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21話 世紀末都市「大宮市」 その5

「その、実は…、もう一人の私、サディストで戦闘狂なんです…」

「それはまあ、見てわかります」


駅内のコーヒーチェーンにて。机を挟んで向かい側に座る紫菜さんが、消え入りそうな声で告白する。

言っては悪いが、今更すぎる。寄生虫事件の時といい、先ほどの暴走といい、あれでサディストだとわからない方がおかしい。

顔を真っ赤にして縮こまる紫菜さんに、私はため息を漏らさぬよう問いかける。


「目覚めたのは、いつ頃です?」

「多分、小さい頃にプリティでキューティーでピュアな女の子たちが活躍するアニメを見た時です…」

「すんごい遠回しに言いましたね…」

「その、これからとんでもなく穢すので、遠回しに言った方がいいかなーって…」

「幼少期の紫菜さんに何があったんだ…」


サディズムに目覚める要素あったか、あれ?いや、私が詳しく見てないだけであったのかもしれないが、私ら世代はポリコレ全盛期。子供向け作品らしくあるため、どれも控えめな描写だったはずだ。

怪訝な表情を向ける私に、紫菜さんは赤い顔をさらに赤く染めて答える。


「初めて見た回が…、その。ネットでいう、悪堕ち回で…、女幹部にいたぶられてだんだん悪堕ちしてく主人公の親友に、なんというか、お腹がキュンと来ちゃって…」

「それただ性癖歪んだだけでは?」

「そう、なんですけど…、そうじゃなくて…」


性癖歪んだのは認めるのか。

呆れを込めた私の視線を浴び、彼女はコーヒーに負けない湯気を放った。


「そ、その時の私は、多分、認めたくなかったんです…。人をいじめるシーンを見て興奮してたなんて…。

でも、そういうシーンを見たいって気持ちが歳を重ねるごとに強くなって…」

「気づいたら、あの人格ができちゃったと」

「はい…」

「戦闘狂なのは?」

「その、女幹部イメージかと…」

「はぁ」


思ったよりしょうもない理由で人格増えたんだな、とは言わなかった。

本人なりに悩んでいるのだ。揶揄うのは良くない。


「近頃はまだ抑えられてたんです。だけど、クロスカウンターに行った後、抗えないくらい衝動が強くなって…」

「ついさっき、あんな形で爆発しちゃったわけですか」

「は、はい…」


つまり、私があの店を選んだせいで溜まりに溜まった戦闘欲求が爆発したわけか。

なんてこった。さっきの暴走の原因私じゃないか。

突如として溢れ出した申し訳なさのままに、私は彼女に深く頭を下げる。


「すみません、別の店を選ぶべきでしたね」

「いえっ、榎代さんは悪くないんです!その…、私が変態さんなのが悪いんです…」


言って、先ほどよりも小さくなる紫菜さん。このまま縮むと、いつか消滅しそうだ。

私はなんとか彼女を慰めるべく、言葉を投げかける。


「世の中にはヤスリで削った爪の削りカスに興奮するド変態もいるんで大丈夫ですよ」

「そんな人いるんですか…?」

「いますよ。通り魔的に女性の爪を一瞬で擦った削りカスを瓶に詰めてたところ、傷害の現行犯で逮捕されてました。ネットニュースくらいにならなってたんじゃないですかね?」

「そんな人いるんですか!?」


いる。なんならまだ可愛い方だ。私のブラジャーを盗みやがった挙句、加工してメガネのフレームにしてたおっさんもいたくらいだし。

苦い記憶に蓋をしながら、私はコーヒーを啜り、話を戻す。


「話を戻しましょう。聞きたいことがあります」

「な、なんですか…?あ、見てた世代についてですか…?」

「同世代なのでいいです。そうじゃなくて、『もう一人の紫菜さんが好き勝手暴れたことはないか』って聞きたいんです」

「ないですけど…」


…なるほど。もう一人の紫菜さんの導火線に火をつけたのが私だとすれば、彼女は火薬を詰め込んでいたわけか。


「そりゃ爆発しますよ。思春期の男子におっぱいについて考えるなって言ってんのと同じです」

「し、思春期の男子ってどれだけおっぱいのこと考えてるんですか…?」


若い男が身内どころか、友人にもいなかったのだろう。紫菜さんが怪訝そうに首を傾げた。


「砂漠を彷徨いてたら常に水が思い浮かぶのと同じように、常日頃おっぱいのことが脳に刻まれてますよ」

「そ、そんなに!?」


「思春期男子の脳内にはいつだっておっぱいがある」とおっぱいの大小に敏感な初音が言ってたのだ。間違いない。

紫菜さんはその事実に愕然とし、大玉のスイカほどの胸を、周囲の視線から隠すように抱いた。


「なんにせよ、ガス抜きしないといけませんね。このまま行くとすれ違った人に襲いかかりかねません」

「な、なんか、慣れてますね…」

「大宮じゃ二重人格は珍しくないんで」


流石に性癖歪んだ上に欲求不満が行きすぎて二重人格になったパターンは初だが。

そう思いつつ、スマホを開き、SNSアプリを起動する。

何もSNSが気になったわけではない。ただ確認しておくべきことがあっただけだ。

机に置いたスマホの画面が見えたのだろう、紫菜さんが広報アカウントを指さし、問うた。


「あの、ガス抜きって、クロスカウンターに行くんですか?」

「…いや、今日休みみたいですね。使えません」

「えっ…?でも、無休って…」

「補修です。しょっちゅう店ん中ボロボロになるんで、不定期で閉まるんですよ」

「あー…」


どれだけボロボロになっても、近日中には補修を終えて再開するだろう。

しかし、今日使えないのは困った。あそこは大宮で一番自由に喧嘩ができたというのに。

私が難しい顔を浮かべていると、紫菜さんが恐る恐る問いかける。


「他に喧嘩できる場所とかあるんですか…?」

「んー…、ないこともないですけど、クロスカウンターほど思いっきりやれるところは少ないですからね…。

……いや、待てよ?ちょっと電話しますね」

「あ、はい。…どこに?」

「母ちゃん」

「………榎代さん、お母さんのこと『母ちゃん』って呼ぶんですね…」

「よく言われます」


親子三代田舎っぺだから、その呼び方が遺伝子に染み付いてるんだろうか。

そんなことを思いつつ、スマホを耳にあてる。

コールが2回響いたのち、ぶっ、と通話がつながった音がした。


『はいはーい、なんや?友だちにドタキャンされたんか?』

「違いますよ。母ちゃん、夏祭りの警備って空きあります?」

『ちょい待ち、聞いてみるわ』


チャットアプリで聴いているのだろう、たたたっ、と画面を叩く音が響いた。


『あるみたいやで』

「ありがとうございます。二人参加っていけますか?」

『いけるけど…、お友だちにも警備させるん?やめときぃな、碌な目に遭わへん』

「大丈夫です。大宮に住んでる身内がいて、血の気が多い子なので」

『あー…。ほんなら大丈夫やな。町内会長に言っとくわ』


紫菜さんの素性を聞き、納得したように声を漏らす母ちゃん。何度か頷いてる姿が脳裏に浮かぶ。

結局こうなったかー、と自ら面倒に首を突っ込んだことにため息をついていると、紫菜さんが恐る恐る問いかけた。


「な、夏祭り…って?」

「小規模のしょっぱいやつですよ。そこの警備として参加することになりました」

「あの、それがガス抜きに繋がるんですか…?」

「あー…。身内がいるだけで、そんなに大宮来てないタイプの人ですか」


大宮でのイベントに参加した経験がないのだろう。怪訝そうに首を傾げる彼女に、私は死んだ目で答えた。


「繋がりますよ。毎年毎年懲りもせず、子供を傷つけようとするわるーい大人がやってくるんで」

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