適所適材
「予約の電話ですか?」電話応対をしていた受付嬢に声が掛る。
「いえ、かかりつけ医を探している方のようです。うちが紹介専門というと、よく意味が分からないようでしたので、説明させていただきました。先生、普通に診療するようなクリニックにしたらどうですか?電話をいただいた方に紹介専門クリニックというのを説明するのが大変なんですけども。」
その返事を聞いて、眉間にぎゅっと皺を寄せる人物が受付嬢の後ろに立っている。Tシャツ、チノパンで、白衣も着ておらず、テレビドラマに出てくる女性医師のようなオーラは皆無である。
「いやいや、無理ですよー。そもそも対人関係が苦手なのに、接客業とも言われる真っ当な医師にはなれませんよ。高校時代の適性検査でも、対人関係に難ありだから医師に向いていないと書かれましたしねえ。そのときは、その結果の意味がよく分からなかったんですけど、一人で生きていくために手に職をつけようと思いまして、とりあえず医師を目指したんですよ。紆余曲折の末、いざ医師になってみて、接客業っていうのがよーくわかりました。一般的なクリニックは、定期的に患者さんがやってきて、当意即妙な会話で患者さんの心を開いて、その人の表面だけじゃなくて、その人の周りの環境とか内面とか全て頭の中に入れないとなりませんよね。難しいと思いますよ、私には。」
「でも、先生、前勤めていたクリニックではちゃんと外来をしていたって言っていたじゃないですか?」
「それは、何とか生活していくためですよ。自分で言うのも何ですけど、あまり患者さんからの評判は良くなかったのではないでしょうか。とはいえ、その時に結構大きな病院掛かりたい患者さん多いなあと思ったんですよね。幸い紹介状を書くのは早い方なので、患者さんの希望する病院に迅速に紹介状を書いて差し上げたらとても喜んでおられましてね。国のお金を使って医師にしてもらったから、自分ができる範囲で人の役に立ちたいなと思ったんですよ。普通の診療はダメでも、紹介状は書くのが早い。だから紹介専門クリニックって訳ですよ。適材適所です。」
本人が自信を持って言うように、紹介状を書くスピードは早く、患者さんをちょっと待たせている合間に仕上げてしまうのは確かであると納得する受付嬢。
「そしてですね、普通のクリニックにしたらあなた以外にも人を雇って、色々と手伝っていただかないとなりませんよね?色々と気を遣う人が増えるとストレスですし、仕事に来るのが憂鬱になってしまいますよ。今は、細々とやっているから、検査も自分で何とかできるし、紹介だけしているクリニックにそんなに人は殺到しませんから。」
「はあ。まあ、私も気楽に仕事をさせていただけているからいいのですけど。でも、何人かくらいは定期的に診たらどうですか?」
「いやいやー、近くには色々とクリニックもあるじゃないですか。だからわざわざうちに来る必要はないでしょう。それに、他と絶対被らないから目の敵にもされないし。近くのクリニックへ開院の挨拶に行った時は、「紹介専門クリニック??」と怪訝な顔をされましたけどね。ふふふ。」
本人がそれで満足ならいいのかもしれないが・・・。医師は一見、ぽやーんとしており、今まで何の苦労もなく生きてきたようにしか見えない。そんなに対人関係がダメにも見えないのだが。何か暗い過去でもあるのだろうか。そんなことを受付嬢が考えているとまた電話が鳴った。