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1話 遠い存在に恋い焦がれる

「ありがとうございましたー」


 買い物を終えた客に対して、黒いキャスケットを深く被る少年が笑顔で見送る。


「ふぅ……」


 客足が落ち着いたのを見れば、少年は小さく息をつく。


「う〜い、ちょい出てくらぁ〜、しっかり店番やって稼げガット〜」


「あ、はい」


 昼間にも関わらず酒の臭いを漂わせる男こと、道具屋の主ダラシ。明るい時間帯から飲んでいた事は明白だが、咎める気は無く、ダラシはふらつく足元で外に出て行った。


 益々ため息をつきたくなるが、何時もの事だ。元々この道具屋はダラシの店だが、彼が店に出る事はなくガットと呼ばれる小さな少年に店を任せて、働かせていたのだ。


 幸い小さなガットにも出来る簡単な接客や、道具の整理などで仕事は出来た。だが取り分はダラシが店の持ち主という事で、彼の方が多く貰っている。


「(生活出来てるだけまだ良いのかなぁ)」


 ガットは身寄りのない子供達が集う、孤児院に居た。それ以前の記憶は無い。


 そこで生活をしていたが、彼は自分が周囲の者と違う事に気付き、シスターに急いで相談に向かう。


「貴方は此処に居てはならない」


 話を聞かされ、孤児院を出なければならなくなった。そこからアテもないまま歩き、今の道具屋に転がり込んで世話になっている。


「(何時までも此処で良いのか、この先どうしよう……)」


 居候させてもらってありがたいとは思っているが、何時も飲んだくれで仕事を自分に任せてばかり。給料も最低限しか貰えず、自分の食費で大体消えてしまう。眠る場所は道具屋の物置部屋と狭苦しく、お世辞にも寝心地が良いとは言えない場所で寝かされている。


 正直幸せとは程遠い生活だ。


「(これがバレたら、今よりもっと悪くなりそうだから……何時も通りバレないで過ごさないと)」


 店の窓ガラスを見れば、反射して自分の姿が見える。黒いキャスケットから僅かに見える青い髪。黒シャツの上に白い上着を羽織り、下は黒いハーフパンツ。男だが、あまりに小さく細くて頼りない感じに映ってしまう。


 これであんな秘密を抱えてるとは、早々思われないだろう。


 自分を安心させるように、ガットは自らのかぶる黒いキャスケットに右手を置く。自らの事をバレてはならないと、自らに言い聞かせるのが彼の日課となっていた。


 万が一自分の抱える秘密がバレてしまえば、最悪の結末で終わる可能性がある。だから絶対秘密は誰にも知られたくない。


 とりあえず今日も何事もなく終わりそうだと、ガットは店のカウンターで一息つく。すると外の様子が何やら騒がしい事に気付く。


「(ひょっとして……!?)」


 もしやと思い、ガットは休憩中の看板を出してから店を飛び出し、急ぎ足で向かっていた。



 人々による喧騒がより大きくなり、ガットの目に思っていた通りの光景が広がる。


「勇者様ー!」


 人々の讃えるような声を浴びながら、堂々と街中を歩く3人の女性。彼女達は勇者と呼ばれる者と、その仲間達だ。


「なんでも今回はオルスタ王国内で暴れるオーク達をぶっ倒したそうだぞ!」


「マジか!この前は森の化け物達も討伐してくれたし、強いよなぁ〜。流石勇者一行だ!この調子なら魔王軍の討伐も近いな!」


 周囲で勇者達の武勇伝が語られる中、ガットは彼女達の姿を見るのに夢中だった。


 美しい金髪のストレートロング。足元を大胆に露出させ、機能性を重視した深紅で、軽装の鎧の上に白いマントを身に着けて、左腰に剣の入った鞘を下げている。先頭を歩く意志の強い目をした、彼女が勇者ティアモだ。


 艷やかな黒髪のボブカット。両手に青い杖を持ち、上下一体の白い服で上がノースリーブ、下がスリット入りのロングスカートになっている。清楚な雰囲気で、人々からの歓声に対して控えめに応えながらも、勇者の後ろを歩くのは聖女シャイカ。


 燃えるような赤い髪のポニーテール。大剣が収まる鞘を肩で軽々と担ぎ、ティアモのように足元を露出してるだけでなく、胸元を大胆に開けた軽装の青い鎧は、3人の中で1番露出度が高い。強気な笑みを見せて最後尾を歩く女性は戦士サラ。


 この凛々しくも麗しい美女3人が、勇者一行というのは何も知らない者からすれば信じられないだろう。


「(やっぱり綺麗だなぁ……)」


 ガットから見れば眩しく輝く存在、どんなに手を伸ばしても届かない高嶺の花だ。


 向こうは勇者一行で自分は道具屋に居候する、ただのか弱い存在に過ぎない。到底釣り合わない事は分かっている。それでもガットは彼女達へ密かに恋い焦がれていた。


 だから彼は勇者達が現れた時、こうして遠くから見つめるのみ。それが今の生活で唯一の楽しみである。



「(店長は今日も帰らないだろうなぁ……)」


 酒場へ飲みに行った日のダラシが、長い時間帰らない事は把握していた。どれだけ酒好きなんだろうと思いながら、ガットは自分の食事であるパンを買って、道具屋までの慣れた帰り道を歩く。


 今日も1人道具屋でパンを食べてお腹を満たし、再び店番をする。今日もそういう日になるんだろうなと、半ば諦めのように思いつつ店のドアを開ける。


「ん?」


 すると中に人の気配があり、店内を見回す白いマントを身に着ける人物が見えた。おそらく道具屋に用があったのだが、誰もいなくてどうしたのかとなっていたのだろう。


「あ、すみませんお客さん!夕飯を買う為に少し席を外していたもので、いらっしゃいませ。何かご用で……」


 やってしまったと思い、ガットは慌ててパンの入った袋を置けば店のカウンターへ回り、来店してきた人物と向き合う。


 すると彼の顔は固まる。


「え……」


 一瞬夢かと思った。そこに居たのは先程まで遠くから見つめていた勇者ティアモの姿。あの綺麗な金髪を見間違えるはずが無い。


 届かないと思っていた憧れの女性と近い距離で見つめ合う形となり、ガットは口をパクパクさせていた。


「良かったぁ、誰もいないから買い物どうしようってなってたんだー」


 そのティアモの方は店員が居た事に一安心して、笑顔をガットに向けていた。


「あ……え……あの、お、おさ、おさがひのもろはな……!?」


 お探しの物は何でしょうと、何時も通りの接客をしたつもりが胸の高鳴りによる緊張からか、上手く喋れず失敗してしまう。


「ええ?どうしたのキミぃ、僕みたいなお姉さんを前に緊張しちゃってるー?なんてね♪」


 目の前の小さな男の子が緊張している。その様子はティアモにも伝わり、彼女はからかうように言う。結構お茶目な面があるらしい。


「ご、ゴメンなさい」


 謝罪しながら、なんとか目の前の勇者を見て店員として接客しようとするガット。


「んん?何か随分顔が赤そうかなぁ。ひょっとして体調悪い?」


「あ、いえ!大丈夫で……」


 ガットがそう言いかけた時、それよりもティアモが先に行動していた。


「一応熱計ってみよっか。帽子取るよー」


「え!?それは……!」


 帽子を深く被ったままでは額が見えづらい。ティアモはガットの黒いキャスケットを取ろうと右手を伸ばす。


 彼が抵抗する前に、その帽子は勇者によって取られる。



 ティアモは彼の帽子を持ったまま、彼の頭に驚いていた。ガットの頭が人前で晒される。


 彼の頭はサラッとした短髪の青髪。そこまでは普通の者と変わらない。だが彼の頭には猫の耳が付いていた。


 これが彼の抱える秘密。


 彼は人間ではなくキャットヒューマンだ。

次回は秘密を知られた少年に対して勇者の取った行動は……な回となります。

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