14話 世紀末都市「浪石町」 その2
『次は〜、浪石、浪石〜』
「普通に着きましたね」
「普通に着いたな」
途中で列車事故が起きるものと思って身構えていたのだが、特に何事もなく着いてしまった。
浪石町。大宮から電車で片道45分程度。隣県にある田舎町。
駅周りがちょっと栄えてる程度で、少し遠くを見れば田んぼ道が広がっている。大宮と似た景観だ。
学友が危機に陥っている場所とは思えないほどに普通の田舎だ。一週間も過ごせば、私はここを地元のように語れるだろう。
そんなことを思いつつ、叶さんに「恩人にだけ苦労かけさせる気か」と叱られ、同行することになってしまった春香くんへと目を向ける。
「…あの、ついてくってのはまあ、受け入れた上で一応聞きますけど、本当に自衛できる程度の力はあるんですか?」
「霊には強いが、人相手は経験ないな。大宮で犯罪に巻き込まれたこともないから、荒事耐性もない。終始狼狽えっぱなしだと思う」
「嘘でしょ…!?大宮に行って事件に巻き込まれたことがない…!?」
「どこに驚愕してるんだ」
信じられない。大宮で事件に出会さないのは、高速道路で一度も渋滞に遭わないのと同義だ。市役所が出してるデータによれば、一度の来訪でも70%の確率で事件に遭うとされている。二度来訪した人で事件を経験してない人間はいないとまで結論づけられていた。
なのに、身内が大宮に住んでいて、尚且つ何度か足を運んでいて事件に遭わないなどあり得ない。一体どんな豪運なんだ。
愕然とする私に呆れ、携帯を開く春香くん。
彼はきょろきょろと辺りを見渡し、ふとある方向を指差した。
「あそこだな。今は移転して廃病院みたいだが、それにしては綺麗だな」
「解体費用が足りなくて放置してる…って体で残して利用してるわけですか」
「…なんかこういうのに慣れてそうだな、百華さん」
「幼稚園に通ってた頃からそーゆーのに巻き込まれてましたからね。6歳で指名手配されたこともありますよ」
「………何したんだ?」
「少なくとも指名手配されるような真似をしたことはないですね」
兄弟全員が指名手配された時は思わず天を仰いだ。キレた両親によって半日もしないうちに諸々の裏事情全部表に引き摺り出されて、秒で取り下げられたけど。
苦い…というにはパンチの弱い記憶を掘り起こしつつ、近くに停まっていたタクシーに歩み寄る。
私たちが客だと悟ったのだろう、タクシーの運転手は後部座席の扉を開き、運転席の窓を下す。
飲み屋が多いし、ある程度は繁盛しているのだろうか。内装、外装共に比較的新しいそれに乗り込むと、運転手が私たちに声をかける。
「はい、お客様、どちらまで?」
「あそこに見える廃病院近くまで」
「かしこまりましたー」
ここからは迂闊な会話は出来ない。
携帯を取り出し、やり取りを続ける。
『廃病院にはどうやって入る?迂闊に踏み入って不法侵入で訴えられたりしないか?』
『そんなん、バレないことを祈るしかないでしょうよ』
『行き当たりばったりがすぎるだろ』
『大丈夫ですよ。高性能カメラが捉えられないくらいの速度で入りますから』
『つくづく思ってたが、百華さんって本当に人間なのか?』
『大宮の中では真ん中くらいの強さですよ』
『嘘だろ』
私のような小娘など、大宮に暮らす老人たちには手も足も出ない。
大宮で育ち、老いた老人は皆衰え知らずだ。過去、大宮に事業展開したデイサービスが軒並み裸足で撤退してったくらいには健康が極まってる。愛用してる喫茶店の店長なんて、80近いのに、小指で軽く空気を弾くだけで強盗犯の銃を粉々にしていた。
『もし不安なら、春香さんは外で待っててもらってもいいですよ』
『そうしたら曾祖母ちゃんに何言われるかわからん』
『叶さんにはうまく言っておきますから』
『いや、視覚共有されてるから無理』
『怖っ』
プライベートの時間取れてるんだろうか、彼。いや、叶さんが監視以外で彼と視覚を共有するなんて考えられないが。
…もしかすると、私の視覚も共有できたりするんだろうか。流石に血縁だけだよな?
一抹の不安を覚えていると、運転手が私たちに声をかけた。
「着きましたよ。980円になります」
結構すぐについた。道が空いていた上、そこまで複雑なルートでもなかったのだろう。
財布を取り出そうとすると、春香くんがバックミラーに向けてスマホを掲げる。
「あ、これでお願いします」
「はい、こちらにコードをかざしてください」
専用の機器にスマホをかざし、決済を済ませる春香くん。
正直助かった。これからの出費を考えると、割り勘でも痛い。
「ありがとうございます。半額返します」
「別にいい。早く降りよう。間に合わなくなる」
「あ、はい」
彼に促されるまま降りると、薄いフェンスに囲まれた病院が目の前に見える。
『しな』とやらはどうやってこの中に入ったのだろうか。
春香くんも同じ疑問がよぎったのだろう、私に問いかけた。
「…入れるのか、これ?」
「行けますよ。ちょっと失礼しますね」
「うぉっ」
どこかに抜け道があるのかもしれないが、今からそれを探すのは面倒だ。
春香くんの腰辺りに左手を回し、脇に抱える。
思ったより軽い。あまり食べてないのか、それとも脂肪がつきにくい体質だったりするのか。
そんなことを思いつつ、私はその場から3メートル程度のフェンスを飛び越え、廃病院の敷地へと踏み込んだ。
「ほら行けた」
「………本当に人間か?」
「大宮の人なら大抵出来ますよ」
「どうなってんだ大宮」
そんなのこっちが聞きたい。
呆れる彼を降ろし、私は目の前に佇む病院を見上げた。
「どうです?なんか嫌なもんとか見えます?」
「………曾祖母ちゃんに言われてなかったら即帰ってるな」
「え、何見えたんです?」
「聞かない方がいい。慣れてないとまともに飯が食えんくなる」
「エグいのには慣れてますよ、私。大宮暮らしなんで」
「魔窟すぎるだろ大宮」
人間使って生花してたサイコパスが近所に潜んでるような街だからな。嫌でもそういうエグさには慣れる。
湧き上がる苦い記憶の数々から逃れるように、私たちは病院の門を潜った。




