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19話 世紀末都市「大宮市」その3

「ふむ、ふむふむ…、浪石自体が特別な地域というわけじゃなくて、昔からそういう実験をしていた病院があった場所ってだけなのか」

「は、はい。そうだと、思い…ます」

「今の今までバレてなかった、上手く誤魔化せてたから使ってたんだろうよ」


紫菜さん、春香くんへの取材に区切りがつくと同時、私のランチセットの皿が空になる。

今日のランチセットは三種のサンドイッチだった。具はたまご、ハム、ツナ。そのどれもが、高級ホテルの朝食ビュッフェで出されても遜色ないほどに絶品だった。こんな世紀末バーで出すには勿体無い代物だ。

頼むから、普通の店やってくれないかな。ここに来ると血の匂いで料理の香りが楽しめないんだよな。


「どーりで紫菜さんのレポートの書き出しは『ウチの地元は世紀末都市だ』じゃなかったわけだ」

「そんな書き出しするやつ、私と春香くんくらいでしょうよ」

「いや、そんなことないよ?あと何枚か似たような書き出しのレポートあるし」

「大宮と同レベルで治安が終わってる地域が他にもあるって軽く恐怖なんですけど」

「二雲と同レベルで人が居なくなる地域が他にもあるってマジか…?」

「そういう方向性ではないと思うけど…」


大海を横断してるつもりだったが、どうやら私が海だと思っていたのは井戸の中だったらしい。こんな常々「世も末だな」と愚痴を吐きこぼさずにはいられない町が他にもあるのか。

春香くんと戦慄くのに呆れていた教授の視線が、ふとリングの方に向く。

なんとなしに見た訳じゃない。殴打の音や雄叫びとは明らかに違う。


旋律。


戦いには場違いな心地よい歌声が、店の中を震わせた。


「─────♪」

「うるっ、さいっ!!」


妹…六子のクロエが歌いながら、動きを鈍らせた弟…三子のユズの攻撃を避ける。

この街にまだ慣れていない教授たちは、クロエが歌う理由がわからなかったのだろう。怪訝そうに眉を顰め、私に問うた。


「…君の妹さん、アレなんで喧嘩しながら歌ってんの?」

「歌詞への共感と音の波長の相乗効果で相手の動きを制限するとかなんとか。原理は知りません。クロエ…妹本人に聞いてください」


クロエ本人から原理を聞いたが、何を言ってるのかちんぷんかんぷんだった。文系に理数ができると思うな。


「そんなの、本当にできるのか…?」

「できるみたいですよ。私みたいな感受性皆無の自己中じゃなければ」

「あー…」

「榎代さん、感動系映画見て友達がぐすぐす泣いてる途中で『え、どっか泣けるとこあった?』とか聞くタイプだろうしね」

「一緒に映画見る友達がいないので経験ないです」

「悲しっ」

「おうリング上がれやこら」


この野郎ぶん殴ってやる。

そんなやりとりの間にも攻防は続き、歌声と連撃に崩されたユズの顔に拳が刺さる。

口を切ったのだろう。ぽた、と口から血が漏れ落ちる。落ちた血は白のスカートに落ち、じんわりと広がった。


「げっ、やっべ…!?」

「ちょっとオイタが過ぎるよ」

「あーあ…。やーっちったーやっちったー…」


ユズは服が汚れた途端、スイッチが入る。そうなったが最後、彼は歯止めが効かなくなる。

無論、妹であるクロエもそれは知っている。だが、そのことが頭からすっぽ抜けるほどに熱中してしまったのだろう。過去、大型トラックに轢かれて無傷だったユズが、流血してしまうほどの威力で拳を突き刺してしまった。

彼の昂りを表すように、びきっ、と四肢に血管が浮き出る。

刹那。彼の姿は大きく揺らぎ、幾つもの影となってクロエに襲いかかった。


「…よくあんなドレスで動き回れますねぇ。動きを制限されてるようには見えないですぅ」

「アイツ…、ユズは身体能力だけ見れば、兄弟の中で一番強いですからね」

「お前じゃないのか?」

「私、単純な身体能力で言えば8人中4位ですよ」


身体能力順に並べると、三子のユズ、七子の弟、六子のクロエ、長子の私、末子の妹、次子の初音、五子の弟、四子のキリエになる。

弟妹たちと直接喧嘩したことはないが、上位3人には大敗を喫する自信がある。

激化するクロエとユズのぶつかり合いを見守っていると、数を数えるように指を折っていた春香くんが微妙な顔を浮かべた。


「……8人って、やっぱり多くないか…?」

「そうですかね?私の友達は16人兄弟でしたよ?」

「2倍!?!?」

「ベンチ込みでサッカーチーム組めるな」

「どっちも動物くらい兄弟の数多いね」


こいつの顔面ブン殴ってもいい法律でもできないだろうか。

青筋を浮かべ、教授を睨んでいると。

紫菜さんがふと思いついたように問いかけた。


「……大宮で出る犯罪者って、あんな人外じみた奴らがいるってことわかってやってるんですかね…?それとも知らずに…?」

「知らずにやってるパターンが7割ですね。残り3割がわかっててやってるパターンです」

「へー。データある?」

「大宮市のホームページに載ってますよ。ほら、このPDFです」

「ありがとー。えーっと…」

「あっ、そのスマホだと…」


私が止めるより先、何世代か前の古い機種でPDFを開くべく画面をタップする教授。

瞬間。アプリの動作がカクつき、ぶつっ、とその電源が切れた。


「バカ重いから古いタイプのスマホで開かない方がいいって言おうと思ったんですけど」

「………もうちょっと早く言ってほしかったかなぁ」

「いくら旧型とはいえ、統計データをロードするだけでスマホ落ちるか、普通?」

「大宮の市役所職員はそのほとんどが犯罪撲滅に命かけてるせいで、どうしても犯罪関連の資料がバカ重くなるんですよ」

「命の使い所間違えすぎだろ市役所職員」


本当にそれな。あまりのデータ容量に、民俗学の期末レポートを書くのに苦労した。


「ラストソングいくぜェ!!ノーミソブッ壊す覚悟はいーかァ、ユズにいッ!!」

「その前にツブしてやるよ、クロエ!!」

「やったれ歌姫ーッ!!」

「ツブせ拳姫ーッ!!」


私たちが雑談してる間に、リングでの死闘が佳境に入ったのだろう。

見るからに消耗した二人が叫び、リングの周囲に集まる男女を盛り上げる。

その様子から、危うい熱気を感じ取ったのだろう。冷や汗をかき、春香くんが私に問いかける。


「おい、物騒なこと言ってるけど大丈夫なのか、あれ…?」

「流石にあそこまで行くと止めますよ。店側が」


私の言葉を遮るようにして、リングの中心に影が現れる。

そこに居たのは、スーツ姿の中年男性。

その男性に見覚えがあることに気づいてか、二人は殺気を霧散させ、愕然と目を見開く。


「おい。ユズ、クロエ」

「「お、おじちゃん!?!?」」


おじちゃん。二人がそう呼ぶのは一人しかいない。

私を鍛えた男にして、バー「クロスカウンター」のオーナー。大宮最強の一人にして、私の叔父。

彼はその鋭い目を細め、いっそわざとらしいくらいに朗らかな笑みを浮かべる。


「おじちゃん、言ったよな。ここじゃやり過ぎんなよって。店の規約にも書いてるよな?」

「は、はい…」

「ごめんなさい…、テンション上がって…」

「気持ちはわかる。けどな、この店で生活に支障が出るほどの喧嘩はアウトってルールは絶対だ。だから、おじちゃんはお前らに罰を与えにゃならん」

「ひ、ひっ…!?ご、ごめ…」

「ゆ、ゆる…」


二人はおじちゃんのわざとらしい笑みに怯え、慌てて逃げようとする。

が、しかし。おじちゃんは逃亡を許さない速度で二人の頭を掴み、思いっきり二人の額をかち合わせた。


「ぁがっ!?」

「べっ!?」


ずがぁん、と人と人の頭蓋骨がかち合ったとは思えないほどに重々しい音が響く。

その衝撃で体力が尽きたのだろう、二人はリングの上に倒れ伏す。

叔父は二人を両肩に担ぎ上げ、声を張り上げた。


「えー、お客様ー。盛り上げてくれるのはたいへん結構なんですが、節度を持って楽しんでくださいねー。…わかったら返事」

「「「「はいっ!!!!!」」」」


その一声で震え、縮み上がる客たち。

一瞬にして場を収めた彼のことが気になったのだろう。教授がこそこそと私に問いかけた。


「………あれ、誰?」

「ここのオーナーで私の師匠です。血縁的には叔父にあたります」

「…さっきまで人間卒業式みたいな大喧嘩してた君の弟妹が、大した抵抗もできずに沈んだんだけど?」

「相手、大宮最強の一人ですよ。抵抗できるわけないでしょ」


叔父がリングを去るとともに、なんでもなかったかのように喧騒が戻る店内。その中で、教授は初めて戦慄を見せた。


「………大宮って怖いんだね」

「今更ですか」

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