元悪役令嬢は小説家夫の寝言が心配
私は天蓋付きのベッドにいた。
夫と愛を睦み合った後だ。
「エイダ」
隣で眠っている夫が私の名前を呟いた。
「君が一緒にいてくれて幸せだよ」
私は夫の寝顔を見つめた。
目覚めてはいない。寝言だ。
私は思わずクスリと笑った。
「わたしもよ。オーウェン」
オーウェンはまだ23歳。
整った顔立ちには、まだ幼さが残っている。
何歳も年上で、悪役令嬢とまで呼ばれた性悪の私と、よくもまあ結婚する気になったものだ。
他の家の令嬢やメイドにしたことの悪評のせいで、私の嫁ぎ先は見つからなかった。
けれど作家のオーウェンは、偶然知り合った私に結婚しようと言ってくれた。
奇抜な物語を書くだけあって、変わり者なのだろう。
だけど優しかった。
こうやって夫婦として過ごすうちに、私の心も穏やかになっていった。
「悪役令嬢」
また夫が寝言を。
もう昔のことを言わないでよ。
「聖女」
ふふ。私は最近そう言われるようになったわ。
まあ、昔が酷過ぎたということよね。
「う、うわああああーっ!」
夫が突然叫び声を上げて跳ね起きた。
荒い息をしている。
「オーウェン、大丈夫!?」
私も上体を起こして夫の肩に手を触れた。
「エイダ!? そうか、夢か。ふう」
夫が額を拭った。
ひどい汗だ。
「さあ、横になって」
「ああ」
二人で頭を枕に戻した。
「そんなに怖い夢だったの?」
「うん。トラック――、いや、大きな鉄の馬車に引かれてしまうところだったんだ」
「まあ怖い。でも安心して。私が隣にいるから」
私は夫の胸に片手を添えた。
「ありがとう」
「その前に言っていた悪役令嬢とか聖女って、私のことよね?」
「いや、転生前の、作家志望だった頃の夢を――」
「転生前?」
「何でもないんだ。お休み」
夫は少しすると寝息を立て始めた。
そして、再び寝言が。
「侍女」
ん? ウチの侍女のエマのこと?
「浮気」
何ですって!?
まさかオーウェンは、エマと浮気を!?
「離縁」
そ、そんな!?
私と離縁するつもりだなんて!
「元サヤ、ハッピーエンド」
ん? 離縁して復縁する夢を見ている?
「冒険、ファンタジー、ダンジョン、パーティー追放」
何を言ってるのかしら?
「チート、成り上がり、ざまあ、スローライフ」
んん?
「勇者、魔王、魔法少女、乙女ゲーム、ツンデレ」
んんん?
「――ろうで読んでもらうためには、キーワードに何を設定すればいいんだ。あーでもない、こーでもない」
何を言っているのか分からないし、さすがに付き合いきれないわね。
私は耳栓をした。