17話 世紀末都市「浪石町」 その5
「ひ、ひぎゃぁあああああっ!?!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ、さ、ぁあああああっ!?!?」
「ゆるひ、ゆるひてぇええっ!?!?おねが、おねがが、おねががががががぺっ!?」
地下室の通路が阿鼻叫喚に包まれる。
叫んでいるのは揃って、ここの職員らしきスーツや研究服姿の人たち。
春香くんの霊感お裾分けが相当に堪えたのだろう、彼らは白目を剥き、ばったばったと床に倒れ伏す。
「ゾンビを呼び出す前に勝手に自滅してくれるの、楽ですねぇ」
「お前みたいに妙に図太いやつ相手だとまるで効果ないけどな」
「私みたいなノミの心臓が図太いとか冗談キツいですよ」
「そのノミ、ユーラシア大陸くらいデカいだろ」
失敬な。私も人並みには繊細だ。これまでの経験からグロに耐性があるだけで。
「…にしても、こんなことに加担してるやつが一丁前に罪悪感持つなんて珍しい。
お国からの命令だから嫌々従いましたってやつがほとんどなんですかね?」
「出世のためにやってるやつもいれば、『高齢化社会を救う薬』とか大嘘つかれて気づいた時には引き返せなかったパターンのやつもいるんだと。
中核のメンバーは利権がどうたらで止めるつもりないらしい。寄生虫を改良して、寄生元が生きてるように見せる研究とかもしてるんだと」
所業が鬼畜のそれだ。何も知らない遺族が「家族が生き返った!」と喜ぶ一幕があったとしよう。
生き返った家族の正体は、脳を無理やりに動かしてる虫。何かのはずみでそれを知れば、家庭はあっという間に地獄絵図だろう。
「偉くなってカスになるのか、カスだから偉くなったのか…」
卵が先か、鶏が先かに並ぶ難問だ。誰か速やかに解き明かしてほしい。面倒臭いので私はやらない。
悍ましい事実にドン引きしていると、紫菜さんがふと声を上げた。
「……あの、今、思ったんですけど」
「なんだ?」
「ここにいるゾンビ、ほぼ病衣か、白装束…でした、よね…?」
「なんだ、今更か。動けない人間を動かす薬の実験なんだから、生死問わず動けない人間を集めてるんだろ」
それを聞き、紫菜さんが強く拳を握る。
彼女の表情は先ほどまでの気弱さが全面に出たものではなく、剣呑なものへと変わっていた。
「…それ、私のように、大事な人を送れなかった人とかもいるってこと、ですよね…?」
「そうだろうな」
「許せ、ません…!絶対に…、止めましょう、こんなこと…!」
「こちとらとっくにそのつもりですよ」
慣れてるから冷静でいられてるだけで、私も人並みには怒りを覚えている。
怒りに燃える紫菜さんに共感していると、春香くんがふと、ある扉の前で足を止めた。
「…ここか」
これまで見てきたものと同じ扉だ。特に変わった場所はない。
春香くんは扉に備わった電子ロックのパスワードを打ち込み、鍵を開ける。
「ここに何があるんです?」
「紫菜さんのおじいさんと、薬の実験してるイカれポンチ」
「っ……!!」
「あ、ちょっ、紫菜さん」
それを聞いた途端、紫菜さんが春香くんよりも先に部屋へと押し入る。
私たちがそれに続くと、今しがた薬を打ち込んだばかりだったのだろう、注射器を持つ男研究員と目が合った。
「ひ、ひぃっ!?な、なんだ君たちは!?」
「おじいちゃ…っ」
がたっ、がたたっ、と倒れ伏した老父の遺体が動く。これが紫菜さんの祖父。確かに面影がある。
悍ましく蠢くをそれを前に絶句する紫菜さんに、研究員…提げたネームプレートを見る限り、「奥野」という名前の男が呆れを込め、ため息をつく。
「この患者の肉親か…?警備は何をやってるんだ…、ったく…」
「あ、あなた…、わ、私のおじいちゃんに…、いったい、何をして…っ!?」
紫菜さんの問いに、研究員は手元の資料を確認する。
興味がないのか、それとも関係者かどうか調べているのか。彼は資料のある部分に目を留めると、紫菜さんに語りかけた。
「紫菜 剣。君のおじいさんは素晴らしい金属加工技術を持っていたそうですね」
「な、なんの話を…」
「でも、その技術を後世には伝えられなかった。伝える前に死んでしまったからです」
どうやら後者だったらしい。
彼は紫菜さんに言い聞かせるよう、仰々しく、しかしながら淡々と続けた。
「この薬は、死者を甦らせる。それはつまり、死者が持つ技術すらも甦らせることができる」
「…なるほど。ただ無作為にゾンビにしてるんじゃなく、死んだ人間が持つ技術のサルベージが出来ないかを試してたわけですか」
「その通り!」
高齢化社会の現代、職人の高齢化で失われてしまった技術など、星の数ほどあるだろう。
奥野は資料をめくり、プレゼンするかの如く捲し立てる。
「この虫は理論上、脳に刻まれた記憶を学び、それに沿った動きを再現させることができる!これを使うことで、高齢化社会のあおりを食らって衰えていく『日本のものづくり』を立て直せるんだ!!」
「確かに高齢化は進んでますけど…、まさかこんな形で立て直しを図るだなんて、サイコが過ぎるでしょうよ…」
若者に技術を伝えるとかじゃなくて、虫に死体を動かせてまで技術を途絶えさせないつもりか。完全に狂っている。
私たちが身を引くのを気にせず、奥野は更にテンションを上げて語り続けた。
「今はまだうまく制御できず、生前強くイメージに残っているものに変貌することもあるが…、それも今だけ!ゆくゆくは死者の意識すらも再現させ、工業のみにとどまらず、出版業界やタレント業界などの発展にも繋げることができるんです!!」
「死者への冒涜が過ぎるだろ、コイツ…」
「霊を見せて呪ってもらいますか?」
「いや、ここまで酷いと霊を見せてもあまり効果はないと思うぞ…」
確かに。言動から考えるに、霊や呪いなんてまるで気にしそうにない人種だ。
暴力で抑えるか、と悩んでいると。
つか、つか、と紫菜さんが距離を詰め、奥野の胸ぐらを掴んだ。
「そんな能書き、どうでもいいんですよ…!
おじいちゃんを返してください!!おじいちゃんはもう死んでしまったんです!!きちんと供養させてください!!」
「何故だ?私は君のおじいさんを生き返らせようとしてるんだぞ?」
「ただ虫に動かされてるだけの死体でしょうが!!」
紫菜さんの悲痛な叫びが響く。
生き返ったように見えているだけ。動いてるだけで、すでに火葬寸前だった、瞼と口が塞がれた死体だ。
その事実を、彼女は肺腑から空気を搾り出す勢いで叫ぶ。
「私のおじいちゃんは、もう死んだんです!!不満も後悔もたくさんあっただろうけど、ちゃんと生き抜いたんです!!88年も頑張って、最後には数え切れないほどのお薬を飲みながら生きて、やっと命のゴールに辿り着いたんです!!」
「でも、死んだ時は悲しかったでしょ?ほら、こうして生き返ることを喜ぶべきですよ!!」
「…………っ」
何を言っても通じない奥野にたじろぐ紫菜さん。
と。そんな彼女を抑えるかの如く、彼女のおじいさんだった死体が彼女を抱きしめようと距離を縮めるのが見えた。
「ゔ、ぁ……」
「おじい、ちゃ…っ」
「紫菜さんっ、早く離れ…」
「お、お前たちは動くな!!動いたら、この女を殺すぞ!!」
「………」
紫菜さんを逃がそうとするも遅く、ゾンビがその細首に手を回す。
呆れて声も出ない。清々しいまでのクソ野郎だ。
力が強いわけではないのだろう。だが、紫菜さんの複雑な心境がそうさせるのか、抵抗するそぶりがない。
それを見て何を思ったのか、奥野は喜色満面に叫んだ。
「……………」
「ほら!あれだけ好き勝手言ったくせに、祖父の抱擁に感動しているだろう!?彼女も僕の正しさを理解して…」
奥野がそう叫んだ、その時だった。
ずぱぁんっ、と乾いた音を立て、おじいさんの体が宙を舞ったのは。
「……………へ?」
「きゃひっ」
その音の正体は、紫菜さんのデコピン。私の目にすら捉えきれない速度のそれが、おじいさんの脳にいた寄生虫を潰したのだろう。
倒れ、動かなくなったおじいさんに目もくれず、ゆらり、と髪を揺らして振り返る紫菜さん。
その目に光はない。何重にも重なった敵意を表すかのように、ぐちゃぐちゃとした黒が鎮座している。
口は裂けんばかりに弧を描き、絶えず笑い声が漏れていた。
「きゃひ、きゃひひっ、きゃひゃひゃひゃっ、きゃひひひひはははは」
先ほどまでの紫菜さんとは思えぬ変貌を前に、春香くんが困惑を漏らす。
「は…?今、なにが…?」
「あー…。どーりで。大宮の血が入ってるにしては大人しいなーと思ってたんですよ」
「も、百華さん…?紫菜さんに何が起きてるのかわかるのか…?」
「まあ、経験からくる憶測ですけど」
身内に似たようなのがいるからわかる。
体を揺らし、歩み寄る紫菜さんに怯える研究者にも聞こえるよう、声を少しばかり大きくする。
「二重人格ですね、こりゃ。スイッチが入ると手がつけられなくなるタイプの」
今しがた生まれたのか、それとも心の奥底に眠っていたのが目覚めたのか。
きっかけがなんにせよ、このまま傍観すれば、奥野は無事では済まない。
彼女は奥野の肩を強く掴み、ずいっ、と顔を近づけた。
「『中』で見てたのだけどぉ…、あなたよねぇ?アタシのおじーちゃんを使って『私』をいじめたのぉ」
「ひ、ひゃぁがぁっ!?!?」
「ごめんなさい、足が滑ったわ」
どう足を滑らせれば、頬に蹴りをかませるんだ。しかも、口から歯のかけらが飛ぶくらい強かったぞ。
酷い虫歯になった時のように頬を赤く膨れ上がらせた奥野は、涙目になって頭を下げる。
「ご、ごべ、なさ、ごべんなざいっ、ごべんなざいぃ…っ」
「あらぁ、謝れたのね、あなた。それじゃ、何が悪かったかはわかる?」
「……………わ、わがりまぜん…」
「えいっ」
「ひゃぎぃいいいいっ!?!?」
うっわ。タマ踏み抜きやがった。エグっ。
「ふざけてんの?ワンちゃんの方がまだ上手にごめんなさいできるわよ?」
「ひっ、ひっ、ふひっ…!?」
「何が悪かったかを述べた上で謝りなさいって言ってるの。ほら。早く。小学生でもできることよ」
「ごべ、ごべ…、ごべっ…」
「鳴き声が聞きたいって私言ったかしら?」
「ぶくぶくぶくぶく…」
泡吹いて倒れるカスに舌打ちする紫菜さん。
その鬼畜っぷりに、春香くんがなんとも微妙な表情で私に問うた。
「………なぁ。私たち、わざわざ助けに来なくてもよかったんじゃないか?」
「同感」




