六十話 バウの葛藤
建物の前、扉が開いた瞬間にブワッと香った覚えのある花の香り。あれは間違いなくキャウが持っていたはずのーーー!
気づいた時には駆けていた、全く知らないその場所でただ香りだけを追っていた。オレとしてもここまで取り乱したのは、今回が初めてだった。
「.....っ!うおおおっ!」
ある冷たい扉の前、そこに立つと香りは一層強くなる。冷静さを欠かないようにと歯を食いしばり耐えようとした、しかし何故だろうか?押さえ込もうとすればするほど怒りが溢れてきた。
これまではこうすれば収まっていたのに。
「あら?随分とうるさい.....」
オレが扉を破った後、なんか知らない女の声がした気がするがそれはすぐに聞こえなくなった。それ以上にそれの手前にいたキメラに意識が向いた。
頭だけが大量にくっつけられた醜悪な見た目、絶えず聞こえる絶叫がやたらとうるさい。よく聞けばウチの騎士団の消えたやつの声がいくらかーーー
「今のところ、キャウの声は聞こえんな。あいつの中にはいないか」
「いえ、大主人。います、あの中に確かに」
っ⁉︎怒りと絶えず響く声のせいで他の声が耳に入ってこないのに、大主人の声ははっきり聞こえた。
確かに声は聞こえない、しかしオレの鼻がそう告げている。あの中にキャウはいる、キャ.....ウ、が。ああああああっ!
「キサマァッッッ!!」
ただただ怒りの感情を目の前にぶつけた、その後も何か叫んだ気がする。口から出た言葉、それが誰に対してか自分でも分からない。次に気がついた時にはキメラの目の前、
頭が少しスッキリしている、叫んだせいか。そうだ、落ち着け。キャウはまだ助かる、匂いといっても匂い袋のもの。何かの拍子で混入しただけの可能性もーーー
「も、もう嫌だあぁぁぁっ!」
「やめでぐれぇ!」
考えがまとまらない、なんとか頭を納得させないといけないのに!目の前の声のせいで.....うるさい、黙れ!
「..........っ!今黙らせてやる」
喉だ、喉を狙え。少しでも考えて行動しろ、躊躇はいらない、頭がおかしくなる前に冷静にならねば!
ーーー静かになった、全ての声が消えた、これで冷静になれる。全ての喉を潰したがキャウはいなかった、やっぱりいなかった!キャウは強い、そう簡単にくたばるわけがない!
「これで全ての頭は逝った.....おかしい、キャウがいなかった。まさかーーー!」
オレの思考とは違う言葉が勝手に口から出てきた、それに腕まで勝手に動き始める。
おい、待て!何を言っている、キャウはいなかったんだ。このまま目の前の敵を思いきり斬れば良い、それで良いはずだ!
「「ーーーなっ⁉︎」」
次に目に飛び込んできたのはキメラの身体に埋まったキャウの顔、金色の毛並みに快活げな目元、何よりも近くで見てきたその顔を見紛うことなどあり得ない。それと同時に声が聞こえない理由も分かった、喉に杭が刺さっている。
「キャ.....ウ?あ、あ.....」
それからまた意識が現実から遠のく、キメラが攻撃してくるのは感じるが反撃できない。かろうじて残る本能のみでただ躱すことしか。
キャウはいなかった、今見たのは香りが見せた幻だ。
ーーー違う、この目で見た。今更そんなことが言えるか。
なら、まだキャウは助けられるはずだ。オレに次いで強いし、そんな簡単にくたばるわけがない。
ーーー明らかに手遅れだ、何があったかは知らないがキャウは負けた。あの状態では間違いなく助からない。
なら、なら!
ーーーもうやめろ!これ以上オレを追い込むな、目の前の奴をただ斬れ!殺せ!そんな簡単なことが何故できない、敵は強くはない!オレならできるはずだ!
『先輩、もしかして今近くにいるッスか?』
「.....は?」
頭で無理矢理希望を仕立て上げては否定の繰り返し、自分同士の不毛な争い。そんな中、突如聞こえてきた声、聞き馴染みのあるあの声。オレは現実に引き戻された、目の前の声の主を見るも一切動く様子はない。
気のせいだ、キャウはもういない!せめて醜悪なものから救ってやらないといけない、早くこいつを斬って.....っ!だから何故動かない!
『本当に目の前にいるなら、言わなきゃならないことがあるッス。勝手に飛び出してこのザマでごめんなさいッス.....そして、何手こずってるッスか!』
「なん、だと?本当にキャウ、お前なのか?」
『最後にまた、カッコいい先輩を見せて欲しいッス』
ーーーっ⁉︎
オレの言葉への答えはない、キャウの顔は動いていない、やはりただの幻聴。幻聴ならタチが悪い、今回は笑った顔なんて幻覚まで見せてきた。だが!
「死んだ女に気を遣わせるとは、情けない。オレはーーー」
ニュイラム王国騎士団の団長、いや違う。今は、
「キャウの先輩だ、可愛い後輩の願いぐらい聞いてやれないで何が先輩だ!」




