12話 世紀末都市「????」
人の金で焼肉を食うという人生の中でもトップ10に入るであろう幸福を享受して数日。
単位を人質に取るクソアマから解放され、自堕落の極みにあったはずの夏休みは現在、かつてない危機に見舞われていた。
「なんで私が公民館掃除なんか…」
「ももちゃん以外用事あるんやからしゃーないがな。行かんと5000円払わされんのやから」
「私のバイト代から払えばいいでしょ」
忍び寄る悪魔の名は、「公民館の掃除」。
私が住んでるのは小さな集合住宅地。そこらの民家と間違われそうな公民館を使う機会は年に数回程度。敷地は集団登校する小学生の集合場所になっているが、公民館の中に入ることなんてそうそうない。
しかし、使わないからと言って掃除しないわけにもいかず。住人のための公民館は、大した役割も果たさないくせに、住人に掃除を押し付ける悪しき存在と化していた。
いつもなら父か母が掃除に向かうのだが、今回はタイミング悪く、私以外の家族全員に予定があり、私にお鉢が回ってきた。これをサボれば5000円の出費。つくづく気が滅入る。
「アホ。ご近所付き合いもあるんやぞ。しっかりやらんかい」
「チッ。わかりましたよ」
「おう学費出したってる母ちゃんに舌打ちとは偉なったのう扶養家族」
扶養を引き合いに出されると何も言えない。
親の権力に屈し、私は「行きます」と小さく答えた。
「7時からやからな。初音に起こしてもらい」
「初音もなんかあるんですか?」
「夜勤やと。公民館の掃除が始まる1時間前くらいに帰ってくるって聞いとるさかい、頼んどくな」
「夜勤?あの古物商、そんなんやってましたっけ?」
「なんか別の業務やと」
初音が夜勤だなんて珍しい。私が気づいてないだけで、何度か夜に働いていたりするのだろうか。あとで聞いてみるか。
…しかし、明日は初音が起こしにくるのか。起きないと悪戯してくるんだよな。
初音は兄弟の中では1、2を争う非力だが、その悪戯には容赦がない。ビンタされて起こされるのなんてしょっちゅうだ。ひどい時は腹をむにむにと引っ張られる。私はあまり肉付きがいいわけではないが、それでも傷つく。
…太ってないよな?昨日はかなり食べたけど、太ってないよな?食べた肉がそのまま肉になったりしてないよな?
不安だし、明日は頑張って自力で起きるか。起きられる気はしないけど。
♦︎♦︎♦︎♦︎
翌日。無心で床の雑巾掛けを繰り返していると、窓を拭いていたおばあちゃんがこちらに微笑みかけた。
「榎代さんとこの子はみんな真面目ねぇ」
「はは、どうも」
結論から言おう。私は自力で起きられなかったし、太ってた。
見た目はそう変わらない。ただ、「つまめる肉の量が増えた」と初音に指摘された。体重計に乗ったらちょっと増えていた。
並々ならぬ衝撃だった。いくらほぼ一日寝こけるような自堕落とはいえ、私も乙女の一人。人並みに体重は気になる。
私の体は、スレンダーなんて褒め言葉が裸足で逃げ出すくらいには起伏がない。それ故に、太るとめちゃくちゃわかりやすい。
着る服によっては誤魔化せるけど、家族には一眼でバレる。
しばらくは体を鍛えるか、と思っていると。
「お」
「あ」
つい先日会ったばかりの同級生、姫咲 春香と目があった。
何故にここにいるのだろうか。彼は確か、実家暮らしだったはず。
近所のおばあちゃんも見慣れない若者を怪訝に思ったのか、躊躇いなく問いかけた。
「あらぁ、どこの子かしら?」
「久遠寺 叶のひ孫です。しばらくこちらに泊まることになって」
「久遠寺さんとこの!確かに、目元が若い頃の奥さんに似てるわねぇ!…って、やだアタシったら!久遠寺さんとこの奥さんはまだ若かったわねぇ!」
「よく言われます」
まだというか、この先ずっと若いんじゃなかろうか、あの人。1300年はあのままなんだし。
叶さんの事情を知ってるのか、それとも知らないのか、この町での叶さんについてマシンガントークをかます近所のおばあちゃん。こうなると長いんだよな。小さい頃、母がよく付き合わされていたっけか。
多少は嫌がってもいいだろうに、愛想よく相槌を繰り返しながら掃除に励む彼。
そんな彼らを尻目にバケツから取り出した雑巾を絞っていると、自治会長の声が響いた。
「皆さーん、そろそろ切り上げましょー!」
先ほど調整したばかりの時計を見ると、7時32分。終了予定時刻を少し過ぎている。
おばあちゃんはそれを聞き、「あらやだ、ごめんなさいね」と謝罪を口にして公民館を出ていく。
それを最後まで笑顔で見送っていた姫咲 春香は、その姿が見えなくなった途端、深いため息をついた。
「ああいう手合いはどこにでもいるんだな…」
「田舎の風物詩みたいなもんでしょうよ。…ってか、なんでいるんです?」
「母に『助けてもらったんだから、この夏休みの間は曾祖母ちゃんの店を手伝ってこい』と言われてな。しばらく大宮に住むことになった」
「自殺願望でもあります?」
「そこまで言うか」
言う。ここの治安の悪さをわかった上で住むだなんて、正気を疑うぞ。
彼の呆れた視線を無視し、私は使った雑巾とバケツを水洗いする。
「んで、なんで公民館の掃除に?叶さんは?」
「夜勤明けだから、私が代わりに来た」
「ああ、退魔師業の。やっぱ夜勤が基本なんですかね?」
「いや、そんなことはないが…、ここ最近は夜の依頼が多いらしい。今日もあるみたいだ」
はて。何か面倒なことが起きていたりしないだろうな。
初音たちが巻き込まれないといいが、と思いつつ、洗い終わった掃除用具を手に外に出ようとする。
と。同時に私たちの携帯が震えた。
「…ん?」
共通した連絡先からだろうか。それとも、どっかの公式のつまんない通知だろうか。
二人して反射的に携帯を取り出し、画面を開く。そこに表示されていた連絡先は、民俗学の授業で行ったグループワークのために作ったチャット。
もう授業も終わり、惰性で消してなかっただけのそれに、写真が添付されている。
ふと彼の方を見ると、同じような通知が見えたのか、怪訝そうに眉を顰めていた。
「なんだ、この写真…?」
「心霊写真とかです?」
「いや…、よくわからんな、これでは」
通知を開き、写真を見る。ただのブレた、病院の廊下みたいな写真だ。それを補足するかのように、「たすけて」と短くメッセージが投げられる。
どう考えても尋常な状況ではない。
発信元の名前は、「しな」。無論、その名前に覚えはない。本名かどうかもわからない。
面倒だ、と辟易が過ぎる。しかし、見てしまった以上は何かしないと気が済まない。
私たちは顔を見合わせ、互いに頷いた。




