七話 護衛役
儂は今、魔王城の屋根の上に来ている。絶えず吹く瘴気の混ざった風が心地よい。ここに来るとつい、黙って立ち止まってしまうな。
「この風が人間にとっては毒とはもったいないものだな」
さて、屋根の上の堪能はここまでとして。そろそろあいつを探すとするか。
「おい、レンセツ。いるんだろ、出てこい!」
儂は一見誰もいなさそうな静かな屋根の上でそいつの名を呼ぶ。静かな分、儂の声は綺麗に響いた気がする。
「..........」
しばらくの沈黙、まあ1回目じゃあ反応しないか。
「おい、いるのは分かってるから早く出てこい!」
儂は仕方なくもう一度叫ぶ、もちろんさっきよりも声を大にして。
「全く、うるさいのぅ。一体誰が我を呼んどるんじゃ!」
二回目で反応が返ってきた、年季を感じる口調の若干少女っぽさを感じる女の声。
.....な、何だと⁉︎驚いた、まさか二回目で返事が返ってくるとは。いつもは早くても五回目だというのに。
「おいおい、人を呼んどいて返事なしとは。偉くなったもんじゃのう、ガー坊」
屋根の影からそんなことを言いながら出て来たのは真っ白な着物に真っ白な長い髪、腰丈ぐらいしかないちっちゃい姿の少女だった。腰にはやたらと長い刀を下げ、地面ギリギリを揺れている。
まぁ、少女は見た目だけで実際は儂より長く生きとる。あ、ちなみに肌は白くないぞ。血行の良さを感じる赤に近い色だ。
「すまんな、いつもより今日は返事が早かったんでな。後、毎回言ってるが儂の呼び方を変えてくれ。儂はもう坊なんて歳じゃない」
レンセツ、種族は鬼。基本的に他の魔族よりも力が強い鬼という種族で総じて酒豪、そのくせ非常に長寿という厄介極まりない特性を持っている。それと鬼と言えばこれだが、レンセツにも一本長いツノが生えている。もちろん魔族の中でも上位と位置付けられている。
こいつもその例に漏れず、性格以外を考えれば結構強いと言える。今の地位は四天王の一つ下の四天王補佐、ベルの補佐。他に三人それぞれの補佐がいるが、今はそれはどうでもいいか。
「前にも言ったが、ずーっと呼んできたんじゃぞ。思い入れがあるのじゃ、今更呼び方変えるなんて無理じゃ。我、今何歳じゃと思っとる。婆さんに無理強いするなんてお前は鬼か?」
儂の言葉にニヤニヤしながらそう答えるレンセツ。
こいつ、都合の良い時だけ思い出したかのように自分の年齢を出してきやがって。それに最後の言葉は何だ、ボケたのか?
「もう良い、とにかくお前に話がある」
「はて、人間の間で流行っておるというツッコミとやらを試してみたが気づかんかったか?なら教えてやる、今のは『鬼はお前だろ』と返すところだったんじゃ」
何やら自分の意図の解説を始めるレンセツ、しかも堂々と。
こいつ、儂があえて触れなかったことを!くだらん言い合いなんかしてたら無駄に話が長くなるだろうが、自分の意図なんか解説してないで儂の意図を察しろ!
「どうでも良い、そんなことよりお前には家族旅行の護衛役を勤めてもらう」
「断る、面倒じゃ。そもそもお前たちに護衛なんぞいるまい」
儂の言葉を聞くや否や即答で拒否するレンセツ、こういう時の判断は無駄に早い。
「確かにな、護衛はいらん。が、護衛役はいる。普通の家族旅行というものには護衛がいるものだからな、そしてその適任はお前しかいない」
そう、儂たちの旅行に必要なのは護衛ではなく護衛役。こいつは過去金を稼ぐのに用心棒をやっていた時期があった。それにこいつの力は護衛にピッタリだ。
「訳がわからんのう、何故人間の真似事などする必要がある?」
「誰が何を抜かすか、お前ついさっきの自分の言葉を思い返してみろ。それと魔族の間でもこれが普通だからな」
「うーむ、我もボケてきたみたいじゃ。ということで護衛は無理じゃなぁ、いやぁ残念じゃたなぁ」
レンセツは儂をおちょくり散らかす、それは一切とどまるところを知らない。まぁ、こうなるだろうとは思っていた。だが、
「そうか、困ったな。お前の報酬に旅行先の酒を儂が買ってやろうと思っていたんだがな」
鬼は酒好き、こいつもその例に漏れてはいない。この提案を断る訳がない。
「何?それは話が変わってくるぞ」
やはり、思った通り反応してきた。
「じゃあ、受けてくれるな?」
「酒のためじゃ、仕方ないのう」
レンセツは不服そうながらもそう答える。
「後、護衛役をやる以上儂のことを間違ってもガー坊なんぞと呼ぶんじゃないぞ。呼ぶたびに買う酒の量を減らすからな」
「ぐむっ.....!注文の多い奴じゃ、偉くなったもんじゃのう。まあ良い酒のためじゃ、今回だけは従おう」
儂の言葉に渋々といった様子で返してくるレンセツ。
言うほど注文多くないだろ、本当に何でこいつはこんなに上から目線なんだ?
「決まったなら早く行くぞ、もう先に待っているだろうからな」
流石に時間を無駄にし過ぎた、こいつにのせられるといつまで経っても話が終わらなくなる。
「おいおい、そう急かすな。老体にこたえるじゃろうが」
「やかましい、この程度で身体を壊すやつはこんなところに登れるか」
儂は半ば面倒になり、無理矢理掴んで持っていく。