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15話 世紀末都市「浪石町」

「お、鍵かかってませんよ。ラッキー」

「そのラッキー、頭に『アン』付くだろ」


電源が入ってない自動ドアを開き、中に入る。

手入れされてない外装と違い、中身は隅々まで手入れが行き届いている。イメージしていたような汚れや腐臭はない。

叶さんの言っていたことは本当だったらしい。危険がないかを確認しながら、エントランスへと進んでいく。


「…やっぱ綺麗すぎますよね、ここ。もっと血みどろで、そこらへんに死体引きずった跡とかあるのかと思ってました」

「ストレッチャーあるだろ」

「ストレッチャーってなんです?」

「車輪ついてる担架」

「ああ、そんな小学生向けゲームの必殺技みたいな名前なんですね、あれ」


予防接種以外で病院の世話になったことがないから知らなかった。医療ドラマとかもまるで見ないしな。

自分の無知を実感していると、ふと春香くんと目が合う。

顔色が悪い。叶さんの血を引いてるせいか、よくないものが見えているのだろう。こんなところでゲボ吐かれても困る。


「…使われなくなった病院って、病院特有のあの匂いするんですね。いや、ここ使われてないかどうか微妙ですけど」

「使われてるだろ。まともな用途でないだけだ」

「それにしてもですよ。曲がりなりにも医療行為はしてるんですかね」


結論の出ない雑談を交わし、緊張をほぐす。

と。そんな私たちに冷や水をかけるように、幾つもの足音が響く。


「……なんか足音しますね」

「……一応言っとくが、耐性ないとトラウマになるぞ」

「この歳になるまでトラウマになるようなもんいっぱい見てきましたけど」

「大宮市民逞しすぎるだろ」


幼い頃は眠れなかったり、嘔吐を繰り返したりしたが、10歳になることには「またかぁ」程度にしか思わなくなった。

いちいち気にしていては、心がもたない。大宮はそういう場所だ。

つくづく治安が終わってるな、私の故郷。

改めてそう思っていると、足音の正体だろう人影が見える。


…いや。人影、というには語弊がある。

やけにおぼつかない足取り。歳を重ね弛んだ肌は、青色を通り越して白くなっている。

少し動くと「うぁー」と声を漏らし、近づいてくるそれは、フィクションの中でしか見ない「ゾンビ」のそれだった。


「わっ、ゾンビですよゾンビ。マジもん初めて見ました。アレ死んでるんです?」

「霊的には死んでるな。周りにいる霊が恨みのあまりとんでもない歪み方してる」

「元凶呪い殺したりしないんですかね?」

「できないんだろ。霊としての歴が浅い」

「ほーん」


私たちを見つけ、びたっ、と一斉に止まるジジババゾンビ。動物の攻撃態勢にも似ている。

次の瞬間には、彼らはその見た目からは想像もできないほどの速さでこちらに駆け出した。


「これ噛まれたら仲間入りとかありますかね?」

「ないな。そもそも一般的なゾンビではないみたいだ」

「え、なんでわかるんです?」

「ここで働いてたやつの霊がいたから軽くシバいて聞いた。動けない老人を動かす薬を作ろうとしたら、人の死体を無理やり動かす寄生虫が出来ちゃったんだと」

「あの有様で『動いてるからヨシ』って、頭沸いてんですか?」

「私に言うな」


偉い人の思考回路はよくわからない。

呆れる私に、春香さんは淡々と情報を伝える。


「…あの中に『しな』はいないだろうな。高齢者ばかりだ」

「ソレはいいんですけど、アレ邪魔ですよね。どうすりゃ止まるんです?」

「頭に衝撃を与えて寄生虫を潰せば止まるんだと」

「りょーかい」


寄生虫か。衝撃を与えて潰せるのなら、本体はそこまで固くないだろう。

拳を握り、数発。ゾンビがいる分だけをその場で放つ。

次の瞬間、遠く離れたゾンビたちが軽くのけぞり、その場で倒れた。


「…何やったんだお前?」

「拳圧を当てただけですけど」

「けんあ、なに?」

「拳圧。空気を殴って飛ばすアレです」

「やっぱ私要らなかっただろ」

「要りましたよ。私は霊に話聞けないんで」


私は半端にしか霊感がないからそこまで見えないと初音に言われたっけか。

そんなことを思いつつ、私は倒れ伏した死体に手を合わせる。


「まんまんちゃあん、まんまんちゃあん、と。この死体の霊どうなってます?」

「供養が適当すぎるってキレてたぞ」

「贅沢言うな成仏しろって言ってください」

「もうしたぞ。自分たちの死体が虫に操られてるのが嫌だから現世に残ってただけっぽいな」

「はやっ」


そりゃそうか。年齢を見た感じ、いつ死んでもおかしくない年頃だもんな。死んだことに思う部分はあまりなかったわけか。


「さて、こっちからゾンビ出てきたわけですが…、ただ彷徨ってただけなのか、防犯のつもりなのか、それとも『しな』って人を探してのことか」

「どうやら私たちより前に侵入者がいたとかで逃げられないよう、出入り口を塞ぎにきたんだと」

「誰情報なんです?」

「さっき捕まえた、ここで働いてた幽霊。半分くらい蒸発させたら泣いて靴舐めながら話してくれたぞ」

「エグっ」

「人を助けるためだ。既に死んでる人間にまで気を遣えるか」


霊って痛覚あるんだろうか。それとも、成仏を嫌がったりするんだろうか。

あとで聞いてみよう、と思ったあたりで、あることに気づく。


「…ん、あれ?出入り口を塞ぎにかかるってことはつまり…」

「『しな』は生きてるってことだな」

「まさか、大宮生まれか…?」

「どこにそう確信する要素があった」


呆れ、ツッコミを入れる春香くんを無視し、私は使われた形跡のない受付の中に入る。


「……んで、実のとこどーなんですかね、『しな』さーん。助けに来たお礼がわりに教えてもらえると嬉しいんですけどー」

「きゃひぃん!?」


受付の下。そこに縮こまっていた金髪の女性にスマホの光を向ける。

ここまで逃げてくるのに振り乱したのだろう、跳ねが目立つ長い金髪に、怯えから潤んだ青い瞳。淡麗な顔をぐしゃぐしゃにして震える彼女は私を見るなり、それ以上逃げ場もないのに思いっきり身を引く。

私が助けに来たと言ったのが聞こえなかったんだろうか。そう疑問に思っていると、同じく受付に入った春香くんが『しな』らしき人物を前に声を漏らす。


「うぉっ。よくわかったな」

「生きてる人間の気配があったんで。大丈夫ですか、しなさーん?…白目剥いてないで答えてくださーい。死にますよー」

「………はっ!?」


恐怖のあまり失神していたのだろう。白目を剥いた状態から回復した『しな』は、おずおずと私たちに問いかけた。


「た、確かに、その『しな』は私ですけど、た、助けに来てくれたって、いうのは…?」

「この写真送ったでしょうよ。私ら、これ見てわざわざこんな危ないとこ不法侵入したんですから」

「あっ…、お、送っちゃってたんですね…」

「誤爆だったわけか」

「はいぃ…。慌てて写真撮って、一回打ち込んだあと、やっぱり送らない方がいいかと思って、消したはず…なんですけどぉ…」


安堵と緊張が混じってか、それともこれが元々なのか、吃りながら話すしなさん。

そういえば、民俗学を受けてた時も教室の隅っこで縮こまっていたのを見た気がする。


「…ま、そこら辺は置いといて、ちゃっちゃと出ますよ。こんなゾンビゾンビしてるとこにいたら気が狂いますよ」

「なんだその形容詞は」

「わ、私は、残りますから、お二人は帰ってください」

「アンタを助けに来たっつってんでしょうが」

「何か帰りたくない理由でもあるのか?」

「あ、あぅう」


私の言葉に被せるようにして、しなさんに帰りたくない理由を問う春香くん。

彼女は言葉を探しているのか、しばし考えたのち、ゆっくりと声を漏らした。


「こ、ここに、おじいちゃんが、いるんです。助けるまで、帰りません」

「…あのゾンビの中には?」

「いません、でした」


…ここで帰れというのは酷か。

頭をかき、ため息を吐く。


「………わかりました、わかりましたよ。付き合います」

「面倒くさがりを自称する割には働き者だな」

「筋の通らない真似をする方が面倒ですから」


生来の面倒くさがりである私にとって、不義理、不親切は最も忌むべきものである。

情けは人の為ならず、だ。


「じゃ、改めて自己紹介しましょうか。榎代 百華です。よろしく」

「姫咲 春香だ。よろしく頼む」

「つ、(つるぎ)・オフェリア・紫菜(しな)…です。よ、よろしく…」

「………………おふぇ?」

「あっ」


ミドルネームが「オフェリア」ってことは、北欧かそこらの血が混じってるわけか。うっかりミドルネームまで名乗ると言うことは、海外での暮らしが長かったタイプと見た。

名乗る気はなかったのだろう、顔を真っ赤にして「忘れてくださいぃ…」と縮こまる紫菜さん。

聞き慣れないミドルネームに驚いたのだろう、思わず聞き返してしまっただろう春香くんの脇腹を軽くこづいた。

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