11話 叶からの礼
「お姉ちゃーん、明日って暇ー?」
二雲町の調査を終えて1週間。風呂上がりの私に、初音が声を張り上げる。
暇と答えたら面倒なことになる。が、彼女に嘘をついても碌なことにならないのは目に見えてる。
私はぬるい麦茶を啜り、答えた。
「お姉ちゃんは先週から夏休みを自堕落に過ごすことを決意しました。つまりは暇です」
「えっ、忙しいんじゃないの?」
「なにを見てそう思ったんです?」
「ここ最近はしっかり朝に起きてるから、てっきり。
ほら、お姉ちゃんさ、夏休み冬休み春休みゴールデンウィークシルバーウィーク三連休、ありとあらゆる休日全てにおいてコアラみたいな生活リズムしてるじゃん。
まともに起きて活動してたの、受験期くらいでしょ」
「……………」
コアラはユーカリの毒を分解するため、一日のうち20時間前後は寝て過ごすと言われてる。
エノシロジダラクコアラの生態もこれと類似しており、長期休みと呼ばれる時期になると分解する毒もないくせに20時間睡眠を1週間敢行し、天敵であるエノシロエセカンサイベンママを激怒させる。
ちなみにこのエノシロジダラクコアラ、弟妹の危機には飛び起きる。エノシロジダラクコアラの体内時計には、弟妹の声なきSOSを感知する「お姉ちゃんアラート」が搭載されているのだ。
今のところ百発百中で弟妹の危機に駆けつけることができている。
「…明日、なんかあるんですか?」
「なんか、叶さん…、バ先の店長がお姉ちゃんにお礼したいんだってー」
「はあ」
別にいいのに。
大宮だと命を助けられるなんてよくあることだ。それでいちいち礼のやりとりをしていたらキリがない。
聞いたところによると、破産寸前まで命の恩人に金を貢いだ人もいるらしい。
「んで、今度はなにやったのー?」
「妖怪退治」
「えっ?お姉ちゃん、霊力とか使えたっけ?
そういう才能なかったんじゃ?」
「いや、普通に物理効きましたよ。殴ったら消し飛んでたし」
「あー…」
なんだその顔。
笑ってるのか呆れてるのか、よくわからない顔を晒す初音を睨むも、彼女は気にせず続ける。
「妖怪ってね、普通は霊力を纏う攻撃じゃないとてんで効果がないの。
効かないっていうか…、ほら、ソシャゲでよくあるじゃん。『適性がない限り、ある程度の威力を下回る攻撃は受け付けない』みたいな」
「ありますね、そういうの。
報酬が美味しいのに適性狭くてライト勢には手出しできず、インフレ進むまで手ェつけないやつ」
出てきて1週間後とかに適性キャラの限定ピックアップガチャとか出るやつだ。
ガチャを引かせたい魂胆見え見えで逆に萎えるんだよな、あれ。無課金ユーザーが言えた文句ではないんだろうけど。
「お姉ちゃんのパンチは、『ある程度の威力』をべらぼうに超えてたから、殴って消し飛ばすなんて真似ができたの。
『限定スキルを持ったキャラでしか攻略できないはずのクエストが、めっちゃ強い普通のキャラでもクリアできちゃった』みたいなレア事例」
「詳しいんですね」
「退魔師だもーん」
「退魔師」
「うん。退魔師」
「父ちゃんに報告しますね。初音が怪しい商売に手を出したと」
「違うから!バ先の業務の一環!退魔師兼任なら時給1200円になるからやってるだけ!!」
よかった、怪しいセミナーやらなんやらに手を出したのかと。
「数珠とか使って『破ーっ!』とかやるんですか?」
「ううん、突っ立てるだけ。守護霊さんがすんごい強いから丸投げしてる」
「それで時給1200円…?」
「ちゃんと守護霊さんに還元してるから!」
「お供えでもしてるんですか?」
「コスメとか買ってあげてる!」
「コスメ」
守護霊が使えるもんなのか、それ?自分用を守護霊用と言い張ってるとかじゃないだろうな?
ツッコミたいことは多いが、面倒なのでスルーする。
「話を戻しますけど、お礼ってご飯奢ってくれるとかですか?」
「たぶん?」
「聞いてないんですか?」
「うん。『お礼したいから、明日お姉ちゃんを連れてこい』としか言われてない」
物ではないよな。なにか渡すんだったら、初音に持たせるはず。
ないとは思うけど、「年も近いし、ひ孫を婿に」とか言い出されたらどうしよう。
ご飯を奢るだけでありますように、と願いつつ、私は残りの麦茶を飲み干した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
翌日。叶さんが営む古物商「るてん」にて。
わざわざ呼び出したのだろう、叶さんがひ孫さんの肩を摘み、私に差し出す。
「春香を婿にどうじゃ?贔屓に思われるかもしれんが、いい男じゃぞ」
「へっ!?!?」
「今何時代だと思ってんだカビ頭」
最悪の予想が的中した。見ろ。ひ孫さんすらも初耳って顔してるぞ。
反射的に罵声を浴びせると、叶さんは明らかにしどろもどろになった。
「じ、じじじっ、じっ、冗談じゃ冗談!ままままっ、まっ、まっさか、い、今のじじじ冗談ををを本気にしししたんかー!?」
「めちゃくちゃ本気だったんじゃないっすか」
「ひゅーっ、ひゅーっ」
なんだそのカッスカスの口笛。目を逸らすな。ちゃんとこっち見ろ。
私が文句を込めて半目で睨んでいると。誤魔化しにかかる叶さんの頭を、ひ孫さんが容赦なく引っ叩いた。いい音。
「あだっ!?なにすんじゃ!?」
「折檻に決まってる。『考えられる限り最高の礼をしたい』と言うから何をするのかと思えば…、私を婿にだと?榎代さんへの迷惑を考えろ。今の時代、そういう人生を左右する選択は押し付けるモンじゃない」
「む、ぐぅ…」
すごい。ひ孫さんの方がよっぽどしっかりしてる。「レポート写させて」と頼んでも「自分でやれバカ」と一蹴するタイプと見た。
ひ孫さんはハリセンをしまうと、私に深々と頭を下げる。
「すまないな。このばあさん、一部価値観のアップデートが異様に遅くてな」
「いえいえ、お気になさらず」
「ほら、謝れ」
「す、すまん…」
ひ孫さんは叱り慣れてるし、叶さんは叱られ慣れてる。日頃から相当やらかしてるな、これは。初対面時のミステリアスな印象は完全に霧散した。
この調子だと、ひ孫さんの婿入り以外の礼はないな。少し期待していたのだが、残念だ。
…あのバカ教授から解放されただけでも良しとするか。
そんなことを思っていると、ひ孫さんが申し訳なさそうに口を開いた。
「碌な礼もできず、すまない。
代わりにと言ってはなんだが、もしよければ食事を奢らせて欲しい。代金は私たちが全て持つ。好きな店を選んでくれ」
「え、いいんですか?」
「ああ。命の恩人への礼だ。これでも足りないくらいだ」
「……じゃ、ここの焼肉で」
私はスマホを操作し、画面を見せる。ブランド牛がメインの店で、1人でも一食1万は行く。学生の身空では、祝い事で親にご馳走してもらう以外、滅多に行けない店だ。
ひ孫さんは画面を見て、その笑みをぎこちないものに変えた。
「……………わ、わかった」
「そういや、初音のやつが『姉は欲求に正直なごうつくばりだから、下手に奢るとか言わない方がいい』とか言っておったのう…」
「へぇ?」
「そういうことを本人の前で言うな!!」
「あだぁっ!?」




