話した言葉も『ぱぱ』や『まま』ではなく、『めんどい』だったらしいですから」
「にしては、トレーニングだけは真面目にやるよな」
「面倒くさがりの前に、お姉ちゃんですから」
当時の私は成長期。おっちゃんに言われて、あまり厳しいトレーニングは積めなかったが、それでも欠かさず体を鍛えていた。
全てはお姉ちゃんであるため。7人も下に弟妹がいるのだ。当時の私は、どれだけ力を持っても足りないように思えた。
「…ってか、そういうあなたも機械いじりは真面目にやりますよね」
「そりゃな。壊れたりして自分に面倒が回ってきても困るだろ」
「筋金入りの面倒くさがりですよね、あなた」
「そういうお前もだろうが」
互いに人のことを言えないのに、自分のことを何度棚にあげたっけか。
そう思っているうちにも、私の脳裏に走る思い出は時を進めていく。
「話戻すけどよ、俺は常々思ってるわけよ。世の中、面倒くさいことが多いってな」
「私も思ってますよ。『面倒を楽しめる感性を育てろ』と父は言いますけど」
父は面倒くさがりの私を否定しなかった。生きていくのに面倒が必要なことや、その面倒とどう向き合うべきかなど、生きていく上で持つべき心構えを多く教えてくれた。
…それを素直に受け取れなかった当時の私は、とんでもない大馬鹿だったのだろうけど。
「はっ、ンなもん無理だろ。出来るのはよっぽどのマゾヒストだろうぜ」
「機械いじりを楽しんでるあなたが言うと説得力に欠けますね」
「あれは別だ。やればやるだけ面倒が消えてくんだぜ?楽しいに決まってる」
「ダブスタだ」
「うっせー」
私が二十歳になった今も「面倒を楽しむ」ことができないのはきっと、彼のせいだろう。
面倒を楽しめば、彼が脳裏にチラつく。それが嫌だったのだと思う。
現に、今の私はこの思い出から逃げ出したい気持ちで胸がいっぱいだ。
しかし、どうしても頭から離れない。
「…んでよ、第一目標として『人間と変わらないロボット』を作ろうと思ってんのよ」
「それ、人類に逆襲されるパターンじゃないですか?」
「映画の見過ぎだ、ばーか。『人と敵対しない』ってアルゴリズムを組み込めば、人に逆らえないように出来る。機械ってのは人より素直なんだよ」
「へー…」
彼は人になんの期待もしてなかったと気づくべきだったのかも知れない。
…いや、多分、無意識に気づいていた。でも、どうしても言葉にできなかった。
心地よい彼との距離を変えたくなかったから。そんなくだらない理由で、私は消えない傷に悩まされることになった。
「悪い大人に利用されたりしません?」
「そうならないように『俺の言うこと以外聞かないようにする』ってアルゴリズムを組み込むんじゃねーか」
「遠回しな独裁宣言になりませんか、それ?」
「いいじゃん、独裁。国だの人種だの宗教だの、面倒くさいしがらみぜーんぶ取っ払って機械が世界を回すようになれば、面倒なんて存在しない世の中になると思うぜ」
「……そう、ですかね」
強く否定するべきだった。それだけじゃ足りないだろうけど、間違っていると指摘するべきだった。
だけど、私には彼を否定できなかった。
「いつかお前にも、そう思える日が来るだろうよ」
その日は、まだ来ていない。
♦︎♦︎♦︎♦︎
たったの一瞬。話すと決めただけでこれだけの思い出が蘇ってしまった。
険しく顔を顰める私に気を遣うだけの道徳がバカ教授にあるはずもなく、彼女はスマホを操作し、あるネットニュースを私に突きつけた。
「7年前、湖鳴村を地図から消し飛ばした爆破事故。その現場に居合わせて唯一生き残った少女の名前が君の名前と一致してるんだけど、君本人ってことでいい?」
ずけずけと人の傷を踏み荒らしやがって。好奇心はなんの免罪符にもならないってことを誰か教えろよ。
そんな愚痴を吐く気力もなく、私は水を啜りながら答える。
「正解ですよ。生き残ったってか、『生かされた』って言った方が正しいですけど」
「生かされた…ってことは、誰かに助けられたとか?」
「助けられたってよりかは、クリア報酬のつもりだったんだと思いますよ」
「クリア報酬…?」
つい言ってしまった。軽く明かして済ませるつもりだったのに。
自分の口の軽さに辟易しながら、私は爆発が起きた原因を告げる。
「私がゲームに勝っちゃったせいなんですよ。あの村が吹き飛んだの」
「やっぱり、ガス管の劣化による爆発ってのはデマだったわけだ。その程度で村一つが吹っ飛ぶわけないもんね」
「おい、ちょっと待て。榎代さんは村が爆発した原因を知っているのか?」
春香くんが戦慄と困惑を混ぜた瞳をこちらに向ける。
無論、爆心地にいたのだから知っている。それを知ったのは村が吹き飛ぶ10秒ほど前だったが。
「ンなもん、爆発する直前まで知りませんでしたよ。なんせ、やらかした本人が最後の最後で『爆弾』の正体を明かしたもんで。
…いや、この場合は『正体が爆弾だったもの』があった…、とでも言うべきですかね?」
自分で言っててややこしくなってきた。でも、それが真実なのだから仕方がない。
悍ましい記憶が蘇り、心臓が縮まる。
なんとか胸の痛みを顔に出さないよう努めていると、教授が食いつくように身を乗り出した。
「それって、君がさっき言ってたゲームのお相手のこと?」
「はい。昔から悪趣味が服着て歩いてるような男でした」
「昔から…?」
なんだか、今日の私は口が軽い。あの悪夢を見たからだろうか。
脳裏に焼きつく、ムカつくほどに爽やかな笑顔。私の目の前で一瞬にして爆炎に飲み込まれてしまった、あの笑顔。
妹たちを守れるようになった。大事な人を守れる力を手に入れた。そんな自信を木っ端微塵に砕いた瞬間が鮮明に蘇る。
「友だちだったんですよ」
幼馴染というには少し距離があった。仲良くなったのも、小学生になってから。
彼は私と同じ面倒くさがりだった。面倒だと思う全てを機械に押し付けるべく、機械工学を学び、極めてしまうほどの面倒くさがりだった。
その果てが、あの爆破事故。7年経ってなお拭えないトラウマ。親にも言っていない、それどころか家族すらも知らない、胸につっかえた後悔。
「………っ、はっ、は…」
いけない、呼吸がうまくできなくなってきた。彼のことを話そうとすると、いつもこうなる。
心臓が締め付けられるような感覚。
肺いっぱいに空気が詰まったような圧迫感。
喉が膨れ上がったような閉塞感。
声を発するためにある全てが拒否して、うまく話せなくなる。
だから、家族にも話せない。話したことがない。私が村一つを消し飛ばした爆破事件に巻き込まれたことは知っていても、その原因が私の友だちだったということは知らない。
私が彼を打ち負かしたからだってことは、知らない。
思い出したくもないそれを、よりにもよってこの好奇心の奴隷に知られてしまった。
受ける授業はもう少し選ぶべきだったか。
私が様々な後悔に苦しんでいると、春香くんが隣に座る教授にヘッドロックをかます。
「がっ!?」
「は、春香くん、何やってんですか…?」
目を白黒させ、驚く教授。
ぱんっ、ぱんっ、と教授がその腕を叩くのも気にせず、春香くんは私に頭を下げた。
「嫌な話をさせてすまん。ここまで聞いておいてなんだが、それ以上話さなくていい。
このバカには『見え透いた地雷を踏むな』ときちんと言っておく」
「だ、だって、気になるんだもん…」
「ふんっ」
「ぶ、ぶぶぶぶ…」
より締めがキツくなった。
これでバカ教授が私の過去を掘り返すことはない。それはわかってる。
なのに、閉塞感が取れない。まるで喉奥から這い出ようとするように、次の言葉が出そうになる。
どうしたのだろう。どうしたいのだろう。
初めて人に傷を見せた。それに気を遣われたことが嬉しかったのだろうか。
それとも、人に可哀想に思われたいのだろうか。
自分がわからない。誤作動でも起こしたように、私の口から言葉が漏れる。
「大丈夫、です…。一人で抱えているのが、辛かったので…」
本当のことだ。この傷は、抱えていくにはあまりに重すぎる。
ただの好奇心でもいい。ずっと、誰かに踏み込んで欲しかった。だけど、誰にも触れて欲しくなかった。
矛盾した気持ちがぐるぐると渦巻く中、私の口は勝手に動き続ける。
「彼の名前は、耶麻斑 修司。享年13歳。
7年前、湖鳴村を潰した…、いや、湖鳴村を『作ってから潰した』、大天才です」
湖鳴村という村は、確かに存在した。
だけど、「私が知る湖鳴村」は、「過去に存在していた湖鳴村」では決してなかった。
意味が理解できなかったのだろう。二人は怪訝な目を私に向けた。
「………作った?」
「はい。アイツは村を作って、潰しました」
「いや、その…、すまんが意味がわからん。どういうことだ?」
「アイツが手を加える前から、湖鳴村は廃村だったんですよ。
過去、土砂崩れに飲み込まれて人も家も畑も潰れたのを、アイツが再現した村。それが7年前に吹っ飛んだ『湖鳴村』の正体でした」
家も畑も人も、何もかもが嘘っぱちの村だった。唯一本物だったのは、湖だけ。その水底には、土砂崩れに飲まれた被害者の骨が沈んでいるという。
その話が本当かは知らないし、確かめるつもりもない。村を作り直す最中、埋まってた骨を捨てたと修司自身が言っていたのだから、多分真実なのだろう。
あそこに人間は誰一人としていなかった。人的被害の証拠として骨が出てきたと報道されていたが、おそらくはそのどれもが水底に沈んでいた骨のはずだ。
本当ならここまで話す気はなかった。だけど、私の口は私の意思を無視して言葉を続ける。
「耶麻斑 修司がどうしてそんな真似をしたのか。私がどうしてその場に居合わせたのか。
その全ては、この一言で片付けられます」
─────ゲームだったから。
気のせいだろうか。私の声とアイツの声が今、重なったような気がした。




