18話 世紀末都市「浪石町」エピローグ
浪石の事件から3日。私は出かける準備をしながら、母が見ていたニュース番組を流し見る。
『続いてのニュースです。先日判明した浪石総合病院での非人道的な実験ですが、目茶 剛浴議員をはじめとする与党議員の関与が明らかとなり…』
「まーだこのニュースやってんですか…。叩けばホコリが、なんてレベルじゃないですね」
名前がまんますぎるだろ、この油ギッシュ議員。よく議席に座れたな。ネタ枠で採用されたタイプだろ。
私が呆れていると、ニュースを流し見ながら仕事をしていた母が問いかけた。
「アンタ、これに首突っ込んだんやて?よぉ訴訟とか起こされんかったなぁ」
「起こされましたよ。無罪放免の勝ち戦でしたけど」
浪石の事件は、私たちが襲撃を仕掛けていたところ、キリエが洗いざらい証拠を押さえ、法的な根拠を用意。更にはそれを被害者遺族たちに提示することにより、集団訴訟を起こす形で終結した。
私たちの不法侵入に関しては、「同級生の安否確認」や「祖父の遺体を奪われたことによるやむを得ないもの」として無罪放免。気絶した連中も、目立った外傷がなかったことから、私たちが危害を加えたとは判断されなかった。幽霊を見て勝手に気絶しただけだからセーフセーフ。
ちなみに、紫菜さんによる玉潰しは、あの研究者の所業が表沙汰となったことで正当防衛が適応された。まあ、人間の脳を食い潰す寄生虫を打ち込める注射器を持ち歩いてたんだ。自業自得である。塀の向こうで存分に悔いるといい。
「んじゃ、行ってきますね」
「槍が降ってきたら屋根のあるとこに隠れるんやでー」
「……………槍?」
「あ、隕石やったら地下室あるとこなー。ま、アンタやったら石でも投げて砕くやろうけど」
「娘のことなんだと思ってんですかアンタ」
「自発的ぼっち出不精コアラ」
ぐうの音も出ない罵倒だった。確かに自分から積極的に人に関わろうとはしない。用事がない限りは出不精を決め込み、気を抜くとコアラみたいな生活習慣になる。
自分が腹を痛めて産んだ娘によくもまあそんな容赦なく言えるな、と思いつつ、私はほどけた靴紐を結び直す。
「んで、どこで遊ぶ予定なん?」
「クロスカウンターです」
無論、技の名前ではない。そういう名前のバーだ。
その名を聞いた母は露骨に顔を顰め、ため息をついた。
「アンタ、リング上がらんときぃや。歯止め効かんくなるやろうし」
「わかってますよ」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…さっきから鈍い音が響いてるんだが、なんだこのバー?」
「…なんか、鉄の匂いがするんですけど」
洒落た扉の奥から絶えず鈍い音が響く。
待ち合わせていた春香さん、紫菜さんの2人がそれを訝しむ横で、私はこの店の成り立ちを語る。
「大宮市には血の気が多い連中も一定数存在しておりまして。『好き勝手に暴れられる場所が欲しい』ってニーズに応えるために作られたのが、このバーなんです。
この店だと殴り合いが合法だから、『クロスカウンター』って名前なんですよ」
「それもうバーじゃなくて闘技場だろ」
「血が料理に飛んだりしませんか、それ…?」
「そこら辺は配慮されてるんで大丈夫ですよ。なんでもOKって店ではないですし」
ちなみにオーナーは私の叔父夫婦、店を回しているのはその友人やその子供たちだ。無論、全員が大宮最強クラス。私が10人いても秒で負ける自信がある。
私が扉を開くと同時、バイトのウェイターが声を張り上げた。
「いらっしゃいませー!お好きな席に…」
「死ねオラァッ!!!」
「がっ!?ってぇなくたばれ!!!」
「どうぞー!!」
「もう帰りたいんだが」
「きゃひぃい…っ」
「メシは美味しいですから」
店内の中心にあるリング。そこでガタイのいい男たちが罵声と血を飛ばしながら殴り合っている。この店ではいつも見る光景だ。
私は尻込みする2人の背を軽く押し、空いてる席へと座る。
「なんでこの店を選んだんだ、お前…」
「あんまし聞かれたくない話をするのに使えるお店でもあるんで」
「…それ、裏取引があるって意味か?」
「そういうんじゃなくて。『国家ぐるみの悪巧みに首突っ込んじまったよどないしよー』みたいな話ができる場所って意味です」
「うちの古物商でもよかったろそれ…」
「もう1人がそれを嫌がったんですよ」
「もう1人?」
メッセージを見る限り、もう店の中にいるはずだ。
私が店内を見渡していると、ふと、リングの周りに集まった人だかりに目が止まる。
そこには、待ち合わせていたバカ教授が夢中になってヤジを飛ばしている姿があった。
「そこだー!やれー!!」
「…………あれ、夜圃教授…です、よね?」
「夜圃教授ですよ」
「やれーとか言ってるぞ、あの人…。ここの人なのか…?」
「違いますよ」
「馴染みすぎだろ。余所者なのに」
本当にな。地元民の私でもこの店に慣れるまでに時間かかったぞ。
「なんで教授がこんなとこに…?」
「先日の寄生虫事件について、私たちから話を聞きたいってしつこく頼まれまして。アレを家に上げるのが嫌だったんでこの店に呼びました」
「なるほどな…。ウチに来るのを嫌がるわけだ…」
「え、何かあるんですか?」
「私の曾祖父さんがあの人の恩師なんだと」
「はぁ。世間って狭いんですねぇ」
聞くと、春香くんの曾祖父さんは100歳を超えてバリバリ元気なんだとか。叶さんと交わったことで寿命が極端に伸びたりしたんだろうか。人並みには老けていると聞いたけど。
こちらに気づいていないのだろう、リングに釘付けになっているバカ教授に向け、声を張り上げる。
「教授ー、来ましたよー」
「お、榎代さん!ここすごいね!君の小説のプロットみたいな内容だったレポートが現実味を帯びてくのを感じるよ!」
「体感してみます?あそこのリングは来るもの拒まずですよ?」
「遠慮しておくよ!体験したいのはやまやまだけどね!」
「嫌味だわバカ」
親しくない人間をここのリングに誘う行為は「お前の顔面がムカつきます。ブン殴ってもいいですか?」と聞くのと同義だ。
こめかみに青筋を浮かべ罵倒するも、彼女は気にせず春香くんたちに手を振った。
「姫咲くんと紫菜さんも来てくれたんだね!
じゃ、早速だけど取材を始めようか!」
「今来たとこなんで注文が先です。昼まだなんですよこちとら」
「ちぇー…」
口元の汚れを見るに、教授は昼を済ませてるのだろう。自分の都合だけを考えて話を詰めないでほしい。
ちぇー、じゃねぇよ、と思っていると、お冷を持ってきた店員がこちらに歩み寄る。
「はい、ご注文どうぞー」
「ランチセット、アイスコーヒーで」
「同じもので」
「わ、私、ランチセット、レモンティーでお願いします…」
「っしゃあああああっ!!!」
「ランチセットのアイスコーヒーが二つ、ランチセットレモンティーが一つですねー。かしこまりましたー」
どうやら注文したタイミングで決着がついたらしい。倒れ伏した男を背負い、勝った男がリングを降りていく。
力試しだったんだろうか。この店だとよく見る光景だ。
私が試合に意識を向けていると、それを引き戻すように教授が手を叩いた。
「んじゃ、早速だけど。浪石で何を見たの?」
「あー…、ゾンビパニックです。どうやらあそこらの火葬前の遺体やら、昏睡状態の患者やらをかき集めて実験してたっぽくて」
「ふむ、ネットに出回ってる情報は正しいってわけだね。写真とか…」
ないかな、と教授が言おうとした、その矢先。食事を楽しんでいた1人の男が立ち上がり、声を張り上げた。
「おっ、おい、お前ら!!『歌姫』と『拳姫』の兄妹がリングに上がったぞ!?」
リングに二つの人影が上がるとともに、周囲がざわめき始める。
「ま、マジかよ…!こんな、こんな奇跡があっていいのか…!?」
「おいバイトちゃん、おかわりだ!!ピッチャーで頼む!!」
「な、なんだ…?」
「誰なんですかぁ、あの2人…?」
リングに立つ1人は、絢爛なゴシックドレスに身を包んだ、線の細い人物。黒のロングヘアの中に血が流れるように、一筋のメッシュが走っている。
対するは、革ジャンを羽織り、過激で刺々しいシルバーで体を彩った女性。沸る血を表すかのようにその拳を合わせるたび、雑に二つ結びにした髪が揺れている。
間違いない。身内だ。
そう悟った私はため息を吐き、頭を抱えた。
「………何やってんですか、あいつら」
「知り合いか、あれ?」
「歌姫の方が妹、拳姫の方が弟です。一応言うと、革ジャンが歌姫、ゴスロリが拳姫」
「……………おとうと?」
「弟です。女装癖あるんですよ、あいつ」
兄弟の中で一番女してると思う。男だけど。男なんだけど、仕草がほぼ女なんだよな。
逆に妹の方は女っけが少ない。構えも股を大きく開いているせいで、ホットパンツが肌に食い込んでいる。青少年の目に毒だぞ、あれ。
「あ。見て。ももねーちゃんいる」
「んぇっ?ホントじゃん!おーい!ももねーちゃーん!」
「あははは…」
2人が私を見つけ、声を張り上げる。あの様子だと多分、腹ごなし目的でリングに上がったのだろう。
出先で兄弟に会ってテンション上がるのはわかるが、結果的に私が目立ってしまうからやめてほしい。切に。
店の視線を一身に浴びる中、怪訝そうに眉を顰めた春香くんが疑問を口にする。
「……何人兄弟なんだ、お前?」
「8人。私が一番上です」
「……ご両親、頑張ったんだねぇ」
「そういう生々しいセリフやめてください」
このノンデリ教授、どうにかしてあのリングにぶち込めないだろうか。




