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2話 世紀末都市「S県大宮市」 その1

約束の日。

大宮市で一番大きな駅…「大宮駅」の有料駐車場に車を停めた私は、無料券目当てで買ったミルク饅頭を茶請けに、無糖の紅茶を啜っていた。

これで1000円の出費だ。駐車料金よりは安いが、損した感がすごい。

今日は電車が遅れないといいな、と思っていると、携帯が震えた。


『もう着く』


珍しく神様が祈りを聞いてくれた。こういう時は人身事故とかで遅れるのが普通なのに。

ゴミ袋がわりにぶら下げたビニール袋に空の袋を突っ込み、車のナンバーと場所を送る。

到着予定時刻は9時42分。この時間帯になると、ここで降りる人間はほとんどいない。基本的には何もない田舎だ。わざわざ降りて見て回るほどのものなんて何一つない。

現在時刻は9時43分。もう電車も過ぎて降りた頃だろう。

助手席に置いた荷物を後部座席に放ると、タイミングを見計らったかのように教授の姿が見えた。


「あ、来た」


ひらひらと手を振ると、教授も軽く手を振り返し、こちらへと歩み寄る。

荷物が少ない。見るからに手ぶらだ。

ご飯は奢ってもらえるのかな、と呆れが浮かぶも、顔に出ないよう、努めていつもの無愛想な顔を貼り付ける。


「やーやーお待たせー。ごめんねー、休みの日なのに」

「別に。バイト代と単位出るならこのくらい」


助手席に乗り込み、シートベルトを着用する彼女。その際、恵まれた膨らみのそれが嫌でも目につく。

こんな胸元丸見えのヨレヨレシャツで来たのか、この人。青少年の教育に悪い。すごく。

この街の男に見せたら、据え膳と勘違いして襲ってくるぞ。その光景がありありと目に浮かぶ。


「…途中、アパレル店に寄りますよ」

「え、なんで?」

「アンタの格好がアウトだからですよ。

最悪、R18にGが足されたような状態で見つかりますからね」


気がついたら路地裏に連れ込まれて、なんて大惨事になっても驚かない。

なんでこうも無駄な出費が増えるんだか。バイトだよな?バイトしてるんだよな、今?

疑問に思いながらも、私は近場のアパレル店に向けて車を発進させた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


お手頃価格の服がすし詰めにされて並ぶ、チェーンのアパレル店にて。

店内に入った教授は早速違和感を覚えたようで、並ぶ服を見つめ、怪訝そうに眉を顰める。


「…なんかこのアパレル店、品揃えが地味だね。チェーン店だよね、ここ?」

「ここらで長いことやってるアパレル店は可愛い服売らないんですよ。

売ってたとしても、個人店くらいです」

「なんで?」

「可愛い服着てると殺されるからです」

「何やっても殺されるじゃん」

「何やっても殺されるんですよ」


大宮市では普段するような何気ない行動でも、殺人の動機になりかねない。

中には『寿司の食べ方が気に食わない』とかで、バイトしてたおっさんに殺された人とか居たくらいだ。3枚に『おろされた』状態で発見されたとニュースでやってた。

今の時点で狙われてないだろうな、と不安が過ぎる中、目についた服を先生の体に押し当て、眉を顰める。


「……ダメだ。ボーダーなせいで余計に目立つ…。狙われる…」

「ボクはそっちのがありがたいかな。

地域の特色は生で感じるに限るよ」

「感じた瞬間死にますって」


「好奇心は猫を殺す」って慣用句を知らんのか、こいつ。義務教育どころか、博士号取ってるんだよな?

仮にも教授に対して失礼極まりないことを思いつつ、ボーダーの服を畳んで戻す。

ここでぐしゃぐしゃに畳んで戻すと、物理的にぐしゃぐしゃにされる可能性がある。私はなんとかできるが、教授は違う。

これだからよその人の相手は面倒なんだ。

呆れを吐き出し、薄い黒のシャツを押し当てる。

…よし。地味だ。間違っても狙われない。

私はシャツをカゴに入れ、教授の手を引いてレジへと向かう。


「子供の頃を思い出すね。何度こうして掴まれて引き摺られたか」

「子供の頃から脳細胞入れ替わってないんですね」

「今すっごい毒吐かなかった?」

「『子供と同じくらいの好奇心を持ち続けるなんてすごいですね』って言いました」


しまった、つい本音が。

セルフレジにカゴを置き、手続きを進めていく。2000円ちょっと。かなり痛い。

財布からお札を取り出し、現金支払いの手続きを済ませようとすると。

横から身を乗り出した教授が、先にモバイル決済を済ませてしまった。


「流石に自分のものを生徒に買わせるほど逼迫した生活はしてないよ」

「…いや、いつも貧相な格好してるんで」

「身の回りのことに興味がないだけだよ」

「…教授ってそんなに儲かるんです?」

「印税で稼いだやつだよ。本業はそんなに儲からない」


過去の授業で「趣味でエッセイ本を出している」と言っていたな。

こういう人が人生うまくいくんだろうな、と羨望混じりのため息を吐き、私たちは試着室へと向かう。


「この服、着て帰りたいんですけど」

「かしこまりました。タグ切りますねー。

…はい。空いている更衣室をお好きにお使いくださーい」

「ありがとうございます。

ほら、教授。予定詰まってるんですから、ちゃっちゃと着替える」

「子供に戻ったような気分だねぇ」


同い年くらいだろうか。女性店員が微笑み、ハサミでシャツについたタグとサイズシールを剥がす。

私は渡されたそれを教授に押し付け、適当に目についた更衣室へと入れる。

布が擦れる音を聞きながらしばらく待っていると、教授が怪訝な声を漏らした。


「…ねぇ、榎代くん?」

「はい、どーしました?」

「いやね、前の人が置いてったっぽい荷物があるんだけど、店員さんに渡してくれない?」

「はいはい」


アパレル店ならよくあることだ。

更衣室から差し出されたカバンは、よくあるショルダーバッグ。

私はそれを受け取ると、ふと違和感に気づく。


「…………中、見ました?」

「いや?なんか硬いもの入ってるなぁ、とは思ったけど」

「………………」

「あ、ちょっと。勝手に開けちゃダメだよ」


教授の注意を無視し、チャックを開ける。

中にあるものは、化粧用具やメモ帳と言った、働く女性のもののそれ。

だが、その奥に機械らしきものが見える。

日用品をどけるとそこには、およそバッグに入れるには似つかわしくないものが見えた。


「…教授、着替えたでしょ。ちゃっちゃと出てください」

「え、あ、うん。そのバッグ…」

「店員さん、このバッグの中身、『B』です。私が処理しときますんで」

「あ、はーい。よろしくお願いしまーす」


地元の人だったらしい。『B』で通じた。

安堵に胸を撫で下ろし、私は出てきた教授を引っ張って店の外に出る。

教授は何が起きているのかわからないようで、怪訝そうに私に問いかけた。


「えっと、いろいろ聞きたいことがあるんだけど…、そのバッグ持ってきてよかったの?」

「諸々の説明はあとでしますんで、とりあえず耳塞いでくださいね」


『B』の処理法は大きく分けて三つ。

その1。専門の人を呼ぶ。今回、そんな暇はないので除外。

その2。起動の合図となる回路を引っこ抜く。私にそんな知識はないので除外。


今回取る手段は、その3。

思いっきり大地を踏み締め、バッグの中身を引き摺り出し、強く握る。


「ふんっ!!!!!」


ストレスを叩きつけるように叫び、バッグの中身を遥か空の彼方へ『投げる』。

飛行機もなにもない空へと飛んだそれは軈て光を放ち、遅れて轟音を響かせた。


「……………はへっ?」


教授の惚けた声が聞こえる。

私たちの視線の先にあるのは、赤。あんな小さなものから出たとは思えないほどに炎が膨らみ、風が吹き荒れる。

店を丸ごとを吹き飛ばすどころじゃない威力だ。誰に恨みを持っての犯行なんだか。

顔もわからない下手人のことを考えながら、私は淡々と事情を話す。


「『B』は『爆弾』の隠語です。

この街だとしょっちゅう見つかるんで、よそから来た人が混乱しないように隠語を使うようになったんですよ」

「え、いや、今投げ…えっ?」


風情もクソもない爆炎が萎んでいく空を見上げ、わなわなと声を振るわせる教授。

何を驚いてるんだか。私の期末レポートを読んだなら知ってるはずだろうに。


「あのレポートにも書いていたはずですよ。『大宮市の市民は事件に対応できるだけの知恵と力がある』って」

「か、書いてたけども…」

「私も例外じゃないってだけのことです。

なにせ、物心ついた頃からこんな目に遭ってたんで」


「流石にこれで諦めてくれるだろう」と思い、教授へと振り返る。

爆炎に照らされた教授の顔と目が合う。

その顔は、私が望んでいたようなものではなく。


それはまるで、新しいおもちゃを見つけた子供のようだった。

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