受診予約の電話
「はい、みちびきクリニックでございます。」
「友人に聞いたのですが、そちらは紹介専門クリニックですよね?一度、ご相談したいのですが・・・」
「承知しました。では、ご都合がよろしい日時があれば、仰ってください。」
「なるべく早くが良いのですが。」
「それでは、明日の10時ではいかがですか?」
「それで結構です。」
「お名前、御連絡先を教えていただけますでしょうか?」
「中村 のぞみです。ケータイは000-0000-0000です。明日、伺います。」
次の日、30代半ばの女性がクリニックを訪れた。「昨日、予約をした中村です。」
「おはようございます。こちらの書類に名前や住所、ご相談内容などのご記入をお願いします。」
受付嬢からクリップボードに挟んだ紙とペンを受け取り、相談したい内容を記入し、受付嬢へとクリップボードを渡す。
手持ち無沙汰で、クリニックの中をキョロキョロと見渡す。床は明るい木目調で、壁紙は淡いオレンジ、受付の周りや診察室の扉などは白にまとめられており温かみのある内装になっているように思えた。
書類を記入し、受付嬢に渡し、しばらくするとクリニックの奥の方から名前を呼ばれる。
「中村さーん。診察室へどうぞー」
ドキドキしながら、クリニックの奥の方へ進み、診察室と扉に書いてある部屋へノックをすると、「どうぞー」と声が掛かり、中へ進むと、おかっぱ頭のケーシージャケットを着た中年女性が座っている。
「こんにちは、こちらにどうぞおかけください。」
と声を掛けられる。
医師は穏やかそうに見え、相談がしやすそうに思え、ホッとする。今日、勇気を奮って受診して良かったと思いながら、医師の前の丸椅子にゆっくりと腰を下ろす。
医師が書類を見ながら、「2ヶ月前から、右の耳の前にしこりがあるのに気づいたんですね。」
「はい。気にはなっていましたが、ただの出来物かなと思って様子を見ていたのですが、小さくなることもないので知人に相談してみたのです。その人からこちらのクリニックを紹介されました。ここなら自分の希望に沿った病院を紹介してくれるよと言われましたので。」
「わかりました。とりあえず、しこりの触診をさせていただいてもよろしいですか?」
医師が手を伸ばし、耳の前を優しく触る。
「そうですね、おっしゃる通り、ちょっと硬いしこりを触れますね。耳下腺という唾液を出す所に何か腫瘍ができているのかもしれませんね。詳しくは、しこりの部分の画像検査やしこりの組織を採って、それが良性か悪性かを診断することになると思います。」
「癌ってことですか?」
「今の時点では、悪性かどうかは判断できないので、そのためにも検査をする必要があると思います。詳しい画像検査は大きな病院の方は検査機器が揃っているから良いかもしれませんね。もし、癌であったとして、早期発見早期治療をすれば、問題ないと思いますよ。今は二人に一人は癌になる時代ですから。放っておくよりは、早く検査をして、治療をされた方がいいと思いますよ。病院は中村さんがご希望の病院をご紹介できますし、どうなさいますか?」
放置しておくのは少し怖く、病院へ行くのも怖いとも思うのだが、医師の言う早期発見早期治療が良いように思われ、紹介状をお願いすることにする。
「耳鼻咽喉科をご紹介しようと思いますが、どこか希望の病院がありますか?市内には3ヶ所ほど検査機器が揃った耳鼻咽喉科がある総合病院がありますよ。」
「私はどの病院がいいかはよく分からないのですが、人から〇〇総合病院がいいと聞いたのですが。」
「〇〇総合病院ですね。わかりました。それでは、今から紹介状を作成します。もしお時間があれば、待っていただいても構いませんし、お忙しければ、後日取りに来ていただいても構いませんよ。」
「じゃあ、待たせていただきます。」
10数分して、受付嬢から名前を呼ばれる。
「こちらが紹介状になります。〇〇総合病院は予約が取れないようなので、受診順に診察になると思います。おそらく検査、診察などでかなり時間がかかると思いますので、時間に余裕がある日に受診された方がいいと思います。お大事に。」
患者さんが帰った後、受付嬢が医師に声を掛ける。
「今の方、紹介状を受け取って、ちょっと安心したみたいですね。」
「そうですね。やはり気になることを放っておくよりは、ちゃんと診断を受けて、前に進んだ方が絶対いいですからね。放っておいて、ひどくなって、後で後悔してからは遅いので、怖くても、早く対処した方がいいと思いますよ。なかなか一歩を踏み出せない人もいますが、私が背中を押してあげることができるといいなと思っています。」と医師はボソリと言うのであった。
その後、紹介先の病院より返事が届く。耳下腺癌の疑いで、精密検査をするとのことであった。