24話 世紀末都市「湖鳴村」 その1
夢を見ていると、何度自覚したことだろう。
大宮の外れにある、釣り堀代わりの湖が近くにあるだけの、なんの変哲もない農村。その地下奥深く。
誰もそんなものがあったとは知らない。そんなものが存在した痕跡なんて残ってない。
まだ、中学生に上がったばかりの頃。まだ、ほんの少しの向上心を持っていた頃。
今よりもずっと低い目線から、ぼんやりと記憶の中にあるその空間を見渡す。
「……物騒なものばかり作ってますね」
勝手に口が動く。この夢を見るのは初めてではない。何度この言葉を吐いたかわからない。
視線の先に居るのは、ぶかぶかの作業服に身を包み、機械をいじる中学生。
彼はゴーグルとマスクを外し、爽やかな笑みを浮かべた。
「そりゃ、本気で世界征服してやろうと思ってるからね」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「………んぁ゛」
寝ることが趣味の私にとって、夢とは切っても切り離せない存在だ。
見る夢はまちまち。言語化できないほどに出鱈目なものから、過去の風景を切り取ったものなど多岐にわたる。
もちろん、その中には悪夢のあるわけで。
「………あ゛ー…、ヤなもん見た…」
悪夢を見ると、決まって早起きしてしまう。
時計を見ると、7時を少し過ぎたばかり。本当だったらもう一度布団に入るが、今は寝直す気にもなれないほどに目が冴えている。
見た夢のことを忘れようと布団から這い出て、部屋を出る。
「…今日私が1番かあ」
リビングに入ると、朝日に照らされたことによるそこそこの熱気と、夏特有の湿度が私を出迎える。今日は土曜日。私が一番乗りでもおかしくはない。
休みの日は決まって、「面倒だから」とスーパーの惣菜パンが人数分、テーブルに置かれている。
私はその中の一つ…、ソーセージが包んであるパンを手に取り、冷蔵庫にある紙パックの野菜ジュースを取り出す。
「……流石にあんなん見て寝る気にはなれませんねぇ」
今日は特に予定がない。昼寝でもして過ごそうかと思っていたが、悪夢を見た直後にそうしようとは流石の私でも思えない。
惣菜パンを口の中に押し込み、野菜ジュースで流す。
─────悪の組織ってのは、派手に爆散してナンボなんだぜ?
脳裏に過ぎる、ひどく爽やかな笑み。まだ中学生になったばかりの頃にできた、忘れもしないトラウマ。
ただでさえ面倒くさがりだった私が、より無気力になった理由。親にすら言っていない心の傷。
脳裏に焼きついて離れないそれを、この先誰かに言うつもりはない。
私はじくじくと痛む心の傷、惣菜パンの袋、野菜ジュースのパックをゴミ箱に放った。
「………ん?」
机に置いていた携帯が震える。私のだ。
…そういえば、昨日は寝室に持って行った記憶がない。
充電あるかな、と思い、携帯を手に取る。
帰ってから少しは充電していたのだろう、4割程度は残っていた。
画面が表示するのは、あのバカ教授の名前。留守電を残されてもムカつく。そう思い、私は通話ボタンを押し、画面を耳に当てる。
「あい、もしもし?」
『おぉー…。君がこの時間に起きてるなんて珍しいねぇ』
「アンタ、この時間に私にかけたことないでしょうよ」
適当に言ってると丸わかりの一言に苛立ち、語気を強める。
しかし、向こうは気にせず話を続ける。
『いやね、大宮について調べてるうちに気になる事件に行きついてね。
それについて君に聞きたいと思ってたんだよ』
「………内容によります」
ちり、と脳髄に痛みが走る。
悪夢を見る日は決まって嫌なことがある。20年に及ぶ私の人生の経験則だ。
ゴミ箱に捨てたはずの痛みがまた走る。
これまでの付き合いでわかってる。このバカは、1番ムカつくタイミングで1番いらんことをする。
『「湖鳴村」って、知ってるかい?』
「………………あい」
バカ教授のしつこさを知っている私は、折れるほかないと項垂れた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
湖鳴村。大宮の端にある…いや。「あった」、小さな湖しか特筆すべき特徴を持たない村。
そして、私にとって掘り返したくない過去が埋まった場所。
もう7年も前に廃村になった場所だ。村にあった歴史を知る人間は少ない。無論、私も詳しくは知らない。
そんな村の何を知りたいのだろう。そう思いつつ、待ち合わせ場所に指定された店…駅中にあるチェーンのコーヒーショップに踏み入る。
「いらっしゃいませー!」
「あ、待ち合わせで」
「はい、こちらですねー!」
私と同い年くらいの店員さんに連れられ、人がいない店内を歩く。
向かう先は一つ。バカ教授に加え、見覚えのある人影が座る席。
私が近づくと、二人がこちらに目を向けた。
「やっほ」
「おはよう」
「………なんで春香くんがいるんです?」
「曾祖母ちゃんが呼ばれたんだが、面倒くさがって私が駆り出された」
私も代理を立てればよかった。…都合よく顎で使える代理なんて居ないから無理か。
面倒くさいなぁ、と思いつつ、席に座る。
「んで、湖鳴村の何を知りたいんですか?」
「……機嫌悪い?」
「悪いですよ。過去最悪です」
「あー…、トラウマなわけね」
驚いた。感情の機微を読み取る能力が人より大きく退化してるんじゃないかと思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。
私が感心するのも束の間、彼女はあっけらかんとした態度でぶり返した。
「ま、いいや。7年前に湖鳴村で起きた事件についてだけど…」
「それについて話すのが嫌だっつってんですよ」
「わかってるけど、気になっちゃって」
「好奇心のバケモンか」
好奇心のため道徳を全力でドブに捨てるタイプと見た。腹立つ。
私の罵声も気にせず、ふんす、ふんす、と鼻息荒くして返事を待つバカ教授。
「話しませんよ」
「えなに。聞こえない。もっぺん言って」
「話しませんよ」
「えなに。聞こえない。もっぺん言って」
「話しませんよ」
「えなに。聞こえない。もっぺん言って」
「NPCかおどれは」
承諾するまで進まないルーチンでも組まれてるんかコイツ。
このまま断り続けるのは流石に疲れる。
「……はぁー。わかりました、わかりましたよ。話します」
項垂れるようにして頷く私に、満面の笑みで返すバカ教授。
ムカつく教授をフルパワーで殴ってもいい法律でもできないだろうか。切に。




