四話 四天王たち
「ごめんなさい、パパ」
儂の言葉を聞いて真っ先に口を開いたのはニュイだった。今はスライムの姿で桜色の体をプルプルと振り謝っているのが見て取れる、こいつは心が沈むとスライムに戻る。
う〜ん可愛い、これは反則だろ。ちなみにニュイはノーマルなスライムであり、元々は青色だった。なぜ今はあんな色なのかというと、ジェリエがまだちっちゃい頃に『こっちの方が可愛い』とか言いだし、ニュイにこれでもかとピンクの染料をぶち込んだのだ。今じゃあ、あの頃のジェリエの面影なんざこれっぽっちもないがな。
「う.....!」
そのことを思い出すと、申し訳なさが儂を押し潰さんとする。なぜあの時儂は気づかんかったのだ、あんなに同じ色の染料を買いたいと言い出したあの時に!
「あの時あんまりお腹すいてなかったから、他の人間は先に進ませちゃったの」
ウルウルした目、圧倒的低位置からの上目遣い。これはいかんーーー!
「分かった、これからは気をつけてくれ。最後に誰を相手にしたか、最終的にどうしたかを教えてくれ」
結局折れてしまった、流石にあんな顔をされたら儂はあれ以上言えん。
「うん、私が戦ったのは多分魔法使いだと思う。あんまり美味しくなかった!」
ニュイは元気よく報告してくれた。
前の話から大体察していたがなるほど、捕食したか。美味しくなかったということはあまり強くはなかったのだろうな。
「分かった、ニュイはもう良いぞ。じゃあ次だ」
「ち、違うのです陛下!我輩は全てを相手取る気概で臨んだのですが、あの小賢しいアサシンめが!」
儂が次のやつに話を振ろうとしたその瞬間、そいつがいきなり目の前まで移動してきた。跪き、大仰に手を上げ、まるで命乞いでもするのかという体勢でこちらに訴えてくる。その姿はもはやわざとらしさすら感じる。
「はぁ.....ルイナ、こいつはこう言っているが?」
「はい、ご自分から提案していました」
やっぱりか。バロガード・マツベーベンシュタイン伯爵、四天王の一角で種族は悪魔。いつも豪華絢爛に飾り立てたゴテゴテした貴族服に無駄に装飾に凝った杖を持った茶色い髪の男で、一言で表すなら胡散臭さの塊といったところか。
悪魔が貴族社会ゆえに伯爵という称号があるが、こいつは本当にこの称号が似合う見た目をしてるな。伯爵、言うまでもなくかなり上級の悪魔だ。
「またか、報告と違うみたいだがどういうことだバロガード?」
「ぬぅ.....っ!」
儂の言葉を聞き、押し黙るバロガード。
悪魔というのもあってなかなかの強面、儂の申し訳程度など比較にならないほど蓄えられた髭。こいつ、儂より威厳があるな。
「おやめなさいなぁ〜ン、四天王ともあろう者がみっともないわぁ〜」
黙っているバロガードを見かねてか、そんな声が聞こえてくる。言葉と裏腹になんとも野太く、何やら背中に悪寒が走るかのような声。
「.....チッ、つまらん。魔王も貴様もな、我輩は大いに絶望だ」
少しの間の後、徐に立ち上がると儂と注意したあいつを見てそんなことを言うバロガード。
本性を現したな、さっきまでの敬語は消え去り、儂のことも魔王と呼び捨て。まぁ、儂はもう何度も見てきたから何とも思わん。こいつは毎回毎回今のような茶番を繰り広げる、つまらんという言葉はそっくりそのままこいつに返してやりたい。
「もういい、アサシンはどうした?」
「もちろん、殺しましたよ。それが我輩の仕事ですから、陛下」
儂の問いに不敵な笑みを浮かべながらそう答えるバロガード。全く、こいつは魔族としては満点だが四天王としては0点だな。そもそもこいつは魔族の中でも群を抜いてタチが悪い悪魔という種族の中でも異端だからな、『契約者殺し』なんていうのは何度耳にしたことか。契約者を殺すだけじゃこんな称号は付かない、こいつは契約者が気に入らなければ契約が切れる前に殺してしまう。
悪魔との契約は代償がとてもじゃないが現実的じゃない、絶対に釣り合わないようになっている。だというのにこいつはそれすらも自分の愉悦のために破り捨る、それは悪魔たちの中では禁忌。それはまだまだ絞り取れるやつを自分の気分で殺してしまうことと同義、儂はこいつが理解できん。
「分かった、じゃあ次だ」
儂は次のやつに視線を移す、先ほどバロガードを注意したやつだ。
「あらぁ〜ン、私ね。魔王様ぁ〜」
野太く、妙な喋り方の声が儂の耳に侵入してくる。ここまで儂の耳に不快感を与える声は後にも先にもこいつだけだろう。
「私は戦士ちゃんと遊んであげたわぁ〜ン、とぉ〜っても楽しかったわよ。そしてごめんなさぁ〜い、戦士ちゃんがあんまりカッコいいからぁ、惚れちゃったのン。も・ち・ろ・ん、戦士ちゃんは私の研究室よぉ〜ン!」
う、うーん.....この光景を見たやつは数秒と経たず察するだろうな、こいつがそういう趣向に目覚めた男だと。
これでもかと鍛え上げられた肢体、輝く筋肉。着ているのはムッチムチのズボンだけ、上はほぼ裸。ここまで露出してるくせに恥部だけは隠されている、あってないような細い布で。こんなの逆にある方が恥ずかしいわ!
「分かった、お前のことだ。また、ゾンビにして改造するんだろ?」
化粧の似合わないごっつい顔で足を内股にしつつ立派なその体をくねらせて.....って、何で儂はこいつの動きなんぞ詳細に見つめてるんだ!ええい、気持ち悪い!
グランガ・ルーゼリン、種族ゾンビ。当然、その体は腐っている。香水のせいで腐敗臭はせんがな!しかもこいつは自分がゾンビなのを良いことに好き勝手に自分の体をいじりまくっている変態でもある。そのため体中つぎはぎだらけ。そのくせその長い緑色の髪だけは毎日手入れをしているらしく、艶があり先の方は綺麗に切り揃えられている。
「違うわぁ〜ン、魔王様。改造だなんてそんなぁ〜、可愛がってあげてるだけよン!」
また体をくねらせるグランガ。くそ、さっきからこいつの声を聞くたびに背中に悪寒が走り、こいつの動きを見るたびに目が痛くなる。